第447話 人類の守護者、推参!
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クロードの恋人の一人。女執事のソフィは、邪竜ファヴニルが引き起こした呪いの吹雪に抗うため、マラヤディヴァ国全体を覆う大規模結界を起動した。
ファヴニルは翼と尻尾の生えた半人半竜の姿となって、ソフィがのいる契約神器・魔術研究所を襲撃。巨大な火竜に変じたカワウソのテルと熾烈な〝兄弟喧嘩〟を繰り広げていた。
「オッテル、このエセキツネめ。どこのチンピラと盟約を結んだ?」
ファヴニルの拳がテルの巨腕とぶつかり、鱗が噛み合って火花が散った。
白雪の舞う夜闇で、弟は兄と一進一退の攻防を繰り広げながら、第三者の介入に勘づいた。
両者は、互いに盟約者を欠いている。
しかし、まったくの同条件であれば、〝第三位級契約神器オッテル〟と〝第二位級契約神器ファヴニル〟が、同じ戦闘力というのは辻褄が合わないのだ。
だからこそ、弟は兄が新しいパートナーを得たのだと確信した。
「キツネじゃネーヨ、カワウソだ」
「チンピラとは御挨拶ね!」
テルとファヴニルががっぷり四つで組み合う中、破壊された建築物の隙間から、青く輝くスライムがロケットのように飛び出した。
「オマエ、ボクとクローディアスが出会った遺跡に住むスライムじゃないか?」
不定形生物はリリと鈴が鳴るような音を発しながら、アジサイのように鮮やかな紫色の短髪と、アメジストを連想させる同色の瞳を持つ小柄な少女へと変身を遂げる。
「なんだ、オマエも異世界からの転移者だったのか!」
「私はショーコ。異なる世界で、〝人類の守護者〟と呼ばれた者よ」
ショーコは〝人間の味方〟を自負していたため、クロードが戦ったマラヤディヴァ内戦では消極的中立を貫いた。
しかし、相手が人類に仇なす魔法生命体であれば、話は別だ。
「邪竜ファヴニル」
ショーコは青いドレスシャツの上に黒いマントを羽織り、鳥のように空高く飛翔した。
「私はただの女の子として友達の為に戦い、貴方を倒す!」
ファヴニルは力づくでテルを引っ剥がすもすでに遅く、ショーコの高高度からの飛び蹴りが背中に直撃する。
「がはっ」
金髪赤眼の美少年は半人半竜の翼を千切られ、身を守る鱗を砕かれ、レンガ造の建築物を積み木細工のように崩しながら、地上へと叩きつけられた。
衝撃のあまり、体の内部にも損傷を受けたのか、口から鮮血を零した。
「く、クローディアスの浮気者め。側に虎女や羊女もいるのなら、スライム女が増えても不思議はないか」
「紹介するゼ。コイツがオレの盟約者ダ。冥土の土産には十分だろウ?」
テルはコウモリに似た翼で空中浮遊しつつ、地上を這うファヴニルへ狙いをつけた。
空を舞う火竜の肉体、胸と腹から九本の砲塔が出現して膨大な魔力の光を灯す。
「不肖の弟ヨ、引導を渡してやるゼ!」
古の竜オッテルは、口から一筋の炎と砲塔から九本の光線を放ち、極太の火炎レーザーへ収束させた。
ドラゴンブレスの火力は凄まじく、ファヴニル諸共に契魔研究所の半分、否、生者のいなくなった区画一帯を消し飛ばすに十分だ。
「巫山戯るな、放蕩兄貴があっ」
ファヴニルは赤い瞳を光らせて、世界を歪める。
自身に迫る破壊のエネルギーを捉えて、〝無いもの〟へと〝変えた〟。
「ハア、ハア。これが魔法だ。世界を変える力、第二位級契約神器のボクが……」
「邪竜さん、悪役ならもっと自信たっぷりに強がりなさい。ロマンは尊ぶものよ?」
ファヴニルが肩で息をつく暇も無く、オッテルの盟約者ショーコが徒手空拳で追撃を加える。
「何が悪役だ、何がロマンだ。あの老博士じゃあるまいし!」
邪悪なる竜の化身は、煩わしいとばかりに鋭利な刃物を生やした尻尾で斬りつけた。
「お生憎さま。悪党相手に負ける気ないの」
ショーコは、慌てず騒がず手のひらで凶器をさばく。
彼女を打ち据えたはずの太い尻尾は、なぜか根元から切り刻まれて、鮮血が滝のように吹き出した。
まるで意味のわからない反撃だ。しかし、ファヴニルには覚えがあった。
「今のは、ボクの攻撃を反射したのか? そうか、お前はあの老博士の関係者かっ」
「ええ、そう。私はドクター・ビーストを名乗った男の娘よ。パパの間違った技術は、私が始末する」
「だったら、やりようはある。熱に弱いのは把握済みだっ!」
ファヴニルは翼と尻尾を失うも、怯むことなく口腔から熱線を放射した。
ショーコは回避を試みるも、追尾式だ。赤い閃光はジグザグな軌跡を描きながら、黒いマントへ直撃した。
「まずは一人潰した。次はお前だ、馬鹿兄貴」
邪竜が放った高温のエネルギーは、巨大な火柱をつくりあげ、余波だけで周囲のレンガや石柱を粉砕した。
ファヴニルは己が竜吐息に絶対の自信を持っており、スライム娘を肉片ひとつ残さず消したと信じていた。
「おウ、阿呆弟。言っておくガ、ショーコはオレより強いゾ?」
「なんだって?」
ファヴニルが瞳をこらすと、火柱の向こう側で不可解にも標的の健在が確認できた。
邪竜がとっさに横っ飛びで避けるのと、スライム娘が灼熱の業火を跳ね返したのは、ほぼ同時。轟音と共に、直径一〇〇mほどの大穴が空いた。
「信じられない。物理攻撃だけじゃなくて、魔法も反射出来るのか? 博士の研究には、そこまでの成果はなかったのにっ」
「娘だって言ったでしょう。やり方は違っても、子供は親を超えたいと思うものよ」
ショーコは傷一つなくぴんぴんしており、黒いマントや青いドレスシャツにすら、焦げた気配が無かった。
「なるほど、わかったぞ。そのマント、オッテルの部品を使ったな」
「オウ。クロオドにボコられタ時に、以前使っていた肉体を捨ててナ。切り離しタ翼を材料に、レギンがマントを仕立てたんダ」
「アハ、アハハ。このボクがこうも追い詰められるなんてっ。さすがはクローディアス、よくもやってくれた」
ファヴニルは、胸を焼く熱い衝動に身体を震わせた。彼が見込んだ宿敵は期待通りに、否、期待以上の傑物へと成長を遂げた。
「気づいたタか、ソノ通り。コイツはクロオドの作戦ダ。今更遺言は不要ダロウ?」
「悪は滅ぶのよ。貴方はあまりに多くの命を奪った!」
オッテルとショーコが決着をつけようと、契約神器を全力稼働する。
「「術式―― 〝荒神鏡〟――起動!」」





