第461話 第二の塔破壊
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一二日朝。
三白眼の細身青年クロードと、青髪の侍女レア、隻眼隻腕の剣客ドゥーエは、銀犬ガルムを仲間に加えて中央病院を出発した。
領都レーフォンの街並みは、黒い雲と白い雪に挟まれたモノクロ景色に変貌していた。
「もう日が昇ってもいい時間なのに、空が夜みたいに暗いなあ」
「地面の方は真っ白けでゲスね。吹雪はとまりやしたが、まだ他の領では顔なし竜が暴れているのかも知れやせん」
クロード一行は灰色の薄闇の中、慎重に周囲を伺いながら大通りを歩き出した。
ともかく情報が欲しかった。領役所に戻っても、この状況では得られると限らない。
「バウバウッ!」
「御主人さま。路地裏に人が居ます」
だから、ガルムとレアが人影を見つけた時、クロードは事情を聞こうと覗き込んだ。
「……!!」
「……!?」
人目を避けるように潜んでいたのは、大柄な男と神経質そうな女だった。
痴話喧嘩だろうか? 二人は小声で罵り合いながらナイフを手に争っていた。
「この、売女があっ」
「死ねよ、下郎めっ」
男と女は取っ組み合いの末に転倒し、互いの喉と腹に刃を刺してしまう。
驚いたことに、絶命した二人の肉体は、白い結晶となって雪中へと溶けた。
「今の二人は何だ? イーヴォさん達と似た、雪の人形なのか?」
クロードが呻き声をあげると、ドゥーエとレアが神妙に頷いた。
「野郎の方は憶えてやす。〝赤い導家士〟で命令違反を犯したラフなんたらとか言う奴だ。オレがこの手で斬り殺した男でゲス」
「先ほどの女性は、〝緋色革命軍〟で数百人を手にかけた殺人鬼です。半年前に処刑されましたが、きっとお兄さまに第二の生命を与えられたのでしょう」
クロードはドゥーエとレアの話を聞きながら、男女が消えた雪をじっと見つめた。
南国の空に太陽が昇ることはなく、大地もまた白い闇に覆われた。生者は呪いの雪に倒れ、死者が雪人形となって蘇る、およそ地獄のような有り様だ。
だからこそ、ファヴニルの駒が意味不明な同士討ちをしていたのが気にかかった。
「ひょっとして、イーヴォさん達を倒したことで、指揮系統が乱れているのか?」
死せる英雄を勧誘し、最終決戦の為に蘇らせる。
北欧神話では、主神オーディンも用いた作戦だが、活かせるかどうかは別問題だろう。
なにせ原典では、そのオーディンすらも、戦争途中に退場しているのだから。
「オレが言えた義理じゃありませんが、ファヴニルが蘇らせた連中は〝英雄気取りのテロリスト〟でゲスからね。おっとろしい上司という枷が外れたら、やりたい放題でゲス」
クロードは灰色めいた薄闇の中、白い大地と黒い空を支えるように立つ支柱、ねじくれた樹のような塔をじっと見つめた。
「あの塔。名前が無いのは不便だから、〝禍津の塔〟とでも呼ぼうか。この際、先にやっちゃうかあっ」
「はい。敵が混乱している今こそ好機です」
「どちらにせよ壊すんだ。善は急げってね」
「バウっ。ワオーン!」
ガルムは楽しそうに吠えるや、全長三mに巨大化し、クロードら三人を背に乗せた。
そうして、スーパーカーや新幹線もかくやという速度で、禍々しい塔を強襲したのだ。
「なんだ。まるで無人じゃないか。このままぶっ壊す!」
ファヴニルの巫女レベッカは、必勝を期してイーヴォ達を送り込んだばかり。
まさか返り討ちにあった挙句、クロードが迅速果断に逆襲するなんて、予想できるはずもない。
「GIGIっ!」
さすがに自動防衛機能があるのか、赤い木の枝からは、重装甲の兵士やキメラを模した青銅ゴーレムがわらわらと出撃したが――、
「カカッ、いいねえ。吼えろムラマサ!」
「バウ、ワウっ!」
ドレッドロックスヘアの剣客は刀を閃かせて兜鎧ごと青銅兵を両断し、銀色の大犬は爪を輝かせて本物はこうだとばかりに機械獣を引き裂いた。
「GIAAAっ!」
ゴーレムを失った塔は、最後の手段とばかりに、無数の根を大地から引き抜いて、触手のように振り回して抵抗するも――、
「「鋳造――〝雷切〟!〝火車切〟!」」
クロードとレアは、巨大化させた打刀と脇差で幕引きを告げる。
青い雷と赤い炎が、モノクロの世界をX字に切り裂いて、ねじれた塔を根元から焼き尽くした。
◇
クロードとチョーカーが、禍津の塔を二基破壊した影響は目に見えて現れた。
同時刻――。ヴォルノー島から海を隔てたマラヤ半島に朗報が届く。
「セイ司令。たった今、光が射しました。長かった夜が明けます!」
「ロビン、本当かっ」
クロードから全軍の指揮を預けられた〝姫将軍〟セイは、通信魔法が無効化されていたため、斥候を派遣して情報を集めていた。
飛行自転車隊を預かる隊長ロビンは、自転車を置いて、カンテラを手に雪中を駆けずり回り、多大な情報を得て司令部へ帰還した。
「そうか、やはり塔と竜が鍵だったのか。棟梁殿とあのバカがやってくれたんだな!」
「し、司令。バカって誰ですか?」
ロビンが集めた情報は、詳細こそ欠けていたものの、おおまかな事情を把握していた。
クロード一行がレーベンヒェルム領で顔なし竜三〇体を撃破し、塔を焼却――、
チョーカー&ゴルト部隊もまた、ユングヴィ領で塔の爆破に成功したことで――、
東の空に太陽の光が灯ったのだ。
「マラヤ半島とヴォルノー島を繋ぐ通信も一部が回復しました。ノイズが大きいため、鐘を使った合図を送信中です」
「現在、各領は独自の判断で交戦中。一〇領とも持ちこたえてるようです」
「スヴェンが見つけた判別法を拡散中です。街中に潜む雪人形の退治も順調です」
ロビン以外の斥候も次々と戻ってきたが、誰もが好機の到来を告げていた。
「諸君、反撃の時が来た!」
姫将軍セイは、葡萄色の瞳を輝かせ薄墨色の長髪をたなびかせて、兵士達が待つ基地へと駆け込んだ。
「伝令を飛ばせ、狼煙をあげろ。逆襲開始だ。ヴォルノー島にも、改めて鐘の通信を送れ!」
「「はいっ。お待ちしていました!!」」





