第455話 ファヴニルの目的と反攻作戦
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一二日正子頃。
細身青年クロードと青髪の侍女レアは、レーベンヒェルム領内で暴れる顔の無い大蛇二〇体を撃滅し、契約神器・魔術道具研究所へ駆けつけた。
しかし、時すでに遅く――。
第二位級契約神器ファヴニルは、女執事ソフィをさらって研究所を破壊し、真の姿である機械竜の肉体を取り戻して、空高く飛び去った後だった。
「すまん、クロード。邪竜を仕留めるのにしくじった」
「ドゥーエさん、生きていてくれたのか。テルとショーコは、大丈夫か!?」
ドレッドロックスヘアの剣客は邪竜との激戦で左義手を失い、満身創痍の怪我を負ったものの、瀕死の戦友、カワウソとスライム娘を救出していた。
「御主人さま。テルもショーコ様も重傷ですが、まだ息はあります。すぐに病院へ向かいましょう」
クロードとレアは、慌てて三人を領都の中央病院へと運び込んだ。
意識の無いテルとショーコはすぐさま集中治療室に入ったが、ドゥーエは治療を拒否して、廊下にひざまづいた。
「詫びる言葉も無い。何もかもオレのせいだ」
「ドゥーエさん、頭をあげてくれ。僕たちだって、ファヴニルを倒しきれなかったんだ」
クロードは土下座するドゥーエの肩を抱いて、血塗れの服を剥がし、ボロボロの身体を支えた。
レアが傷口に蒸留酒を吹きかけ、ナイフで異物を取り除き、軟膏状の治療薬を塗って布と包帯を巻き付ける。
「クロード、レア。やめてくれ。オレはソフィ嬢ちゃんが、ファヴニルの肉体に取り込まれるのを見捨てて逃げたんだぞ」
「ドゥーエさんは、テルとショーコを連れてきてくれた。ソフィだってまだ死んだわけじゃない」
クロードはレアと共にドゥーエを治療しながら、奥歯を噛み締めた。つまるところ、ファヴニルの方が一枚上手だったのだ。
「ドゥーエ様は、ファヴニルがソフィを盟約者に選び、機械の身体に取り込んだと仰いました。楽観視はできませんが、当面の生命は保証されたとも言えます」
レアの顔色は蒼白だったが、彼女の指摘にクロードも同意する。
「ドゥーエさん、心配は無用だ。何があってもソフィはこの手で必ず取り戻す」
「……ソフィ嬢ちゃんも、アンタを待ってるって、言っていたでゲスよ」
ドゥーエは諦めたかのように力を抜いて、クロードとレアが治療するに任せた。そうして応急手当を終えた後――。
「それにしても、ファヴニルは機械竜の肉体を取り戻したのに、どうして研究所を離れたんだろう?」
「あの野郎なら、勝ち誇ってクロードを待ちかまえそうなものゲス。それとも調子に乗って、無差別虐殺でもやらかすつもりかね?」
クロードとドゥーエは、ファヴニルの意図が読めずに頭を抱えた。
青髪の侍女レアは給湯室で紅茶を入れて、悩む二人へカップを差し出した。
「御主人さま、ドゥーエ様。お聞き下さい。ソフィには魔術道具の力を引き出す異能、巫覡の力があります」
レアの言葉を聞きながら、クロードは熱いお茶を喉に流し込み、ドゥーエは琥珀色の水面を右の隻眼で見つめた。
青髪の侍女レアの正体こそは、ファヴニルの妹分だった第三位級契約神器レギン。
今は道を違えたといえ、千年を共に過ごした彼女はきっと誰よりも詳しいはずだ。
「ファヴニルが建てた塔の影響で結界が弱まり、地下遺跡の封印が無力化されていますが……。それはあの建造物が大地からエネルギーを吸い出しているからです。お兄さまは、奪った力とソフィの異能を使って、自身に更なる改造を施そうとしているのではないでしょうか?」
「改造、だって?」
「クソヘビめ、まだ力を求めるのかよ?」
レアは緋色の瞳に力をこめて、断言した。
「はい。ファヴニルがソフィを盟約者として取り込んだ理由は、端末の人間型や本体の機械竜型を超える、『第三の強化型』となることでしょう」
クロードとドゥーエは、レアの仮説になるほどと頷いた。
「そういやあ、ファヴニルの奴、終末戦争を始めようとか言っていたものな」
「新しいカミサマになるとも、言ってやしたね。ハッ、絶対に邪魔してやるでゲス」
このまま手をこまねいていれば、マラヤディヴァ国は人も自然も、邪竜に食い尽くされてしまう。
けれど目的さえわかれば、対処法もあるのだ。
「じゃあ僕たちがやるべきことは、まず塔を破壊してファヴニルの改造を邪魔し……」
「顔なし竜を潰して雪を止め、航空戦力を再稼働。空へ殴り込むといったところでゲスか」
「はい。ねじれた塔とニーズヘッグの排除こそ、お兄さまの野望を挫く第一歩となるはずでしょう」
クロード達が当面の作戦を再確認し、ティーカップを給湯室に返すと、中央病院が大きく揺れた。
病院の玄関が壁ごと破壊され……。
老若男女も判別できないほどに破壊され、ぐちゃぐちゃの肉塊となった兵士たちの遺体が、赤い血しぶきをあげて投げ込まれる。
「敵襲かっ、レア、ドゥーエさん。行こう!」
クロード達三人は、稲妻のごとく迎撃に飛び出した。





