第432話 焼け跡に隠された真実
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 恵葉の月(六月)六日。
クロード、アリス、セイは、幾ばくかの兵を率いて、ユーツ領とユングヴィ領境の山中を訪ねた。
彼ら大同盟軍は、〝一人で一万の兵に匹敵する〟と謳われた強敵ゴルト・トイフェルとネオジェネシスの残党軍を破り、遂に放棄された古砦へと追い詰めたのだ。
しかし、それから三日が経った今。
クロード達三人の眼前には、無人の黒焦げた大穴だけが残されていた。
「現場検証の結果だが、ゴルトさん達は降伏を拒んで自決。廃砦に放火したところ大爆発。焼け跡には灰しか残らなかったという結論が出た」
「棟梁殿、あのゴルトだぞ? こんなことはありえないっ」
セイは紺色の和服が汚れるのも構わずに、焼け跡に膝をついて地面を叩いた。
クロードと猫にも狸にも似た小動物姿のアリスは慌ててかけよって、泥だらけの彼女の手を止めた。
「研究所職員による科学的な調査も、魔術師達が灰から読み取った記憶も、同じものだったとは聞いた」
セイは好敵手の死が受け入れられないのか、葡萄色の瞳に涙すら溜めている。
「でも辻褄が合わないんだ。なあ、棟梁殿、アリス殿。あのゴルトの奴が、自爆なんて結末を選ぶと思うか?」
クロードはセイを落ち着かせようと、彼女の背をゆっくりと撫でさすった。
「そうだね。死んだ後の身体を晒しものにされたくないとか、仲間に迷惑をかけたくないとか、色々あったんじゃないか?」
アリスもまた彼女の肩に乗り、濡れた頬を舐めている。
「たぬう。たぬ達に捕まるより、ドッカーンって爆発したかったたぬ?」
セイは二人の手当てで冷静さを取り戻したか、深呼吸して立ち上がった。
「うん、どちらの答えも一理あると思う。と、棟梁殿、アリス殿、すまない。恥ずかしいところを見せた」
クロードがハンカチで顔を拭くと、セイは火をかけたヤカンのように真っ赤になった。
「棟梁殿。貴方は、これまで敵であっても遺体を粗略に扱ったことはないし、捕虜に非道な真似をしたこともない」
地球史においても、死後の辱めを避けようと炎に消えた者や、虜囚となるよりも自死を選んだ者はいる。
とはいえ、あれだけ長く戦ってきたゴルトだ。クロード達の方針も熟知していることだろう。
「ゴルトなら、死刑になるよりも自殺を選ぶかも知れない。でもわざわざこんな風に、何も残らないほど燃やす必要はないんだ」
「確かに派手に吹き飛んだけど」
クロードは額に手をあてた。
セイが指摘した通り、状況は不自然だ。
「たぬっ。なあんか引っかかる臭いたぬ」
アリスも納得がいかないのか、セイの肩上ですんすんと鼻を鳴らしている。
やがて三人は、もうひとつのあり得ざる可能性に思い至った。
「たぬう。たぬ達は、ゴルトの兄ちゃんにオーニータウンで何度も出し抜かれたぬ」
「私達は山を厳重に包囲していた。でも、南にあるユーツ領は貴族や民衆の対立が長く、勢力関係がめちゃくちゃだ。上手く突けば逃亡できる可能性はゼロじゃない」
「〝あの〟ゴルトさんが、最後と決めただろう戦いの後に、そんな小細工をするかな? 逃亡したとして、その先で食料や水、物資をどこで補給するんだ?」
クロードの指摘に、アリスとセイは押し黙った。
これこそが、もっとも辻褄の合わないパズルの欠片だったからだ。
ゴルトという男を鑑みて、逃亡は爆死よりも彼の美意識に合わない。
「セイ。ゴルトは君と決着をつけた。だから残ったものを全部始末して、結果的に吹き飛んだんじゃないかなあ」
クロードの提示した仮説にアリスとセイは沈黙し、やがてゆっくりと首を縦に振った。
そんな三人を、木々の茂みから盗み見る、ギラついた蛇の瞳があった。
『――ゴルト・トイフェル。ワタシ、貴方のことが大嫌いだったわ』
かつてゴルトの共犯者であった邪竜の巫女レベッカ・エングホルムは、使い魔の目を通して戦友の死を確認し、歓喜に顔を歪めた。
『――だって貴方は〝戦鬼〟になれても、〝悪人〟にはなれないんだもの。いつファヴニル様に牙を剥くか気が気じゃなかった。始末してくれて、辺境伯様に感謝だわ!』
クロードは、遠く離れたレベッカの暴言を知るよしもなかったが、自分たちの様子を伺う蛇の存在には気付いていた。
(僕に見破れる程度だから、あの使い魔を送ってきたのは、ファヴニルじゃなくて、レベッカ・エングホルムか?)
レベッカにとって、ネオジェネシスという手駒を失ったことは痛恨だったらしい。
自ら慣れない偵察に出た挙句、まんまとクロードに把握されていた。
(盗み聞きをされているから、口には出せなかったけど……)
クロードは蛇の気配が消えてなお、油断なく周囲を見渡した。
(……ゴルトさんじゃなくて、別の首謀者がいれば辻褄はあうんだよな)
廃砦の爆死を偽装だと仮定した場合、条件を整理すれば以下の通りだろう。
・真犯人は、大同盟の厳重な包囲を突破できる指揮能力がある。
・真犯人は、科学的な調査や魔術師達が灰から読み取った光景を創り出せる。
・真犯人は、逃がしたゴルト達一党を養う物資のあてがある。
(三つの条件を満たせるのはファヴニルくらい。と言いたいところだけど、僕はもう一人知っている)
クロードは、アリス、セイと共に馬車へ向かいながら重く息を吐いた。
(アンドルー・チョーカー。お前、ひょっとして生きているんじゃないのか?)





