第451話 絶望の幕開け
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テル、ショーコ、ドゥーエの三人は、契約神器・魔術道具研究所を巡る戦いで、ファヴニルをあと一歩のところまで追い詰めた。
しかし、邪竜は巫女レベッカの助力で全長三〇mに及ぶ、巨大な完全体を取り戻してしまう。
機械竜の暴威によって川獺のテルとスライム娘ショーコは重傷を負い、勇者の末裔ドゥーエも左義手を失った。
隻眼隻腕の剣客は死なば諸共と命がけの特攻を仕掛けようとするも、赤いおかっぱ髪の女執事ソフィが割って入った。
「ああ、おねえさま、ソフィおねえさま。やっとワタシのモノになるのですね!」
「レベッカちゃん、ちょっと黙ってて!」
狂乱する幼馴染みの声が響くも、龍神の巫女はぴしゃりと黙らせた。
「ドゥーエさん、テルくんとショーコさんを連れて行って。結界は最大出力に達したよ。ここでやれることはもうない」
クロード達が各都市に設置した石柱は、出力の昇降にこそ契魔研究所が必要だが、維持するだけなら単独でも可能だった。
つまり一度最大出力に達したなら、しばらくは保つのだ。
「待てよ、ソフィ。アンタは、オレから死に場所を奪うのか!?」
「ドゥーエさんは、戦う力の無い人の為に剣を振るうんだって、以前言ってたよね。あれは嘘だったの?」
ドゥーエは、ソフィの豊かな胸に向けて伸ばした手をひっこめて、自らのドレッドロックスヘアとひげをかきむしった。
過去の、ロジオン・ドロフェーエフを名乗っていた頃の彼ならば、それでも自分が楽になるという誘惑に溺れただろう。
「ここは、わたしが引き受けるよ。だから、ドゥーエさんもやるべきことをやって。クロードくんの力になってあげて」
「残れば、死ぬぞ」
「死なないよ。わたし、これでも龍神様の巫女だもの」
けれど、今のドゥーエにはできない。
戦友たるクロードと出会い、詐欺師に堕ちたベックを見送り、因縁深きミズキと和解した。生きて責任を果たす方が困難だと知っているから。
「必ず戻る。アンタを助けに来る」
「えへへ。だーめ。わたしが待っているのはクロードくんだもの」
「ったく、良い性格をしてるや」
ドゥーエは、ソフィが震えているのを知っていた。朗らかな声が、恐怖にかすれているのに気づいていた。
それでも彼は、この窮地で気丈に振る舞う彼女を強いと憧れた。
「ボクにとってクローディアス以外はゴミだけど、敵を見逃す理由は無いよね?」
「ええ。おねえさまは、ワタシにとってもカミサマにとっても必要です。でも、汚物は焼却しないと安心できないでしょう?」
ファヴニルとレベッカが竜の瞳から熱線を放つも、ソフィは怯むことなく魔杖みずちで水柱を創って相殺し――。
「うん。そう言うと思って、こんなものを塔の中に用意していました」
――更なる手札を投入する。
ソフィが杖で地面を打つや、塔から木製の窓を突き破って、二〇台ものドリル付き糸巻き車オバケが、隊列を組んで空を飛んだ。
「なんて酷い光景。悪夢に出そうだ」
「おねえさま。ムードがないというか、ロマンしかないというか、他にデザインは無かったのですか?」
「クロードくんにもウケが悪かったんだよね。愛嬌あると思うんだけどなあ」
残念ながら、地球史を知るクロードにとっても、パンジャンドラムの群れが空を飛ぶのは恐ろしかった。
されど、偉大なる案山子は竜の注意をひきつけ、その隙にドゥーエは瀕死のテルとショーコを掴んで跳躍し、戦場から離脱した。
「ちぇっ。とっぴなデザインに気を取られちゃったか」
「むしろあの兵器、造形こそが最大の武器ではありませんか?」
ファヴニルが呆れながらも尻尾を振り回し、ギュイギュイと音てながら纏わりつく糸車を粉砕する。
爆音が二〇度に渡って響いたが、巨大な機械竜を傷つけること叶わず、ソフィは前足で地面に叩きつけられて拘束されてしまう。
「ふんっ、鼠が三匹逃げたところで何ができるのさ。ファフナーの一族、その末裔よ。オマエは盟約者となって、我が野望を叶えよ」
「おねえさま。さあ、ワタシ達と身も心もひとつになりましょう?」
死刑宣告よりも無慈悲な言葉に、ソフィはゆっくりと首を横に振った。
「嫌だよ。わたしが信じているのは、龍神様で邪竜じゃない。わたしは誰の願いを踏みにじっても、クロードくんを幸せにすると決めたんだ」
それは、敬虔で寛容な少女が告げた、絶対の宣戦布告だった。
「我が巫女よ。オマエの意思は関係ない。秘術――魂魄奪取」
巨大な竜の足裏から、コードめいた色とりどりの糸が溢れて、赤いおかっぱ髪の少女を杖ごと飲み込み、機械の身体へ取り込んだ。
「クローディアス。読み合いはボクの勝ちだ。マラヤディヴァの民よ、今宵カミは帰還した。鮮血と悲鳴を捧げるがいい」
「偽りの善、嘘っぱちの社会、何もかもを破壊して、新世界を始めましょう!」
ファブニルとレベッカは飛翔して、マラヤディヴァ国の空を旋回した。
二人の声は、魔術によって伝播され、ヴォルノー島とマラヤ半島に響き渡る。
人々が悲鳴をあげて慄く中、機械竜の旋回に応じるように、それぞれの領中心部を貫いて、ねじくれた樹木に似た塔が立った。
天へと伸びる建造物は、あたかも血肉で塗り固めたかのように真っ赤に染まっている。塔がぶるりと身を震わせて蠢くや、滅びの雪から街を守る結界が目に見えて弱まった。
「ああ、うわああっ。雪が入ってくるぞ」
マラヤディヴァの民衆は恐怖に震え、レベッカは歌うように呪いを告げる。
「悪徳貴族の小細工など、想定済み。お前たちに許されるのは、服従か死のどちらかだと思い知りなさい」
邪悪な巫女の託宣に応えて、地下ダンジョンの封印が破られ、モンスターが地上へと溢れ出た。
「ワタシは過去と未来を見通す巫女レベッカ。定まった完全無欠の計画を覆すことなんて誰にもできません」
しかし、いかに巫覡の力に恵まれた魔眼の持ち主といえど、全知全能ならざる存在だ。
「ハッ。過去だの未来だの知ったことか。なぜならこの小生がっ、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に、お前達の計画をおじゃんにするからだあっ!」
邪竜の巫女が見落とした。否、視界にすら入れなかった――。
運命の車輪にまじったちっぽけな砂粒が、再び盤上へとあがる。
あとがき
Q.レベッカちゃんの誤算は何ですか?
A.奴隷オークション会場で騒ぐ色惚け隊長に、注目しなかったことです。
???「なにそれーーっ」





