第430話 最強の将と最高の将の決着
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今を遡ること二年前。
復興暦一一一〇年/共和国暦一〇〇四年 恵葉の月(六月)。
クロードが領軍再建の一手として指揮官に抜擢したセイと、共和国の佞臣軍閥が送り込んだ山賊軍の隊長ゴルトは、片田舎のオーニータウンで初めて交戦した。
結果は、引き分け。
セイは、クロードの支援を得て山賊軍の退治には成功したものの、ゴルトとの直接対決では彼を逃してしまう。
(ゴルト・トイフェル。辛子色の髪と巨牛の如き肉体を誇る豪傑は、その後も緋色革命軍、ネオジェネシスと所属を変えながら、私達を含むあらゆる敵を圧倒し続けた)
(セイ。薄墨色の髪と葡萄色の瞳を持つ、可憐な少女よ。お前はレーベンヒェルム領の司令となり、やがて大同盟の軍事責任者となって、常勝不敗の輝かしい戦歴を誇った)
初めて刃を交わしてから幾星霜。
セイは民草から〝姫将軍〟と女神のように慕われ、ゴルトは〝万人敵〟と鬼神のごとく恐れられるようになった。
二人は強さこそ似ていたが、将帥としては異なる才覚を有していた。
セイは新兵のやる気や能力を引き出すことに長け、ゴルトは熟練兵をどこまでも高みに鍛えることを得意としていたからだ。
(もしもゴルトが我々の側にいてくれたなら……)
(有り得ないが、辺境伯やセイが上にいてくれたら……)
セイもゴルトも、お互いを高く評価している。共闘が叶うなら、どんなに素晴らしいかと想像に胸を高鳴らせる。
(きっと今すぐ平和をもたらして、秩序を取り戻す事が叶うだろう)
(より混沌をばらまいて、最高の戦争を楽しむことが出来るじゃろう)
けれど、二人が胸中に抱いた願いは決定的に違っていた。
セイはクロードとの出会いをきっかけに、争いのない世を実現しようと励み――。
ゴルトはレベッカとの邂逅で、縛り付けていた闘争本能を解き放った――。
どこかでなにかが違ったら、二人は全く逆の立場にいたかも知れない。
ひょっとしたら、真の意味で、同じ未来を目指すことも叶ったかも知れない。
けれど、セイとゴルトの決断はもはや覆ることは無い。
「アンセル、ヨアヒム、退がれ! 私があいつを止める」
セイの戦友アンセルとヨアヒムの部隊は、友軍が倒れる中で最後までゴルトの前に立ちはだかるも、とうとう突破された。
「ジュリエッタ、よくやってくれたっ。あとはおいが決める!」
ゴルトの副官ジュリエッタは、ネオジェネシス残党軍の大半を失うも、クロードとアリスが率いてきた援軍を引きつけることに成功した。
「私は、棟梁殿と平和を掴むんだ」
「首都さえ落とせば、もはや外国も指を咥えて静観できまい。戦争は終わらん!」
復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 恵葉の月(六月)一日。
ゴルト隊は、マーヤ河の防衛線を打ち砕き、首都クランへと肉薄した。
セイが作り上げた防衛網はちぎり取られ、ユングヴィ領郊外にある山間に築かれた陣地、最後の壁となる拠点が抜かれれば、もはや街を守る手段は何もない。
「あと少しじゃ、もう一息で首都じゃぞ」
「いかせない。いかせてたまるかあ」
故に。薄墨色の髪を束ねた和装の少女セイは自ら太刀を抜き、まさかりを手に先頭を走る蓬髪の金鬼ゴルトへと追い縋った。
「ゴルト殿、見事な突撃だった。棟梁殿とアリス殿、多くの仲間の力を借りてなお、私は貴殿を止められなかった」
一ヶ月以上にわたる激戦の末、大同盟もネオジェネシス残党も、精魂尽きていた。
二人は残された手札、己自身を切って一騎討ちで決着をはかった。
「……すっからかんとはこのことだ。悔しいが、私はオーニータウンで出会った時から、一度も貴殿に勝利していない」
セイの認識は、正しい。
これまで彼女が〝単独で〟交戦し、ゴルトに勝利したことは一度もない。
もしも後世に『マラヤディヴァ内戦で、最強の将軍は誰か?』と問いかけたなら、
回答者は全員口を揃えて『〝万人敵〟ゴルト・トイフェル』と答えるに違いない。
「……馬鹿を言え、セイ。種銭が尽きたのはこちらも同じ。今回もまた、お主の作戦勝ちじゃ。おいは勝ちたかった、一度でいいから勝ちたかったとも」
同様に『最高の将軍は誰か?』と訊ねたならば、
回答者全員が『〝姫将軍〟セイ』と答えることだろう。
クロードが描いた戦略図で、セイは常に一番不利な役回りをかって出た。
ゴルトと縁が生まれたオーナータウン攻防戦からずっと、彼女は個々の戦場ではなく、戦争全体を視野に収めていた。
故にこそ、緋色革命軍、楽園使徒、ネオジェネシスと並み居る敵を打ち破り、勝利の女神となったのだ。
「なあ〝姫将軍〟。お前ならわかるじゃろう? 戦争は生命の極限だ。非日常であればこそ、かくも血が熱くたぎる」
ゴルトは曇り空の下、まさかりに紫電をまとわせて、爆音を轟かせながら周囲一帯を微塵に粉砕する。
「〝万人敵〟よ。私が剣を取る理由は、愛する人と帰りたい日常があるからだ。戦争は、絶対に終わらせる!」
セイもまた焼け落ちる樹木を蹴って、蝶の如く灰色の空を舞い、蜂の一刺しとばかりに太刀を振り抜いた。
「うおおおおっ!」
「あああああっ!」
黒々と流れる雲の下、二つの影が交錯し――。
やがて青空から射し込んだ太陽光が、銀色に輝く髪の勝利者を照らし出した。
「ゴルト殿、〝私達〟の勝利だ」
「ハハッ。おいは愛に負けたのかあ」
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