第439話 運命の日、来たる
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一一日。
クロードとファヴニルの約束から三年、大同盟のマラヤディヴァ国再統一から六ヶ月を経て……、遂に運命の日がやってきた。
クロードは三白眼を柔らかく細めて、共に過ごした家族を見送った。
領主館から最初に出発するのは、彼が魔術塔から救出したルクレ侯爵令嬢エステルと、ソーン家侯爵夫人アネッテだ。
「クロードおにいちゃん、ぜったい勝ってね」
「クロードくん。必ず生きて、戻ってくるのよ」
「エステルちゃん、アネッテさん。大丈夫だ。ファヴニルをぶっ倒してくるよ」
青年領主は、いまだ幼い少女の頭を撫でて、彼女の母代わりとなった未亡人と固く握手を交わした。
二人に戦う力はないが、領の旗頭として重い役目を担っている。彼女達は務めを果たす為、転移魔法陣で首都クランへ向かうのだ。
「私もそろそろ〝クジラちゃん一号〟のメンテナンスに行ってくるね」
次に朱色の玄関扉へと向かったのは、短い薄紫色髪と、青く輝くワンピースドレスが目立つ少女ショーコだ。
「ああ、あの深海魚か、深海貝っぽい大型ゴーレムだね。もしもの時は使わせてくれ」
「だーかーら、クジラだって言ってるでしょうっ。哺乳類と魚介類の区別をつけなさい」
ショーコは軽やかな足さばきで地団駄を踏み、陶器のように白い手でクロードの胸板をぺしぺしと叩いたが、ふと過去を懐かしむように微笑んだ。
「クロード。初めて逢った時は殴っちゃったけど、今の貴方ならもう大丈夫。ちゃんと生きる気合いに満ちているし、地下遺跡のスライムにも勝ったんでしょう?」
「一撃はお見舞いしたが、逃がしちゃったから引き分けだよ。でも、いいんだ。僕にとってアイツは、師匠みたいなものだから」
クロードは知らない。彼が幾度となく挑み、叩き伏せられた青く輝くスライムの正体こそ、他ならぬショーコであることを。
彼女は過去に、異なる世界を救ったヒーローだ。へっぴり腰で火かき棒を手に歩き出した少年が、一本取れるまで成長を遂げたのは誇るべき成果と言えるだろう。
「ま、クロオドも強くなっタがヨ。お前の出番は無いゼ」
一匹の灰色カワウソが、クロードとショーコの足下へ進み出てキュキュと鳴く。
「ファヴニルの野郎に因縁があるのハ、オレも同じだ。妹と婿が出張る前に、兄弟喧嘩を終わらせテやるよ」
「テル。その時は笑って宴会しよう。なんなら僕がリュートギターを演奏するよ」
「会場の飾り付けは任せてね。絵だって描いちゃうわよ」
クロードとショーコが約束すると、他の娘達も『アリスちゃんとセイちゃんがお料理を作ろうか』とか『ベータくんやシュテンさんに一日メイド長をやってもらおう』などと様々な意見が飛び出した。
「おい待テやめロ、やめてクダさい。それじゃア、生きて帰っテも死んじゃうダロう?」
「あはは、テルは冗談が上手いなあ」
「冗談じゃネーよ。あとクロオド、箪笥の中で見つけタんだが、アノ変なツリーみたいな礼服は絶対に着るなヨ」
今となっては、全てが懐かしく、輝かしい思い出だった。
「テル兄さん。御主人様の礼服は私が仕上げます。どうか些事に囚われず、決戦に集中してください」
「れ、レギン。優しい言葉をかけるナンテ、何か悪いものでも食ったか?」
「……だって、大事な宴の食材ですから」
「オレを料理の材料にするンじゃあナイ!」
この兄妹が角つき合わせる光景も、もはや見慣れた日常の一部だ。一〇〇〇年の断絶は乗り越えられたのだろう。
「ハイハイ、いいから行くわよ」
「アアっ、マダ言い足りないのにっ」
ショーコはテルを抱き上げ、爽やかなウィンクひとつ残して去って行った。
次にはみ出したのは、黄金色の狸猫アリスと銀髪の姫将軍セイだ。
「テルっち、失礼しちゃうたぬ。たぬは料理も超得意になったぬ。試食したガッちゃんが尻尾振って駆けていったぬ」
「私も同じだ。アンセルやヨアヒムも感動のあまり泣いていたぞ」
微妙に不穏なのは、気のせいだろうか?
「アリス、セイ。料理楽しみにしているよ」
それでも、クロードはアリス、セイの二人と抱擁を交わした。
完食する気満々だった。生きてさえいれば、時間はいくらでもあるのだから。
「お出かけたぬう」
「行ってきますっ」
「「行ってらっしゃい」」
屋敷のお手伝いも全員が離れ、残るは三人だけだ。
赤髪の女執事ソフィは出発の前に、クロードにそっと服を差し出した。
「はい。クロードくんへプレゼント」
「ソフィ、これは……」
クロードが受け取った服は、白いシャツに青いネクタイ、皮のツナギにズボンといった、彼の普段着だった。
否――、そう見せかけた、この世に二つとない逸品だ。
「ルンダールの遺跡で見つけた、〝神剣の勇者〟のジャケットと同じものか!?」
ガードランド聖王国史に不朽の名を残す、最高の魔道鍛治ハロルド・エリンが仕立てたオーパーツと同じ力を持つ衣服を、ソフィは見事に作り上げていた。
「クロードくん、必ず勝ってね。何があっても、死んじゃダメだよ」
「当たり前だ。こんなものまで貰って、負けるものか」
「ん」
ソフィはクロードの頬にそっと口付けると、顔を真っ赤に染めて足早に出て行った。
「ごほんっ。御主人さま、私達も出発しましょう」
「うん」
クロードは、玄関口で三年間過ごした家を見渡した。赤い絨毯で彩られた広い屋敷。初めて見た時は場違いだったはずなのに、今では胸に刺さるほどの郷愁を感じていた。
「必ず帰ってこよう。レア、行こうか」
「はい。御主人さま、私はいつまでも貴方と共に」
クロードとレアは手を繋いで、約束の浜辺へと向かった。
そこには、二人の運命と言える存在、ファヴニルが待っている。
ソフィの用意した最終決戦服につきましては、検索等で書籍版表紙をご覧ください。
屡那様の素晴らしいイラストは眼福です^^





