第438話 青年と少女達と、邪竜の覚悟
438
クロードは、レア、ソフィ、アリス、セイと睦み合うように転がって、気づけば手元に破壊された環状列石の欠片があった。
「そういや、この封印って修復することはできないのか?」
「御主人さま」
青髪の侍女レアは、三白眼の青年クロードを抱き寄せ、膝枕して解説を始めた。
「マーヤとメアが残した石碑は、大地の力を借りて、二つの目的を持った大規模結界を創造します。ひとつは効果範囲内でお兄さまと私の力を制限して眠らせる機能。もうひとつは、徘徊怪物や大規模破壊魔法の被害を抑制する機能です」
全長五mの巨大な黒虎アリスは、レアの説明におやと首をひねった。
「たぬう? どこかで聞いたような……」
黒く柔らかなお腹に頭をのせた、赤髪の女執事ソフィと薄墨色の髪の姫将軍セイが、面食らったように声をあげる。
「それって、わたし達が研究所で作っている怪物災害防止用の石柱と同じじゃない?」
「なるほど。ソフィ殿の御先祖が封印を広めた理由も、我々と同じだったのか」
クロードは、血の湖や巨大火竜との交戦から、ソフィが監督する契約神器・魔術道具研究所に依頼して、都市一つをまかなう規模の結界装置を開発、生産中だった。
とはいえ、結界装置の根幹となる技術は、遺跡で発見した〝神剣の勇者〟の遺品を解析して得たものだ。
勇者本人と親しいマーヤやメアなら、一〇〇〇年早く先んじたとしても不思議はない。
「たぬぅっ、クロードっ、クロードつ。」
アリスはふさふさの尻尾を立ててぶんぶんと振り、跳ねるように跳躍した。
「わかっちゃったぬ。ファヴニルが戦争したのは、封印をぶっ壊したかったからたぬっ」
「わぷっ」
「きゅうっ」
「はむっ」
「なんとお」
クロードとレア、ソフィ、セイの四人は、黒虎の巨大な体躯にのしかかられて、ペシャンコになってしまった。
それはそれとして、アリスの指摘は的を射ている。
邪竜ファヴニルがマラヤディヴァ国内戦を引き起こした理由が、〝自身を縛る封印を破壊するため〟というのは充分に考えられた。
「でも、ソフィちゃんが同じような大きい石を作っているなら、封印も完全復活たぬ。ファヴニルがグウグウお寝んねすれば、たぬとクロードの大勝利たぬ!」
アリスは、助けを求めて手足をばたつかせるクロード達の上で、るんるんと踊り始めた。
されどセイは納得できず、どうにか親友の首筋に抱きついて告げた。
「アリス殿、そう甘いものではないさ。棟梁殿と同様に、ファヴニルもまた異界の技術を発展させて、封印対策を練っていたんだ。ニーダル・ゲレーゲンハイトからは、かつて勇者が振るった第一の魔剣を学び、並行世界から来たシュテン殿から第二の魔剣の情報を得て、第三の魔剣をつくりあげた。私も新しい封印を施すのに賛成だが、――破られることを想定しておくべきだ」
次にレアが、真っ黒な足の下から顔を出して補足する。
「セイ様の仰るとおりです。お兄さまは、レーベンヒェルム辺境伯家の手で目覚めた後、私達家族を追い詰めた人間と、人間の手段を学びました。力を求め、知識を求め、財貨を求め、あのような邪悪に成り果てた」
ファヴニルが、レーベンヒェルム辺境伯領を掌握した後にやらかした数々の悪行は、一〇〇〇年前のゲオルク一派を真似たものだ。
大陸の軍事国家を専横する佞臣〝四奸六賊〟と手を組んで、過酷な圧政を敷いた。
クロードが反逆した、あの日まで――。
「レア。ファヴニルは、大業を為すなら絶対者になるしかないと言っていたよ」
クロードもソフィの手を引いて、どうにか毛玉地獄から転がり出た。
彼は自分と似て非なる道を選んだ同胞を憐れみ、悪行を憎む。
「アイツは戦争を引き起こし、恐怖を煽り、信仰を集め、命と魔力を喰らって、第一位級契約神器に上り詰めようとしている」
善なる龍神は、大切な日常を守れなかったからこそ、全てを奪って粉砕する最悪の邪竜と化した。
「ファヴニルの奴が〝世界のすべてを抱き潰さなきゃ気がすまない〟というのなら、僕は竜殺しとなっても、欲望を叩き潰してやる」
「クロードくん、わたしたちも一緒だよ」
クロードは立ち上がって拳をかかげ、ソフィもレアもアリスもセイも、彼を支えるように寄り添った。
やがて五人は馬車で帰途についたが、クロードが御者席に移ったあと、セイは意を決したように客席で口を開いた。
「棟梁殿の推理だが、ファヴニルの目的が〝第一級契約神器に至る〟というのは私も異論はない。――けれど、私は邪竜が力を求める動機は〝世界〟以外にも、あるんじゃないかと疑っている」
「ええっ。クロードくんの話は、すじが通っていたけどなあ」
ソフィが高い声を発したので、セイは静かにと唇の前へ人差し指を立てた。
「ソフィ殿。棟梁殿は、戦略や戦術などは的確に見抜くが、人間関係の機微となると、けっこう読み違えるんだ」
過去を振り返れば、ニーダルら演劇部先輩達を誤解したり、チョーカーの動機を明後日の方向に解釈したりと、ままあった。
「そうたぬ。ずっと前にたぬのこと重いとか言ったぬ。あれは今でも悲しいたぬ」
「「そ、そうだね(……重かったね)」」
狸猫姿のアリスは我が意を得たりとばかりに頷いたが、彼女の下敷きになった他の三人は友達の為に本心を噤むことにした。
「セイさんの言う通りでしょう。本人が気づいているかわかりませんが、お兄さまが本当に抱きしめたいのは、世界じゃない。……きっと御主人さまです」
「レアちゃん、それってクロードくんが立派に成長したから、自分も相応しい邪悪で強大なドラゴンになろうとしてるってこと?」
「はい。御主人さまは兄が出来なかった理想を成し遂げた。だからこそファヴニルは、自分のモノにしたいのでしょう」
レアの解釈は、他三人にもふに落ちるものだった。
「棟梁殿への執着、手のつけようがない病みぶりだな。相容れない恋敵となれば情け無用、後腐れなく倒すまでだ」
「たぬっ。たぬパンチが火をふくたぬ」
「龍神様。わたしは、クロードくんを守るよ。何があっても」
かくして青年と少女達は決戦へと至る。
これより半年後、クロードとファヴニルが約束を交わしてから三年後にあたる……
復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 晩樹の月(一二月)一一日。
クロードとファヴニルが選んだ運命の終着点、最後の決戦が始まる。





