第435話 悪徳貴族と邪竜の、似て非なる道行き
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 恵葉の月(六月)。
〝十賢家解体戦争〟とも呼ばれるマラヤディヴァ内戦は終わった。
クロードは、ヴォルノー島を中心とする領主達の同盟を率いて、〝緋色革命軍〟、〝楽園使徒〟、〝新秩序革命委員会〟といった勢力を平らげ、マラヤディヴァ国に平和を取り戻した。
残す敵は唯一人。
これらの悪党共を、扇動し、誘惑し、教唆した真の首謀者。
邪竜ファヴニルのみ!
「レア、ソフィ、アリス、セイ。今日集まってもらったのは、僕たちの最初で最後の敵、ファヴニルについて整理したいからなんだ」
黒髪の細身青年クロードは、三白眼に燃えるような熱を宿して、眼前に広がる環状列石群の残骸を見据えた。
地球から召喚されて以来の悪縁も、もうすぐ終わる。否、必ず終わらせると、覚悟を決める。
「御主人様。だから、お兄様を封印した地へと来たのですね」
人間離れした長い青髪を持つ侍女レアが、クロードの傍へと寄り添う。
彼女の正体は、第三位級契約神器レギン。
クロードにとって掛け替えのないパートナーであると同時に、邪竜ファヴニルの妹として一〇〇〇年を生きた少女でもある。
「封印って、マーヤ様やメア様が作られたんだっけ? レアちゃんはわたしの御先祖だって言うけれど、恐れ多いよ」
焚き火のような赤いおかっぱ髪と、胸の豊かな双丘が人目を引く女執事ソフィは、無惨に破壊された石碑を白魚のような指ですくい、摘んだり転がしたりと調査を始めた。
彼女は、グリタヘイズ村で信仰される〝湖と龍神〟を祀る巫女の一族だ。
そして信仰の対象たる龍神こそ、邪竜に堕落する前のファヴニルに他ならない。
「ファヴニルも、昔は良いヤツだったぬ? 今じゃとても考えられないたぬ」
侍女や女執事と違って、手持ち無沙汰なのだろうか?
黒虎アリスはスタイリッシュな背をぐーんと伸ばして人間の幼子の姿になり、日に焼けた肌の年頃の少女へと成長、バク転して黄金色の狸猫のような小動物に変化する。
アリスもまた世界の外側、別の異界から来た存在である。生まれは破壊神の末裔とのことだが、今では恋する女の子だ。
「アリス殿。何者であれ時と共に変わるものだ。私達が棟梁殿との出会いをきっかけに成長したように、ファヴニルもまた何がしかの理由で道を踏み外したのだろう」
陽射しを浴びた薄墨色の髪を、銀色に輝かせる少女セイは、黄金色の毛玉めいた友人の背をそっと撫でさすった。
彼女もまた、日本の戦国時代に似た異世界から、この地へと招かれた。
孤独に苛まれた少女は、友を得て恋を知り、〝姫将軍〟として万民に愛されるほどの成長を遂げた。
過去の意固地さや暴走癖は、今や独特な個性の料理にのみ発揮されている。
「セイの言う通りだ。僕達はファヴニルと戦う為に、まずはアイツの過去を確認したい」
クロードは自ら運び込んだ鞄の中から、ソフィの師匠たるササクラが残した文書の写しをドサッと取り出した。
驚くべきことに、ファヴニルが初めて確認されたのは、人に仇なす邪竜ではなく、グリタヘイズ村を守る穏和な龍神としてだった。
「一〇〇〇年以上前、神焉戦争が起こり、この世界の人口は戦前の五パーセント未満まで減っていた」
人類は取り返しのつかない過ちを犯した。
けれど、辛くも次代に生命を繋いだのだ。
「ファヴニルはそんな荒れた時代に、〝ファフナーの一族〟と呼ばれる盟約者夫妻と共に、今、僕達がレーベンヒェルム領と呼ぶ大地を治めていたらしい」
「そこから先は、実際に体験した私がお話しします」
クロードの言葉を、彼の隣に立つレアが引き継ぐ。
過去のファヴニルは、未来でクロードがそうしたように、田畑を開墾し、市や工場を作りつつ、荒野に生存圏を広げていった。
「時代こそ違っても、同じ土地柄です。私とお兄さまは、やがて御主人さまと同じ問題に直面しました」
大陸に割拠したゲオルクという軍閥の首魁が、一〇〇〇年後の佞臣軍閥〝四奸六賊と同様に、侵略の尖兵を送り込んできたのだ。
「御主人さまは、ソフィ、アリスさん、セイさん達大勢の力を借りて、〝赤い導家士〟や〝緋色革命軍〟を撃退しました」
クロードは非力な人間だったが故に、仲間と肩を並べて侵略者と戦った。
「ですが、私とお兄様は二人だけでなんとかしようとして、失敗したのです」
しかし、レギンとファヴニルは強力な神器であったが為に、自分達の力だけで人々を導こうとした。
「私達は、ゲオルクが送り込んだ侵略者達と交渉して、交渉したつもりになって、共同体の運営を乗っ取られてしまった……」
青く長い髪の下、緋色の瞳が悲痛に染まる。
歯車が狂い始めたきっかけは、此処だろう。
尖兵達はデタラメな法律の名の下に、暴行や略奪をほしいままにした。
「当たり前なんです。奪いに来る相手に譲歩しても、戦果を得たと押し込まれるだけ。そんなことすらわからないくらい、私もお兄様も物知らずだった」
レアが震えながら立ち尽くすのを見て、クロードが正面に回って彼女の手を掴み、ソフィが背後から抱擁する。
「レアちゃん、それは違うよ。ササクラ先生が、当時の日記を見つけてる。悪人を信じちゃったのは、御先祖様の方だよ」
「いいえ、ソフィ。私の家族が、貴方と同じくらい人がよかったのは事実です。でも話し合えば良かった。どうしたいのか、ちゃんと言葉にするべきだったんです」
「僕もレアの苦しみに気づかなかった。何度も間違ったし、みんなに簀巻きにされたのも一度や二度とじゃない。でも、ファヴニルは僕と違って喧嘩すらしなかったじゃないか」
クロードとファヴニル。
二人が歩んだ道行きは、始まりから似て、決定的に違っていた。





