第431話 運命の輪を狂わせた砂粒
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 恵葉の月(六月)一日。
大同盟とネオジェネシス。
否、姫将軍セイと万人敵ゴルト・トイフェルの、長きにわたる因縁がついに決着した。
「ゴルト殿、〝私達〟の勝利だ」
「ハハッ。おいは愛に負けたのかあ」
薄墨色の髪の少女が放った太刀の一撃は、辛子色の髪をした偉丈夫の厚い胸板を、深々と切り裂いていた。
「ゴルト司令。助けに来ましたっ」
「ジュリエッタ、か。すまん」
ゴルトは赤い血を噴き出しながら仰向けに倒れるも、副官のジュリエッタらネオジェネシスの盟約者達がかけつけて、大熊の背に乗せて離脱した。
セイと同盟兵も後を追おうとしたが、限界まで戦い続けた彼女達に余力は残されていなかった。
「追撃は不要だ。もはや戦況は揺るがない」
ネオジェネシス残党軍は、総指揮官のゴルトが負傷し、援軍や補給のあてもない。捲土重来は不可能だろう。
「セイ、無事か!?」
「怪我はないたぬっ!?」
セイと仲間たちが傷を手当てしていると……。
三白眼の細身青年クロードと、金色の虎耳をもつ黒髪の少女アリスが、息をきらせてかけつけた。
「棟梁殿、アリス殿」
セイは空になった治癒薬の瓶を取り落とすと、大きく両手を広げて愛する男と親友の女を抱きしめた。
「やりとげたよ。やっと戦争が終わったんだ」
その後の戦況は、セイの見立て通りに進んだ。
大同盟は、マーヤ河の川岸で、首都近郊の山間で、緑の森中で、なだからかな盆地で、抵抗を続けるネオジェネシス兵を続々と捕縛した。
それでもごく僅かな兵士達は、大同盟の追撃を一時振り切って、山中深くへと落ち延びていった。
「負けた負けた、いっそすがすがしいくらい、盛大に負けたっ」
ゴルトは最後まで逃れた三〇〇余人の兵と共に、ダンジョン監視用に設けられた山奥の砦で休息をとっていた。
とはいえ、放棄されて久しい廃砦に防衛機能は無いに等しく、外の山々も厳重に包囲されて脱出の見込みはない。
「野郎ども、ここまでありがとうよ。最後は、皆で景気よく腹でもかっさばくか」
「ゴルト司令。お礼を申し上げたいのは私たちです。よくわがままに付き合ってくださいました」
「ありったけの闘争を楽んだ。あとは冥府で父上から拳骨をもらうだけだな」
「争いのない世なんてツマラネーもんなっ」
ゴルト一党は、もしもの時は揃って果てようと血の誓いを交わしていた。
けれど、彼らが自決しようとしたその時、廃砦を囲む茂みが大きく揺れて、予想もしなかった人物が姿を現した。
「かああっ、小生はどうやらオマエ達を買いかぶっていたようだな。姫将軍なんぞに負けて満足とは、とんだ腰抜けの集まりではないか!」
カマキリめいた風貌の不審人物は、あろうことか、死にゆく戦士達の覚悟を土足で踏みにじったのである。
「ち、チョーカーさん。なんでいきなり喧嘩売ってるんですかぁ?」
「だって、小生は一度勝ったことあるし」
アンドルー・チョーカーは、行動を共にする女の子のように着飾った中性的な美少年、フォックストロットに向かって、軽薄なドヤ顔を決めている。
「その話なら、耳にタコが出来るほど聞きましたよ。模擬戦で、しかも反則ギリギリの卑怯千万じゃないですかあ」
「ふひひひ、勝てばいいのだ勝てばっ」
ゴルト達は、終わりの静寂を乱す闖入者の二人を知っていた。
「……うわぁ。アンドルー・チョーカーじゃないか。ゴルト司令に殺されたんじゃなかったのか」
ネオジェネシス兵が頭を抱える中、ゴルトの副官ジュリエッタが、チョーカーの隣に立つネオジェネシス少年に声をかける。
「おにいちゃ、こほん。近衛隊長フォックストロット。なぜこんなろくでなしを連れて来たんです?」
「それがさ、ジュリエッタ。聞いておくれよ……」
「ええいっ、旧交を暖めるのは後にしろ。驚き叫び讃えるといい。小生はとっておきのサプラァイズップレゼントォを用意したぞ」
チョーカーは、まるで試すようにジュリエッタと、彼女が背中に庇うゴルト達へ手を差し伸べた。
ゴルトは沈黙を守っていたが、頭のてっぺんから足のつま先までうさんくさい口上に、反射的に興味を惹かれて唇をつりあげた。
「ほう、チョーカー。一度はお前を殺しかけたおいどもに、いったいどんな贈り物をくれるというのだ」
「ゴルト。お前達が欲しがっている死に場所、アッチアチの鉄火場だ」
アンドルー・チョーカーは瞳に狂気じみた光を宿し、手の甲に魔術文字を綴った。
「なあ死に損ないども。どうせくたばるのなら、最高の喧嘩を売ろうじゃないか?」
チョーカーが拳を重ね合わせると、青い電撃がバリバリと音を立て、山中の大気をグラグラと震わせた。
「邪竜ファヴニル。ブロルの仇である、あのクサレ蛇をけちょんけちょんに叩きのめしたら、心の底からスカっとするぞお?」
「「ハハハっ、アハハハッ!」」
ゴルト達は、笑った。
チョーカーの突拍子もない提案に、馬鹿馬鹿しいと笑って、笑って。
真顔になった。
「ふん。その雷を見るに、お前もブロルやベータに入れ込んだか。いいぞ、どこへなりと連れて行け」
「ファヴニルの首。確かに、お父さんへの御土産には最適かも」
「勝って終わるも一興。もう一戦、やっちゃいますか!」
復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 恵葉の月(六月)二日。
ゴルト隊は、ユーツ領とユングヴィ領境にある山中の廃砦に火を放ち集団で自決。
持ち込まれた火薬や魔術道具が誘爆し、砦は三日三晩燃え続け、焼け跡には骨一つ残らなかった。
大同盟による現場検証の結果は、そのように記されている。
あとがき
チョーカーさん良い空気吸ってますが、忘れてはいけません。
初登場は『奴隷オークション会場ではしゃぐ、テロリストの隊長』です>▽<
……よくここまで来れたもの。





