第450話 龍神と邪竜の巫女
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クロードがファヴニル打倒のために用意した必勝の策は、見事に成功した。
〝人類の守護者〟ショーコが〝第三位級契約神器〟オッテルと契約して前衛を務め、〝勇者の末裔〟ドゥーエが奇襲をかけて、肉体の転移を封じた上で致命傷を与えたのだ。
「エセキツネ、異界の戦士、魔剣の後継者。惜しかった、実に惜しかったね。鬼札を先に切ったそちらの負けだ。秘術――魂魄奪取」
しかし――。ファヴニルは絶命する直前、全長三〇mにおよぶ邪竜の本体を招き寄せ、仮の肉体を食わせることで魂を回収、強引に一体化してしまう。
完全体として復活した邪竜の猛攻は凄まじく、ショーコとオッテルは重症を負い、ドゥーエもまた左義手を失った。
「カミサマ気取りのヘビヤロウ。結界の封印は効いていたはずだ。盟約者のいないテメエがどうして本体を動かせた?」
隻眼隻腕の剣士はただ一つ残った黒い右目を青く光らせて、果敢に機械竜へと挑んだ。
巫覡の力と呼ばれる異能が彼を支え、生きようとする火事場の底力を引きずり出す。
「それなら、紹介しよう」
ドゥーエと切り結びながら、機械竜は余裕たっぷりに胸部を軽く叩いた。
生身と機械が入り混じるサイボーグめいたオオトカゲの身体がへこみ、ドアが開くように内部が露わになる。
操縦座と呼ぶに相応しい椅子のついた一室には、新しい端末に宿ったファヴニルに寄り添う、燃えるような赤毛の女がいた。
彼女も何らかの異能を発揮しているのか、黒い双眸がドゥーエと同じように青く輝いている。
「この娘はレベッカ・エングホルム」
「過去と未来を見通す、ファヴニル様の巫女ですわ」
「ソフィ嬢ちゃン以外にも、ファフナーの一族とメア・ユングヴィの末裔がいたのか」
テルは、上半身と下半身を泣き別れにされて、呻くようにつぶやいた。
ソフィの幼なじみであり遠い親戚たる少女は、かつて緋色革命軍の首魁ダヴィッドがつけたものと同じ黄金の首飾りをさげていた。
ファヴニルは血筋と小道具を利用して、レベッカに操縦権を与えたのだろう。
過去と未来を見通すという彼女の名乗りが真実なら、巫覡の力でクロード達の作戦を見抜いていた可能性すらある。
「オッテル様。我がカミサマの兄君、見苦しいので早く死んでくださいね」
「レベッカといっタカ。先祖の面影もへったクレもないナ。いいのかヨ、ソイツはアンタを道具としか思っチャいないゾ?」
「あら。カミサマと共に歩むのが、巫女の本懐というものでしょう?」
レベッカは悪意に満ちた笑顔で返答して、傍らに座るファヴニルと手を重ね合わせた。
「ワタシにも叶えたい願いがあります。そして、すでに運命は見通した」
端末である人型のファヴニルの意識と、本体の機械竜は連動しているのだろう。
「我がカミ、ファヴニル様は世界を手に入れる。最初の贄はお前たちだ。アハハハッ!」
レベッカは機械竜の胸部ハッチを閉ざし、勝ち鬨をあげるように哄笑をあげた。
「テルくん、クロードが来るまで時間を稼ぎましょう」
「オウ、七転び八起きハいつものことヨ。燃えてキタァっ」
従来の二割未満のサイズになったショーコと、竜の肉体を捨ててカワウソに戻ったテルは巨大な機械竜を殴って抗戦を続ける。
けれど、勇猛果敢な口ぶりとは裏腹に二人の傷は深く、蹴飛ばされて宙を舞った。
「骨董品の英雄ども、幕引きの時間さ」
ファヴニルが前足を振るうや、空間が軋みをあげて砕け、建物の残骸ごと大地が大きく裂けた。
もはや息も絶え絶えな二人の戦士は、情け容赦なく空間の断裂へと吸い込まれる。
「いいや、テルとショーコはソフィちゃんを連れて逃げな。クロードの奴が来るまで、オレがもたせる。いいや、ぶっ殺す!」
その直前。ドゥーエが斬りこみ、氷の爆ぜる音が響いた。
彼は右手のムラマサで、ファヴニルによる空間の断裂を消滅させたのだ。七色の断層が白々と凍てついて四散する。
「カカッ。オレの手は何も掴めず、取りこぼすだけと思ったが、そうでもなかったぜ」
常識的に考えるなら……、
人間は一〇階建てのビルと喧嘩できない。
兵士一人が怪獣と組み合えるはずもない。
ドゥーエはそんな無茶を平然とやり遂げた。
隻眼隻腕の剣客は刀一本で竜の炎を払い、爪を砕き鱗を削いでゆく。
「生まれた世界は違えど、神剣の勇者の末裔か。思った以上にやる」
「ドゥーエ。……ロジオン・ドロフェーエフ。忌々しい男。いつもいつもワタシ達の邪魔ばかりして」
「ムカついてるのはオレの方だ。偽神と偽占い師め、御託はいいからとっととクタバレ」
ドゥーエは刀を振るい、ファヴニルの爪牙と火花を散らす。
しかし、二m足らずの人間と三〇mの機械竜では、速度が違い地力が違う。
何よりも、システム・ヘルヘイムの本質は呪詛だ。
ファヴニルを攻撃すればするほどに、ドゥーエ自身にも反動が返ってくる。
使い手の肉体が緩やかに黒く染まり、口や爪先から鮮血が溢れる。
「イオーシフ・ヴォローニンっ。我が友よ、オレは世界を、大好きな馬鹿どもを救うぞ」
『二〇番、ゴメンね。二番を放っておけないから、ワタシ達も付き合うわ』
ドゥーエの瞳から、青い輝きが消えた。
彼は己が死と引き換えに、ファヴニルに向けて最後の一刀を放とうとする。そこに。
「みずち、ドゥーエさんを助けて」
両者を分かつように、滝のような水柱が立った。
戦闘に割り込んだのは、塔から降りてきた赤いおかっぱ髪の女執事。グリタヘイズの龍神を祀る、もうひとりの巫女だ。
「ドゥーエさん、テルくんとショーコさんを連れて行って。結界は最大出力に達したよ。ここでやれることはもうない」
「待てよ、ソフィ。アンタは、オレから死に場所を奪うのか!?」





