第454話 蟷螂の斧は運命の歯車を断つ
454
――時を遡ること半年前。
〝万人敵〟ゴルト・トイフェルを旗頭とするネオジェネシス精鋭部隊は、マラヤディヴァ国首都クランを巡る決戦で、盟主クロードと姫将軍セイ率いる大同盟軍に敗れた。
ゴルトら敗残兵は拠点に火をかけ自決を選ぼうとしたが、〝死んだはずの男〟アンドルー・チョーカーが邪竜ファヴニルとの戦いに誘い、十重二十重の包囲から脱出させた。
のだが。
「今宵の月はとても美しい。この素晴らしい時間を、マラヤディヴァ国最高の男である小生と同じ毛布で過ごさないか?」
「え、ええと。チョーカーさん、そういうのは無粋じゃないかなって」
その恩人は仮設キャンプの食事中に、カマキリめいた顔を軽薄に歪めて、複数の女性兵を所構わず口説いていた。
辛子色の蓬髪と巨牛の如き肉体を誇る司令官ゴルトは、撞木を連想させる大足でチョーカーを蹴り飛ばした。
「あ、あわわ。ゴルト、命の恩人に何をするか?」
「ハッ、部下の安全を守るのも将の務めじゃろう。チョーカー、お前にはミーナちゅう恋人がいるのに、何をヘラヘラと他の女を口説くのか?」
「だって、小生は男だもの。目の前に女がいれば、ワンチャンスあるではないか!」
チョーカーの下心をまったく隠さない言い分には、フォックストロットら男性兵からも、ジュリエッタら女性兵からも抗議の声があがった。
ゴルトも肩をすくめたが、代わりに胸中で燻っていた疑問を投げかけた。
「次の戦場へ誘ってくれたことには感謝しているよ。じゃが、チョーカーよ、随分と迂遠なやり方を選んだな。ファヴニルと戦うだけなら、大同盟に戻れば良かろう?」
ゴルトは尋ねはしたものの、チョーカーからの満足のいく返答は期待していなかった。
全身全霊で行き当たりばったりこそ――マラヤディヴァ国で一番非常識な男――と呆れられた、迷将の生き様だからだ。
「それでは駄目だ。このままではクローディアス・レーベンヒェルムが……。ああもう、コトリアソビと呼ぶぞ。あいつは邪竜ファヴニルに負ける。それだけは避けねばならん」
けれど、好色一代無責任男の反応は予想外に真剣なものだった。
「ほう、チョーカー。辺境伯は赤い導家士を退け、怪物となり果てた楽園使徒を退治し、おいやネオジェネシスを破ったぞ。それでも負けると断言するか?」
「ゴルトよ。ファヴニルはお前達との戦いを見て、大同盟の戦力を把握した。コトリアソビのことだから隠し球のひとつやふたつ用意するだろうが、かの邪竜は時を巻き戻すという。乾坤一擲の策もそれでパアだ」
ゴルトは、チョーカーの渋面を改めて覗き込んだ。
薄っぺらい紙のような表情の奥には、熱した鋼を想わせる何かが宿っている。
「加えて邪竜に協力するレベッカ・エングホルムが面倒だ。並行世界だかなんだか知らないが、よく当たる占い師なのだろう? ファヴニルが使うという時間の巻き戻しとの相性も抜群だ。いまの条件を鑑みるに、大同盟に戻るのは下策。奴らに把握されない遊撃部隊となることこそ上策よ」
「……チョーカー。お前は〝辺境伯の戦力ではない誰か〟が、盤面をぶち壊しにする必要があると言いたいのか」
「そうとも、ゴルト。そこで小生がお前達と一緒に、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に大活躍するわけだ。小生は必ずミーナ殿を守ってみせる」
チョーカーの明確な返答に、ゴルトとネオジェネシスの戦士達は、知らず笑みを浮かべていた。
今回ばかりは、彼の作戦を行き当たりばったりと嘆くものはいなかった。誰もが、共に戦う覚悟がある男と認めたからだ。
「そうだ。小生こそがマラヤディヴァを救う英雄になる。だから、諸君。前途有望な小生と、素晴らしい夜を共にするものはいないか?」
この夜、最悪の口説き文句に釣られる娘はおらず、その後六ヶ月間も一人として現れなかった。
「あっれえ、おかしいぞお?」
「こやつ、本当に行き当たりばったりで生きているなあ」
そして、運命の日。
復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一二日の夜明け前。
ゴルト達は秘密基地を出撃、ファヴニルが作り上げた、真っ赤な血肉に似た、ねじくれた木のような塔へと向かって進軍した。
「あの塔こそ邪竜の拠点じゃな。地脈からエネルギーを吸い出して結界を弱め、ダンジョンの封印を無力化する楔と見た。さあ、祭りを始めようか」
「「祭りだ祭りだ。わっしょいわっしょい!」」
猛将ゴルトと迷参謀チョーカー率いる部隊は、塔を守る徘徊怪物や青銅ゴーレムの軍勢を一蹴し、巨大な魔法陣が描かれ、内臓のような器物が蠢く塔の地下施設にありったけの爆薬を仕掛けた。
「斧の切れ味が鈍い。顔なし竜のせいで魔法の威力が落ちているのが叶わんな。どこかで武器弾薬を補給せんと連戦は出来んぞ」
「ゴルト。首都クランにデカヘビが三匹向かっている。アレらの首を手土産に、姫将軍セイから物資をふんだくるぞ」
「やむを得んか!」
ゴルト隊は、起爆をフォックストロットら分隊に任せて北上。
ユングヴィ領首都クラン郊外の森で民間人を保護し、彼女を追う顔なし竜三体と交戦を開始した。
チョーカーは一番槍を務めて、全長五〇〇mはあろう地を這う大蛇を殴り飛ばし――。
「なんじゃい。デカブツめ、塔の青銅ゴーレムの方が歯応えがあったぞ」
――ゴルトもまた身の丈ほどもある大斧を振り回し、大蛇の鱗を削いで肉を砕き、再生も叶わぬほどに切り刻んだ。
彼と共に内戦を生き残ったネオジェネシスの精鋭達も果敢に挑み、三体の大蛇は末期の悲鳴をあげて、白い雪の粉末となって崩れ去る。
「よおし、おいどもの勝利じゃあ!」
「「ゴルト司令万歳! 勝ったぞお」」
ゴルト一党は拳をかざして勝ち鬨をあげ、返り血と汗を拭った。
しかし、戦闘が終わったにも関わらず、後方から殴打音が聞こえてくる。
チョーカーが、件の民間人女性にポカポカと殴られているのだ。
「お前、まぁたセクハラをやらかしたのか。恋人のある身だろう。そういうのは不義理だと何度も言ったろうがっ」
仲裁しようと駆けつけたゴルトは、女がロールパンのように巻いた角とモコモコした髪を持ち、靴のない素足には二つに割れた蹄が生えていることに気づいた。
「チョーカーから聞いているぞ。オマエはこいつの恋人だというミーナではないか?」
「ゴルト・トイフェル。貴方はホンモノ?」
ミーナは手に握った木笛を棍棒のように構えて、暗い瞳でゴルトを見上げた。
「なんじゃい、影武者と疑っとるのか?」
「ファヴニルは、死者を模した雪人形を主都クランに潜ませていたわ。アンドルーや貴方がホンモノだと言うのなら、なぜ生きているの?」
ゴルトはボロボロの格好で空を見上げる浮気男の手に手を伸ばし、チョーカーもまた狂戦士の野太い手を掴んだ。
「コイツは、おいが助けたからで」
「そいつは、小生が助けたからだな」
ミーナは、殺されたはずの恋人と、憎んだ金鬼が仲良さげなのが信じられなかった。
「どうして、そんなことを?」
「「そりゃあ、ファヴニルを討つ為だ」」
しかし、二人が手のひらを重ね合わせて立ち上がると、森を揺らす轟音が響き――。
彼らの背後で、赤いねじくれた塔が花火のように吹き飛ぶのが見えた。
「アンドルー、本物なのね」
ミーナが愛したチョーカーは、こういう男なのだ。
「ミーナ、帰ってくるのが遅れてごめん」
「馬鹿」
ミーナはやや横長な瞳から涙をぼろぼろとこぼし、チョーカーの体を抱きしめた。
ゴルトらによる塔の破壊は、レベッカが作り上げた予定調和に亀裂を刻み、クロード達の反撃へと繋がる。
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