第456話 病院強襲
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クロード達が病院にたどり着いた頃。
レベッカ・エングホルムは、機械竜ファヴニルの操縦室で、酔っ払ったような笑みを浮かべていた。
「お姉さま、やっと念願が叶いました」
彼女の眼前には、血管や臓器を連想させる肉壁に半裸で取り込まれ、磔にされた赤いおかっぱ髪の少女ソフィがいた。
古の龍神に仕える巫女は、ファヴニルに盟約者として見出され、無理やりに融合されて邪竜の一部となり果てた。
「もうすぐです。もうすぐワタシ達は、カミサマの中で一つになれる」
レベッカもまた足先が溶けて、部屋と一体化していたが、気にとめた様子はなかった。
むしろ上気して赤い長髪を振り乱し、柔らかなソフィの横顔へ頬ずりした。
「もはや勝敗は決しました。ファヴニル様と一緒に新世界へ参りましょう」
レベッカの黒い双眸からは、過去と未来の可能性を見通す異能、巫覡の力を示す青い輝きが消えている。
邪恋に狂った鬼女は、この時、ただソフィ一人を瞳に映していた。
「所詮、大同盟なんて烏合の衆に過ぎません。事前に潜ませた雪人形が不和を起こし、ほどなく瓦解することでしょう」
レベッカはソフィの温もりに溺れるように、彼女の耳たぶに口づける。
「顔のない竜と導きの塔が、偽善者どもを綺麗に掃除してくれる。壊すべきものを壊してこそ、新たな人間の価値が生まれる」
レベッカ・エングホルムは、人間の悪性を愛している。故に、本性が剥き出しになる悲劇をことのほか好んでいた。
「……クロードくん」
そんなレベッカの悪意に反応したのか、ソフィは意識が戻らぬままに、許しがたい男の名前を口にした。
「偽物のクローディス・レーベンヒェルムには、新式のニーズヘッグを送りましょうか。間男め、病院で足手まといを抱えてどこまで戦えるでしょうね?」
八つ当たりじみた陰謀が練られているとは、つゆとも知らず。
領都レーフォンの中央病院は、深夜にもかかわらず緊急患者でごった返していた。
「また呪いの雪にやられたらしいぞ」
「正月はまだ先だってのに、祭りがいっぺんにきたみたいだ」
病院のスタッフは非常事態にもかかわらず、精力的に働いていた。
「お祭りと言えば、お前のイチオシは誰よ? 俺はやっぱり飛将軍セイ様だな」
「ふっ、可愛いアリス様に決まってるだろうが、あのフワフワした懐っこさがもう!」
「「……よし決着は、次の週末デモでつけよう」」
交わされる会話の内容はともかく、レーベンヒェルム領の民衆は、クロードと共に多くの危機を乗り越えただけあって、肉体も精神も強靭だった。
「レア様のご尊顔を見ることが叶った。今のアタシは無敵さ。重い荷物も、おもっ」
「半分持つよ。辺境伯様の側にソフィ様が見当たらないけど、別の作戦中なのかな?」
医師や看護師だけでなく、病人も怪我人も互いに支え合って、前向きに困難を乗り越えようとしていた。
それでも、理不尽は容赦なくやってくる。
しゃれこうべのように目鼻が欠けた顔立ちの、鱗と尻尾が生えた半人半竜の怪物が一〇体、夜の闇に紛れて病院へ踏み入ったのだ。
「おーい。お前たち、何をしている?」
巡回中の兵士達は、雪の中を行進する異形の集団を呼び止めたが、無惨にも最初の餌食となった。
白い雪が赤く染まり、ぐしゃぐしゃという咀嚼音が風の音に溶けた。
「俺たちゃ無敵の略奪者♪」
「お楽しみの時間がやってきた♭」
人食いの怪物一〇体は、調子外れの歌を口ずさみながら病院の正門を壁ごと破り、物言わぬ肉塊に加工した亡骸を放り込んだ。
交叉髑髏の刺繍された三角帽子を被るリーダーらしき男が、しわがれ声で猟奇的な歌を唄い、他の怪物達を凶行へと駆り立てる。
「腹を裂いて、臓物を並べてさらそう」
「首をおとし、皮を剥いで飾ろう」
「骨を砕き、肉を叩いて食らおう」
人とトカゲのあいの子のような真っ白な怪物達は、一文字に裂けた真っ赤な口を開いて牙を剥き、それぞれ触手や角を伸ばして患者や医師達へ襲いかかった。
「お、おかあさん」
「怪物め、オレ達の患者に手を出すなあ」
群衆が混乱しつつも抗う中、クロード、レア、ドゥーエは即座に反応した。
「御主人さま、ドゥーエ様。正面入口は私が押さえます。鋳造――はたき」
レアが無数のはたきを投げつけて、玄関にたむろする怪物達を足止めする。
「レア、頼む。待合室のタコは僕がやる。」
クロードは足先からスライディングするように、八本の触腕で子供を狙う襲撃者へ滑り込み――
「鋳造――雷切、火車切」
「ギョエエエ!?」
両手に作り出した打刀と脇差しで、股下から十文字に切り裂いた。青い雷と赤い炎が、八本の触手ごと蛸トカゲを消滅させる。
「はっ、いいねえ。この病院は、肝っ玉の太い奴ばかりだ。受付のエリマキトカゲ野郎、オレが相手だ!」
ドゥーエは、首から伸びる角で医師を貫こうとした襲撃者へ、壊れた左義手の残骸から伸びた鎖を絡みつかせ――
「あーばよっと」
「ホゲエエエッ」
魔法で鎖を巻きとりながら空を飛び、愛刀ムラマサで怪物を両断した。
「辺境伯様だ。辺境伯様が来られたぞ」
「レア様もいるっ。私たち助かったの?」
「あの特徴的なドレッドロックスヘアは、いつぞやの傭兵さん?」
病院内は一転して歓喜に包まれた。
しかし。
「「ひひひひ、ひゃーっはっは」」
襲撃者達は高笑いをあげながら、予想もしなかった攻撃に出た。
「財宝をよこせ、生命をよこせ、世界のすべてを我らに寄越せ。
強欲機構|はじまりにしておわりの蛇雪 ――変転――」
残り八体の半人半魔の怪物達の背から、獣にも機械にも似た異形の翼が出現し、病院内は呪いの雪が吹き荒れた。





