第433話 クロードの推理と検証
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 恵葉の月(六月)六日。
クロードは、アリスやセイと共に、ゴルト一党が自決した廃砦を巡察、彼らの爆死を確認した。しかし……。
「アリス、セイ、聞いて欲しい。さっきは使い魔に監視されていたから、口に出せなかったんだけど」
クロードは防音結界の張られた馬車に戻るや、先程の結論を撤回した。
「た、たぬう? 他の誰かが手をかして」
「ゴルトが逃げた可能性があるだって?」
あまりにショックが大きかったからか?
アリスは人型から狸とも猫ともつかない黄金色の獣姿に変身し、セイも薄墨色の髪を乱して葡萄色の瞳を大きく見開いた。
「く、クロード。いったい誰が、だいそれたことをやっちゃったぬ?」
「もしも、棟梁殿の推理が事実なら。
大同盟の包囲を突破し――
研究所職員の科学調査や魔術師達が読み取った光景を偽装し――
数百人分を養う食料や水を用意する――
そんな人物がいることになるぞ?」
これらの難題を可能とする勢力は、ひとつだけだ。
アリスもセイも同じ結論に達したらしく、ひきつった顔を見合わせた。
「「まさか、邪竜ファヴニル!?」」
クロードは、アリスの蒼白になった頬をぷにぷにと突つき、セイの震える手を優しく撫でた。
「ファヴニルは、ブロルさんを殺した黒幕だ。きっとネオジェネシスは従わないよ」
「「なら、他に誰がっ」」
クロードは二人にぐっと詰め寄られて、彼女達の甘い香りに思わず心騒いだ。
(戦争も終わったし、デートに行きたいなあ。って、正気に戻れ僕!)
クロードは邪念を払うように大きく咳払いした。
幸いなことに、ルンダールの時刻館やササクラの五行詩といった謎に比べれば、選択肢があるだけとっつきやすかった。
「アンドルー・チョーカーなら、やれる」
クロードの断言に、アリスは尻尾をピンと立て、セイは生唾を飲み込んだ。
彼は、有能とも無能とも言いがたい、毀誉褒貶の激しい人物だ。
とはいえ、チョーカーには――
大同盟の本拠地である領都レーフォンで、クロード暗殺作戦を実行まで漕ぎ着け。
楽園使徒が監視するルクレ領・ソーン領でレジスタンスを蜂起させ。
困難な山越えの果て、敵地ユーツ領のど真ん中でレジスタンス結成を成し遂げた。
――確固たる実績があるのだ。
「あいつなら、僕とアリス、セイの包囲だって抜けられるさ」
アリスは丸々した毛玉のような体を、クロードの膝になすりつけて、つぶらな金色の瞳で見上げた。
「で、でも、クロード。職員たちがドッカーンした痕跡を見つけて、魔術師も灰から光景を読んだって言っていたぬ?」
「うん。アリスの言う通りだ。研究所職員の科学的な調査も、魔術師達が灰から読み取った記憶もきっと正しい」
アンドルー・チョーカーは契約神器ルーンホイッスルを使って、術をかけた人間を思うままに操作することが出来た。
彼は戦いの中で成長を遂げて、戦死と見做された戦いでは〝人間と誤認させる機能を備えたゴーレム〟すらも操ったことが判明している。
「ゴルト隊を脱出させたあと、チョーカーなら神器でゴーレムを操縦して、最期の光景を演出、爆破できるだろう」
セイはなるほどと膝を打ったが、同時にもう一つの疑問に行き当たった。
「棟梁殿、ならば物資はどうする? 数百人分の、食料や水なんて、簡単に用意できるものじゃない」
「セイ、ルクレ領とソーン領の戦いを思い出してくれ。アイツは無いなら盗みだす」
クロードは先日、ソフィと共に巡察した街並みを思い返した。
「ネオジェネシスの本拠地、領都ユテスはレベッカに荒らされて、ボロボロの空白地帯になっていた。アイツなら、僕たちが到着する前に掠め取るくらいお手のものだ」
軍事地区は、特に荒れ具合が酷かった。
携帯用の水や食料、武器を奪ったとしても、クロード達には見分けがつかないのだ。
「ああ、そうか。レベッカは顔なし竜を投入したから、魔法による追跡調査も困難なのか。特殊部隊長としてのチョーカーは、ムカッ腹が立つ程に有能だ」
「ま、待つたぬよ。まるで生きているように話が進んでいるけど、チョーカー隊長は、他の誰でもないゴルトさんに殺されたぬ!」
アリスの強い叫びに、クロードはゆっくりと首を横に振った。
「そうだね、アリス。チョーカーはゴルトに殺された。逆に言えば、〝ゴルトならチョーカーの死を偽装できる〟んじゃないか?」
「そ、それは、そうたぬ」
そしてクロードには、ひとつ確証があった。
「ベータは、エングフレート要塞の戦いで。
――地下牢の呑み友達から教わった境地、〝高度の『柔軟性』を維持しつつ臨機応変に対処する〟奥義をみせよう――
なんて言っていたんだ。
後で確認した時は、気のせいだってぼかされたけど、チョーカー以外にあんな台詞を伝えそうな奴はいない」
「棟梁殿の言う通りだな。万が一にも生きていたなら、喜ばしいことだ。奴ならゴルトと組んでも、だいそれた悪事は働くまい」
クロードとセイはホッと安堵の息を吐いたが、アリスはプイとそっぽを向いて丸くなった。
「チョーカー隊長が生きていたなら、なんでミーナちゃんの所へ帰って来ないたぬ?」
「アリス、それは」
クロードは、灰色の脳細胞を全力で回転させながら、三白眼を剣呑に光らせた。
「きっと博打で失敗して借金まみれになったんだ。それで、カッコつけて一攫千金を目論んでいるに違いない」
「そうだったぬ!? チョーカー隊長ならやりかねないたぬ」
クロードとアリスが見当違いの方向で盛り上がるのを見て、セイは慌ててなだめようとた。
「待て待て、棟梁殿、アリス。落ち着いて考えよう。ほら、ブロル殿に恩義を感じて、とか、仇討ちの為に一人でとか、あるだろう」
セイの推測は的を射ていたのだが――。
「おいおい、セイ。チョーカーがそんな殊勝なわけないじゃないか」
「お金じゃないなら、浮気が理由かも知れないたぬ。もしもミーナちゃんを裏切ったら、顔面ぐしゃしゃたぬ」
セイは、チョーカーがミーナの為に生命を賭ける愛情深い男で、クロードの為にゴルトに挑んだ勇者であると訴えようとした。
が、模擬戦で卑怯千万な策にはめられた事を思い出して、すっぱり手のひらを返した。
「確かに難儀な男だものな。私もぶっ飛ばすのに協力しよう」
クロード、アリス、セイの三人は、手のひらを重ね合わせた。
「「「アンドルー・チョーカーが生きていたら、ボコボコにすることを誓う!」」」
その頃、フォックストロットが用意した秘密基地へと逃れたチョーカーは、不意に寒気に襲われて盛大なくしゃみをした。
「聞いてくれゴルト。小生、何やら理不尽に巻き込まれた気がするぞ」
「おうチョーカー、理不尽の権化が何を言ってやがる?」
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