第444話 一騎討ちの結末
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クロードは海水で作られた無数の黒手に囚われるも、巨大化させた雷切と火車切でファヴニルを切り裂いた。
莫大な雷と炎をまとった塔のごとき刃が、邪悪なる竜の化身をエックス字に切り裂いて、黒い海を白い蒸気で染める。
「もう一度だ。もう一度やろうよ、クローディアスっ。時よ遡れ。術式――抱擁者――起動!」
美しい金色の髪を赤い血に染めた少年は、身体を半ば切り裂かれる大怪我を負いながらも歓喜の声をあげて、奥義とも言える魔術で時間を巻き戻した。
あたかも動画を逆再生するように、白い湯気や荒れ狂う波が逆方向に動き出す。
「その手は使わせない。レア、こちらも切り札だ」
『はい、御主人さま。術式――抱擁者――起動!』
しかし、同じ力を持つクロードとレアが、時間の逆行を〝更に逆行させる〟。
結果、時の流れは正常なものとなり――、縮小を始めた爆風は海に大穴を空け、気体から液体に戻ろうとする水は沸騰し、癒えかけた邪竜の傷も再び致命のものとなる。
「クローディアス……」
ファヴニルの赤い血に塗れた身体が、真っ白な湯気に覆われてゆく。
彼は姿を隠す直前、愛おしさとも悲しみともつかぬ、複雑怪奇な表情で相棒だったクロードを見た。
「やはりキミも、ボクと同じ願いなんだね」
「そうだ、ファヴニル。僕だって失ったものをもう一度取り戻したい」
クロードは、本物の悪徳貴族が身勝手に執り行った儀式により、家族や友人と引き離されてこの世界に招かれた。
ファヴニルは、海外の軍閥とその手先によって、愛する家族と故郷を奪われた。
もし二人が一〇〇〇年前に出会っていたなら、不倶戴天の宿敵でなく、無二の親友になれただろう。
「だけどな、ファヴニル。夢や希望は、未来で掴むものだ。過去を求めて人を傷つけ呪いを振り撒いても、何も得られやしない!」
「ぷはっ。クローディアス、ボクを説得しようというのかい?」
クロードの啖呵に対し、ファヴニルは呆れるように鼻で笑った。
「キミはこの三年間、多くの人々を変えた。そして、キミ自身も見違えるほど変わった。いけないなあ。それは対話じゃないよ」
「ちょっと待て。何を言っている?」
『お兄さま?』
クロードとレアが訝るも、ファヴニルは白煙の中で堂々と宣言した。
「対話とは、自分の要求を呑ませることだ。嘘偽りを真実だと押しつけることだ。相手の心を踏みにじり、正義を掲げることだ」
「ふざけるな。そんなものが、対話であるものか」
『お兄さま、対話とは互いを尊重し合うものです』
青年領主と彼の恋人は反発するも、邪竜はここぞとばかりにたたみかける。
「そうかい? 過去に侵略して来た奴らは聞く耳なんてもたなかったし、〝四奸六賊〟だってそうだろう?」
クロードが、戦いを余儀なくされた相手。そもそも話し合いが成立しない手合いがいることを、ファヴニルは容赦なく告げる。
「したり顔で嘘をつく団体や、約束を守らない勢力、真実を捏造で塗りつぶす外道、あるいは信念故に相容れなかった傑物を、キミ達はその目で見てきたハズだ」
「ファヴニル、外道のやり口を学ぶなっ!」
クロードは叫ぶも、ファヴニルの姿は白煙の中に溶けて、まるで居場所が掴めない。
「クローディアス。最後の解決手段は、いつだって闘争だ。戦う意思なくして平和も繁栄も得られない。守りたいものすら守れない」
「ファヴニル、それをお前が言うのか。僕を、マラヤディヴァ国を戦いに巻き込んだお前が!」
『御主人さま、お兄さまを止めましょう!』
クロードとレアは、ファヴニルの気配を探るがおかしい。
海上を取り巻く白い湯気の全てが、邪悪な竜と一体化していた。
「……ボクに本気でぶつかってくる。ボクとは違うやり方でユメを叶えようとする。そんなキミだからこそ愛しい。ボクはキミが大好きだ。だから、ボクのものにしよう。キミこそが、邪竜の求めた最高の宝だ」
ファヴニルの声が反響し、白いモヤが晴れる。悪魔めいた笑みを浮かべる美少年が姿を表した。ただし――。
『にひゃく、さんびゃく、五〇〇体? すぐに本物を見つけ出します』
「いいや、いい。レア、僕に任せてくれ」
クロードは、深く息を吐いた。
彼の手に、もはや頼みとする愛刀はない。
八丁念仏団子刺しも、雷切も火車切も海中に没して、再び作るには時間と魔力が足りない。けれど、たった一枚手札が残っている。
「これが最後の武器、最後の一撃だ」
クロードは決意と共に、ファヴニルに殺められた兵士の遺品、最初の戦いから共に過ごしたナイフをツナギの内側から引き抜いた。
「ファヴニル、僕が好きな娘は他にいる。お前との因縁はここまでだ!」
クロードは並み居る偽物をかきわけて、迷うことなく本物に刃を突き立てた。
時間の巻き戻しは連発できず、ここに王手は成った!
「う、嘘だろ。どうやって見抜いたんだ?」
「僕がお前を見間違うものかよ」
ずっと彼の視線を感じていた。
ずっと彼の影を追いかけていた。
ずっとずっと彼の野望に抗いつづけた。
ゆえに、掴み取った結果は必然のものだ。
「「熱止剣!」」
クロードはレアの力を借りて。必滅の魔術文字を刻み込む。
ファヴニルが作り出した四九九体の囮は海に溶けるように崩れ、ただひとつ残された肉体も明滅しながら爆発する。
邪悪なる竜は、南国の空のように透き通った満足感と、血塗れの黄金が如く濁った狂信を浮かべ、――無数の呪符となって散った。
「……僕が、偽物を勘違いしただって!?」
「いいや、クローディアス。この身体は作り物だが、ここにいる魂は本物さ。認めるよ、一騎討ちはキミの勝ちだ。だから次は、戦争を始めよう。ボク達の終末戦争をさ!」
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