表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七つの鍵の物語【悪徳貴族】~ぼっちな僕の異世界領地改革~  作者: 上野文
第六部/第五章 〝万人敵〟ゴルト・トイフェル
443/569

第432話 焼け跡に隠された真実

432


 復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 恵葉の月(六月)六日。

 クロード、アリス、セイは、幾ばくかの兵を率いて、ユーツ領とユングヴィ領境の山中を訪ねた。

 彼ら大同盟軍は、〝一人で一万の兵に匹敵する〟と謳われた強敵ゴルト・トイフェルとネオジェネシスの残党軍を破り、遂に放棄された古砦へと追い詰めたのだ。

 しかし、それから三日が経った今。

 クロード達三人の眼前には、無人の黒焦げた大穴だけが残されていた。


「現場検証の結果だが、ゴルトさん達は降伏を拒んで自決。廃砦に放火したところ大爆発。焼け跡には灰しか残らなかったという結論が出た」

「棟梁殿、あのゴルトだぞ? こんなことはありえないっ」


 セイは紺色の和服が汚れるのも構わずに、焼け跡に膝をついて地面を叩いた。

 クロードと猫にも狸にも似た小動物姿のアリスは慌ててかけよって、泥だらけの彼女の手を止めた。


「研究所職員による科学的な調査も、魔術師達が灰から読み取った記憶も、同じものだったとは聞いた」


 セイは好敵手の死が受け入れられないのか、葡萄えび色の瞳に涙すら溜めている。


「でも辻褄つじつまが合わないんだ。なあ、棟梁殿、アリス殿。あのゴルトの奴が、自爆なんて結末を選ぶと思うか?」


 クロードはセイを落ち着かせようと、彼女の背をゆっくりと撫でさすった。


「そうだね。死んだ後の身体をさらしものにされたくないとか、仲間に迷惑をかけたくないとか、色々あったんじゃないか?」


 アリスもまた彼女の肩に乗り、濡れた頬を舐めている。


「たぬう。たぬ達に捕まるより、ドッカーンって爆発したかったたぬ?」


 セイは二人の手当てで冷静さを取り戻したか、深呼吸して立ち上がった。


「うん、どちらの答えも一理あると思う。と、棟梁殿、アリス殿、すまない。恥ずかしいところを見せた」


 クロードがハンカチで顔を拭くと、セイは火をかけたヤカンのように真っ赤になった。


「棟梁殿。貴方は、これまで敵であっても遺体を粗略そりゃくに扱ったことはないし、捕虜に非道な真似をしたこともない」


 地球史においても、死後の辱めを避けようと炎に消えた者や、虜囚となるよりも自死を選んだ者はいる。

 とはいえ、あれだけ長く戦ってきたゴルトだ。クロード達の方針も熟知していることだろう。


「ゴルトなら、死刑になるよりも自殺を選ぶかも知れない。でもわざわざこんな風に、何も残らないほど燃やす必要はないんだ」

「確かに派手に吹き飛んだけど」


 クロードは額に手をあてた。

 セイが指摘した通り、状況は不自然だ。


「たぬっ。なあんか引っかかる臭いたぬ」


 アリスも納得がいかないのか、セイの肩上ですんすんと鼻を鳴らしている。

 やがて三人は、もうひとつのあり得ざる可能性に思い至った。


「たぬう。たぬ達は、ゴルトの兄ちゃんにオーニータウンで何度も出し抜かれたぬ」

「私達は山を厳重に包囲していた。でも、南にあるユーツ領は貴族や民衆の対立が長く、勢力関係がめちゃくちゃだ。上手く突けば逃亡できる可能性はゼロじゃない」

「〝あの〟ゴルトさんが、最後と決めただろう戦いの後に、そんな小細工をするかな? 逃亡したとして、その先で食料や水、物資をどこで補給するんだ?」


 クロードの指摘に、アリスとセイは押し黙った。

 これこそが、もっとも辻褄の合わないパズルの欠片だったからだ。

 ゴルトという男を鑑みて、逃亡は爆死よりも彼の美意識に合わない。

 

「セイ。ゴルトは君と決着をつけた。だから残ったものを全部始末して、結果的に吹き飛んだんじゃないかなあ」


 クロードの提示した仮説にアリスとセイは沈黙し、やがてゆっくりと首を縦に振った。

 そんな三人を、木々の茂みから盗み見る、ギラついた蛇の瞳があった。


『――ゴルト・トイフェル。ワタシ、貴方のことが大嫌いだったわ』


 かつてゴルトの共犯者であった邪竜の巫女レベッカ・エングホルムは、使い魔の目を通して戦友の死を確認し、歓喜に顔を歪めた。


『――だって貴方は〝戦鬼〟になれても、〝悪人〟にはなれないんだもの。いつファヴニル様に牙を剥くか気が気じゃなかった。始末してくれて、辺境伯様に感謝だわ!』


 クロードは、遠く離れたレベッカの暴言を知るよしもなかったが、自分たちの様子を伺う蛇の存在には気付いていた。


(僕に見破れる程度だから、あの使い魔を送ってきたのは、ファヴニルじゃなくて、レベッカ・エングホルムか?)


 レベッカにとって、ネオジェネシスという手駒を失ったことは痛恨だったらしい。

 自ら慣れない偵察に出た挙句、まんまとクロードに把握されていた。


(盗み聞きをされているから、口には出せなかったけど……)


 クロードは蛇の気配が消えてなお、油断なく周囲を見渡した。


(……ゴルトさんじゃなくて、別の首謀者がいれば辻褄はあうんだよな)


 廃砦の爆死を偽装だと仮定した場合、条件を整理すれば以下の通りだろう。

 

・真犯人は、大同盟の厳重な包囲を突破できる指揮能力がある。

・真犯人は、科学的な調査や魔術師達が灰から読み取った光景を創り出せる。

・真犯人は、逃がしたゴルト達一党を養う物資のあてがある。


(三つの条件を満たせるのはファヴニルくらい。と言いたいところだけど、僕はもう一人知っている)


 クロードは、アリス、セイと共に馬車へ向かいながら重く息を吐いた。


(アンドルー・チョーカー。お前、ひょっとして生きているんじゃないのか?)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


◆上野文より、新作の連載始めました。
『カクリヨの鬼退治』

小説家になろう 勝手にランキング

小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ