第448話 必殺の作戦
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一一日夜。
クロードは音信不通となった女執事ソフィを救援すべく、浜辺から契約神器・魔術道具研究所に向かって街道を駆けていた。
「くっ。雪のせいか、通信魔法が安定しないし、転移魔法も使えない。もどかしいっ」
三白眼の細身青年が石畳を蹴るたびに、南国の夜に似つかわしくない、奇怪な白雪が吹きつける。
恐ろしいことに、空から降りそそぐ雪が触れた石は徐々に脆くなり、街路樹も老いるように枯れていた。
『御主人さま、前方三〇〇〇m先に顔なし竜を確認しました』
クロードは桜貝の髪飾りとなった侍女レアの警告に頷き、歩幅を広げて速度をあげた。
「レア、僕にも見えた。あいつが邪魔をしているのかっ」
荒天で見通しの悪い街道の先では、羽の生えた真白い大蛇がのたうっていた。
ファヴニルが〝世界樹をかじる蛇〟の名を与えた怪物こそは、かの邪竜が作り上げた決戦兵器だ。
桁外れたサイズとパワーも勿論脅威だが、大蛇が口や背の翼から吹きだす白い結晶には、――森羅万象の生命と魔力を喰らう特質があるのだ。
「鋳造――」
三白眼の青年は、魔法で大量の布付き棒〝はたき〟を作って囮に使い、滅びの吹雪を相殺しつつ接近する。
「――〝雷切〟!――〝火車切〟!」
クロードは右手に雷を帯びた打刀を、左手に火を噴く脇差しを握り、全長一〇〇mを超える怪物を斬り伏せる。
領主と侍女が力を合わせ、炎と雷の竜巻で大蛇を引き裂くや、巨大な白蛇は雪の結晶となって崩れ去った。
『御主人さま。ニーズヘッグ一体を撃破。ですが、研究所まであと二〇体待ち受けています』
「に、にじゅう? 大盤振る舞いにも程があるだろ!」
クロードは、ファヴニルが自信満々に「終末戦争を始めよう」と言ってのけた理由に得心した。
彼がたった今葬った個体は、エングホルム領やユーツ領で戦ったニーズヘッグよりも、若干弱かった。
おそらくは新規に生産された幼体なのだ。こんなモノを際限なくばら撒かれた日には、マラヤディヴァ国どころか世界が滅ぶ。
「レア。町の中は結界で守られているけど、あんな怪物を入れるわけにいかない。排除しながら進もう」
呪われた雪は物質にダメージを与えるだけにとどまらず、通信を阻害し輸送や進軍を制限するという、厄介極まる効果を発揮していた。
発生源を一掃しなければ、飛行自転車の投入や艦隊支援といった、大規模な軍事行動は不可能だ。
「邪魔だ!」
クロードはニーズヘッグの幼体を立て続けに撃破して、契約神器・魔術道具研究所を目指した。
『一四体目撃破、残り六体です』
「よし、順調だ。……なんだ?」
クロードが両断した白い大蛇は絶命する直前、等身大の人型へと姿を変えた。
「ワワ、ワレレレ……」
怪人物は言葉もまともに話せぬままに、雪達磨となって崩れ去ったが、彼の末路は妙に座りが悪かった。
「雪の人形、いつかどこかで見た気がする。いや、あれは夢だったのか?」
『今の人形は、緋色革命軍の幹部、ボルイエ・ワレンコフ伯爵に酷似していました。ですが伯爵は私たちと交戦後、彼の部下に殺害されています』
クロードとレアは、まるで死人が動くのを目撃したような、奇妙な悪寒に襲われた。
けれど、立ち止まっている時間はない。ソフィがいる研究所は目と鼻の先にあり、元凶さえ打倒すれば真相究明も叶うだろう。
『研究所から戦闘音を確認。御主人さまが準備された策が決まったようです。このままファヴニルを止めましょう』
クロードは、レアの言葉に勇気づけられるように、足を早めた。
さて、実際のところだが……。
クロードが立案した渾身の作戦通りに、テルとショーコはファヴニルを追い詰めていた。
一人は旧世界の反逆者として、一人は異世界を追われた英雄として、人類の未来を切り開こうとした二人の戦士。巨大な火竜と可憐な少女は、友と見込んだクロードを守る為に意気投合して盟約を結んだ。
そして今、世界に仇なす邪竜を仕留めんと切り札を開帳する。
「「術式――〝荒神鏡〟――起動!」」
黒いマントと青いドレスシャツを着たショーコは、胸に九本の砲塔を持つ全長五mの火竜オッテルと互いの拳をぶつけ合った。
「なぁに? 同士討ちでもしたいのかい?」
ファヴニルが余裕ぶって首を傾げた瞬間。不可解なことに〝二人分の打撃〟が邪竜を打ち据えた。
「あ、があああ」
怪獣と美少女がジャブと掌底を、ストレートと正拳突きを、フックと肘打ちを、アッパーと回し蹴りを、丁々発止と叩き付け合うたびに――。
金髪赤瞳の少年の頬がくぼみ、腹が凹み、腕が折れて足が砕けた。
「お、お前たちの奥の手は、反射の操作かっ」
元カワウソの竜は前足にとどまらず、後足や尻尾も交えて攻撃を繰り出し、スライム娘もまた四肢を軟体のように幾本も伸ばして迎撃する。
二人分の連続攻撃は終わらない。あたかも弾の尽きない機関銃が如く、延々と容赦なく邪竜の肉体を削り続ける。
「ファヴニル。やっチまっタことは、返ってくるんだヨ」
「いまが報いの時よ」
ファヴニルは連続攻撃に目眩を覚えながら、まだ仲の良かった頃にオッテルが告げた言葉を思い出した。
『新しい世界は、頑張ったヤツが頑張っただけ報われる、そんな優しい場所だといいな』
昔、そんな青臭いことを言っていた。
「ハハッ、報いだって。馬鹿馬鹿しい、因果応報なんて知ったことか!」
ファヴニルは打撃に身体を崩されながらも、吐き捨てるように叫んだ。
「この世は、強欲な方が勝つんだ。強欲であればこそ、勝たなきゃいけないだ。全てを奪い尽くしてこそ邪竜なんだよ!」
ファヴニルの瞳が、血のように赤く濁る。
「術式――〝抱擁者〟――起動!」
かくして鬼札は切られた。
ファヴニルを取り巻く時間の流れが逆行し、傷はすべて無かったように消える。
戻った力でゴリ押すように手と足を振るう邪竜に、テルとショーコは吹き飛ばされた。
「ぐわっ」
「このっ」
「アハッ、アハハ。言っただろう。ボクは世界すら思い通りに変えるんだ!」
ファヴニルは勝利を確信して吠えたけった。
「え、がッ」
その刹那。金髪の美少年の胸から、日本刀の刃が生えた。
「お前がソイツを使う瞬間を、ずっと待っていた。クロードの作戦はこれで完遂だ!」
特徴的なドレッドロックスヘアが、白雪の舞う夜空にたなびく。
隻眼隻腕の傭兵ドゥーエが、潜んでいた研究所の地下から飛び出して、標的の心臓を背後から貫いたのだ。





