第441話 クロード 対 ファヴニル
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約束を交わした日から三年、一〇〇〇の昼と夜を越えて。
復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一一日 夕刻。
クロードは約定通りに契約を破棄、遂にファヴニルと交戦を開始した。
「おおおおっ」
悪徳貴族と呼ばれる青年は、黄色い雷と赤い焔を剣にまとわせて十文字に斬りつけ。
「アハハハッ」
邪悪なる竜は、掌から生み出した紫の雷と蒼い炎で迎撃する。
暖色と寒色。対照的な色に染まった魔術の激突は大気を焦がし、砂浜をガラスのように溶かしてゆく。
「ファヴニル、お前が弄んだ命を贖え!」
クロードは熱気に煽られながら、空中に無数の鎖を生み出してファヴニルを拘束、その無防備な喉首へ刃を突き立てた。
「贖うだって? 玩具で遊ぶことの何が悪いのさ?」
邪竜は鎖で自由を奪われ、簡単には破壊できないと見抜くや、全身から黒々とした破壊光線を放って拘束から逃れでた。
更には黒光を器用に編み合わせ、縦横一〇mに及ぶ格子状の光壁を生成、青年領主にカウンターを直撃させる。
「呆気ないよ、クローディアス。サイコロステーキの一丁あがりかな?」
クロードも黙ってやられはしない。
足先で魔術文字を刻んで、砂浜から溶けたガラス状の障害を隆起させ、黒光の壁を飲み込むように縫い止めた。
「ファヴニルっ、ドラゴンステーキになるのは貴様の方だ」
クロードは二刀を腰の鞘に仕舞い、拳で殴りつける。空間が渦を巻いて歪み、光の壁は粉々に四散した。
ファヴニルが得意とする空間破砕の術式だ。敢えてお株を奪うように見せつける。
黒髪の青年は三白眼を細めて、金髪の美少年に更なる一撃を加えようと、砂を散らして踏み込むも……。
「お見事、なんちゃってっ」
ファヴニルは砂上でくるりと舞うと、悪戯っぽく唇をあげて、パチンと指を鳴らした。
散り散りとなった光壁の残骸は、数百匹もの黒々と光り輝く蛇に早変わり、鋭い牙を閃かせてクロードへと襲いかかった。
「ざぁんねんでしたぁ。クローディアス、ミンチの方がお好みかい?」
「蛇野郎。そんなに肉が好きなら、刻んで叩いてハンバーグにしてやるよ」
クロードは避けない。迎撃すらしない。
アリスとのじゃれ合いで学んだ足さばきで直撃を裂け、セイとの格闘で覚えた呼吸で間合いを正確に見切った。
今の彼は、ソフィが丹精込めて作った、第三位級契約神器オッテルの全力砲撃すら受け止める防護服で守られている。
四方八方から迫る黒蛇は、大半が意味もなく墜落し、服を掠めた黒光もうすい粒子となって消え失せた。
「そのドタマを蹴り飛ばすっ」
クロードは勢いのままに間合いを詰めて、足場の悪い砂浜をスケートのように飛び回るファヴニルへ、回し蹴りを浴びせかける。
雷と焔を帯びた蹴りは、端正な横顔に直撃――!
砂浜に大穴を開け、青い海に白い軌跡を描きながら沖合へと吹き飛ばした。
「ブラボー!」
ファヴニルはクリーンヒットを受けながらも、まるで応えた様子もなく波間に立った。
さすがに無傷とはいかず、目尻から僅かに赤い血がにじんでいる。
ファヴニルは、垂れてきた血をぺろりと舐めると、白い歯を見せて高笑った。
「ブラボー、ブラボォだ。ボクの知らない技を、武具を、よくぞ用意してみせた」
「今日までに用意したありったけの手札。お前に叩きつけてやる!」
クロードは腰に刺差した大小二刀を抜き放って海の上を走り、ファヴニルもまた左右の掌から蛇の牙めいた刃を形成して待ち受ける。
空は、黄昏から薄暮へと移っていた。
黄金から薄紫へ染まる水上で、二つの影が音速を超えて激突、波打ち際から沖合までの海を千々に引き裂いた。
「この海がお前の墓場だ、ファヴニル!」
クロードは三白眼に闘志を燃やして宿敵を見据え、臆することなく挑んでゆく。
「いいよ、クローディアス。なんて力、なんて勢い。素晴らしい輝きだ」
一方のファヴニルは、まるで抱擁をねだるかのように両手を突き出し、空中に接吻した。
膨大な熱が生じる。投げキッスならぬ竜の吐息が放射状に広がって、クロードを飲み込もうと燃え盛った。
「あちっ」
『御主人さま、お任せください』
クロードは一瞬怯んだものの、後ろ髪に結んだ桜貝の髪飾りから、侍女レアの声が聞こえた。
彼女の正体は第三位級契約神器レギン。彼が愛するパートナーにして、邪竜ファヴニルの妹分でもある。
『鋳造――楠木の垣盾――』
クロードが焔の津波に飲み込まれる寸前、幾千もの置き盾が山のように展開され、ドラゴンブレスを辛くも防ぎ切った。
「レギンっ。この泥棒猫が」
ファヴニルの顔が、露骨に不機嫌になった。
「ボクとクローディアスの間に割って入るんじゃない!」
「ファヴニル、お前との契約は打ち切った」
クロードの真っ当なツッコミは当然のように無視された。
マグマめいた殺意が空気を煮詰める。
大技がくるのだ――!





