第457話 脅威と援軍
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一二日の丑三つ時。
クロード、レア、ドゥーエの三人は、領都レーフォンの中央病院を襲う、鱗と尻尾の生えた半人半竜の怪物二体を討ち取った。
病院内に、患者や医師たちの歓声が木霊する。しかし……。
「ひひひ、ひゃーっはっは」
しゃれこうべのように目鼻を欠いた顔立ちの襲撃者八体は、一文字に裂けた真っ赤な口を開き、白い巨体を震わせた。
「財宝をよこせ、生命をよこせ、世界のすべてを我らに寄越せ。
強欲機構|はじまりにしておわりの蛇雪 ――変転――」
屈強な怪物達が高らかに呪文を歌い、彼らの背から獣にも機械にも似た異形の翼が生える。
そうして、病院内に生命力と魔力を奪う、呪いの氷雪がまき散らされた。
「まずいっ。レア、ドゥーエさん、先に吹雪を止めるぞ」
三白眼の細身青年クロードは、赤い指輪をはめた人差し指で魔術文字を綴って、雷のカーテンと炎の壁を作り――、
「御主人さま。お任せください」
青髪の侍女レアが、一〇〇〇を超える木製の盾を中空に作りだして、雷と炎の隙間を埋め――、
「OK。イカれてやがるぜ、病院でソレを使うかよ」
ドレッドロックスヘアが目立つ隻眼隻腕の剣客ドゥーエは、愛刀の鞘から鎖を伸ばして結界を構築する――。
「ひゃっはっは。足りねえ足りねえ」
されど、人型竜兵は一体でも数千人を殺戮可能な怪物だ。
結界の支援があるといえ、わずか三人では、八体が翼から生み出す猛烈な吹雪を止めきれない。
「うわああっ」
「手が、足が、動かない」
クロード達の背後で、大勢の怪我人や病人が病院の奥へ逃げること叶わずに倒れた。
「うおおおっ、患者を避難させるぞ」
「な、なんだこの雪と風はっ、体が動かない」
次に患者を庇った病院の職員達が、呪いの雪に襲われて卒倒した。
「くそっ、守るだけではジリ貧かっ」
クロードは攻勢に出ようとするも、サボテンを連想させる怪物が、鱗を固めた杭をバリバリ機関砲のように射出してきた。
「ふひひひっ、あんたの相手はおでだあ」
「邪魔をするなあっ」
クロードは飛来する杭弾を切り払い、サボテン竜と斬り結ぶも仕留めきれない。
雷のカーテンと炎の壁、盾と結界という四重の護りも吹雪で弱まっている。
下手に攻勢に出て、防御を疎かにすれば、背後の民間人に大きな犠牲が出るだろう。
「何よりここは病院だ。大火力で一掃、というわけにもいかないか」
レアやドゥーエも戦闘手段を制限されて、腕を円盤状の武器に変化させた怪物や、フォークのような触手を振り回す怪物に阻まれていた。
「ひゃっはっは。どうした、どうしたあ? 穀潰しを庇うのが精一杯かよ」
襲撃者達のリーダーらしき、交叉髑髏が刺繍された三角帽子を被る、海賊じみた印象の怪物が裂けた口でゲラゲラと高笑いをあげる。
「あのファヴニルが認めた〝竜殺し〟と聞いたが、アマちゃんもいいところだ。これじゃあ、とても黄金とは呼べないなあ」
海賊男達が一文字の口を歪め、下品な声で笑いながら体をごきごきと軋ませる。異形の翼は大きさを増し、吹雪も一層強まった。
「本気になれよ。さもないと、死ぬぞ? みんな、皆んな、死んじまうぞお? ひゃっーっはっは」
失神した医師や患者は、もはや殺されるのを待つだけなのか?
「バウっ」
否! 倒れ伏した群衆の間を器用にすり抜けて、全長二mはある銀色の大きな犬が飛び込んできた。
「ガルムちゃん?」
クロードと共にネオジェネシス紛争を駆け抜けた戦友は、吹雪をものともせずに怪物五体を蹴りつけた。
「なんだお前。獣が、邪魔をするなあっ」
ガルムは呪いの雪を先読みし、ニーズヘッグの攻撃を軽々と避ける。
彼女は倒れた患者を口で咥え、医師を足で掴んで安全圏まで運び始めた。
「よくやった。私も世話になった恩人たちの危機を、見過すわけにはいかないな。鋳造――!」
更に、白い長髪の入院患者らしき人影が廊下の奥から現れる。
頬に深い傷のある男は、無数の鎧を創り出して四重の護りを補強し、吹雪を防いだ。
「貴方は、オズバルトさん!?」
クロードの呼びかけに、かつて魔術塔で刃を交えた共和国の英雄は、古傷の残る頬を僅かに緩ませてうっすら微笑んだ。
「ヒヒッ、オズバルト・ダールマン。西部連邦人民共和国粛正部隊の元責任者。正義の味方と名高い英雄のご登場か」
海賊男達、五体の人型ニーズヘッグもオズバルトの顔を知っているのか、警戒するように円陣を組んだ。
「エセ占い師から聞いているぜ。そこの悪徳貴族と戦った後に持病が悪化して転院、くたばる寸前らしいじゃないか?」
「既に死んでいるのは貴殿だろう? 元共和国海軍提督イーヴォ・ブルックリン。私と辺境伯が魔術塔〝野ちしゃ〟で戦った後、貴殿と貴殿が率いた非正規艦隊は、マラヤディヴァ国近海で邪竜に殺害されている」
クロードは思わず『死者蘇生なんてあり得ない』と言いかけたが、視界の隅でレアが首を横に振り、ドゥーエが愛刀を持ち上げるのを見てやめた。
ムラマサには、幽霊姉弟が宿っていることを思い出したからだ。
(ドゥーエさんのお姉さんは、部長の使う第一の魔剣は死者の想いを力に変えるとか言っていた。それに、ブロルさんが見せた並行世界の記録には第二の魔剣が死者を動かす光景があった。だったら……)
本物か偽物はともかく、ファヴニルが作り出した第三の魔剣にもまた、同様の機能があるのだろう。
「俺達は、その時、邪竜ファヴニルに見初められてよぉ、死んだ後にネオジェネシスとかいう新しい肉体を貰ったのさ」
「あいつ、最初からそのつもりでブロルさんを利用したのか!」
クロードはファヴニルの悪辣さに歯噛みするも、ネオジェネシスの技術を悪用した男、イーヴォは嘲るように笑うばかりだ。
「ひひっ、ひゃははっ。この身体ならアンタ達も餌だよ餌」
「ふふふ、それは恐ろしいな」
オズバルトは入院生活で痩せ衰えた身体を引きずるように、一歩前へ踏み出した。
が、彼はその一歩で、一〇mを超える距離を一息に翔んだ。
目にも止まらぬ速さで腕を一閃するや、怪物一体の首が胴体と泣き別れになり、白い雪の破片となって崩れ落ちる。
「イーヴォ・ブルックリン。紛い物といえ彼の魔剣を使ったな? ファヴニルともども、我が祖国に仇なす脅威と認識した。私も助太刀しよう」





