第440話 黄昏の浜辺で
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クロードとレアは手を繋ぎ、赤や黄、白に紫といった色とりどりの花が咲く南国の道を歩いた。
雨季のため、時折厚い雲に陽光が閉ざされて灰色に染まるが、そんな光景も生き生きと感じられる。
クロードが領主の影武者となり、レアが侍女として支えて三年、赤い荒野にようやく緑が戻ってきた。
「レア。今年は芋もキャッサバも豊作で、売れ行きバッチリだったよ」
「新しく領都に出店したお菓子屋さんが、品質が良いって褒めてくださいました」
「今度、お茶を飲みに行こうか?」
「はいっ」
二人は今年の農園の実りや街の店舗などについて、たわいのない会話を弾ませた。
やがて花の香りに潮の匂いが混じり、空をわたる風にザアザアという波の音やニャアニャアという海鳥の声が重なった。
「「……」」
一〇〇〇年前、ファヴニルとレギンの兄妹が大陸から流れ着き――。
三年前、クロードが契約を交わした――。
約束の場所は、もうすぐそこだ。
「レア」
「御主人さま」
クロードは、レアの手を引いて声を震わせる彼女の身体を抱きしめた。
悪徳貴族の汚名を背負って歩き続けた男と、彼の隣で歩み続けた女の唇が重なった。
黒と赤。不安に乱れる瞳は、やがて温かな愛情と熱い決意の炎を灯す
「私の大切なひと、共に本願を果たしましょう」
「ああ、レア。僕たちはずっと一緒だ」
クロードはもう死を望まない。彼の命は、彼だけのものではなくなったのだから。
青髪の侍女は一対の桜貝の髪飾りへと変わり、三白眼の青年は後ろ髪に結ぶ。
彼らはブーツで一歩一歩街道を踏みしめながら、青く輝く海と白い砂浜へ向かった。
「クローディアス、決心はついたかい?」
潮風の通る磯辺で、幼い少年が微笑んでいる。
華奢な輪郭はまるで乙女か妖精のようで、羽織られた金銀の糸で織られたシャツは羽衣のように舞い、岩に乗せた裸足に打ち寄せる波の音と飛沫が、ひどく幻想的で魅惑的だった。
けれど、と、浜に足を踏み入れた青年クロードは思う。――こいつは、宿敵だ。
「ファヴニル、お前を倒しに来た」
「お兄さま、貴方を止めます」
クロードとレアは、迷いなく告げる。
邪悪なる竜は、あまりに多くの命を奪い過ぎた。あまりに多くの魂を踏みにじりすぎた。だから、討つ。二人の手で。それが約束だから。
一方、幼い少年は愛くるしいキューピッドのような顔で、天使に似せた悪魔の瞳を緋色に光らせて、待ち焦がれたかのように青年へ手を差し伸べた。
「さあ、始めようか、クローディアス」
「ああ、始めようぜ、ファヴニル」
青年領主と無邪気な悪魔は声を揃えて、互いに宣戦を布告する。
「「僕/ボクたちの終わりを」」
太陽が水平線に沈む海岸で、契約は遂に破棄された――。
クロードがはめた指輪から血のような緋色の濁りが消えて、炎のごとくあかあかと燃える灯火だけが宿る。
「ファヴニル。この三年、ずっとお前をぶん殴りたかった!」
異世界より招かれた青年は、指輪を叩きつけるように左右の拳を振るう。
川獺のテルから学んだジャブ、フック、ストレート。
狙いは全て、忌まわしい悪魔の顔面だ。
「クローディアス、そんなにもボクを想ってくれたんだ!」
クロード渾身の拳は、ファヴニルの鱗が生えた手で防がれた。
されど、パリンと乾いた音を立てて、鋼鉄より硬い鱗が数十枚まとめて割れる。
「キミの愛を感じるよ。最初は見るも無残なへなちょこだったのに、やるじゃないかっ」
「お前への怒りが僕を強くしたんだ。鋳造――雷切、火車切!」
クロードは右手に黄雷を帯びた打刀、左手に赤炎を噴く脇差しを握りしめる。
彼は長短の剣を重ね、炎と雷を混ぜ合わせ、十文字に斬りつけた。
「あはっ。そうかい。そうなのかいっ」
ファヴニルもまた右手に青く燃ゆる炎を、左手に紫に輝く雷をまとい、交差するように手刀で殴りつける。
「おおおおっ」
「アハハハッ」
暖色と寒色。対照的な十文字のエネルギーは、浜の砂や岩を溶かしてガラス化させた。
大気を焦がして衝突する二人の拳から、赤く鉄臭い鮮血が舞う。
「キミの怒りが愛おしい。キミの血潮が温かい。クローディアス、ボクはこの逢瀬を一日千秋の思いで待っていたんだ」
「僕だって、お前を終わらせる日を待ち侘びたとも。鋳造――!」
クロードは、邪竜の頭上へ大量の鎖を生み出す。
(三年前は、熱した飴細工のように破壊された。けれど、今は!)
(御主人さま、魔力は私が支えます。ご存分に!)
今、彼の隣にはレアがいる。
クロードが繰り出した鎖の雨はファヴニルの両手を拘束し、確かに動きを止めた。
「ファヴニル、お前が弄んだ命を贖え!」





