第429話 クロードとアリスの参戦
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 暖陽の月(五月)三〇日。
クロードとアリスは援軍を率いて、マーヤ河の戦いに加わった。
二人の参戦により……。
セイが指揮する大同盟軍は三〇〇〇〇。
ゴルトが率いるネオジェネシス残党は五〇〇〇。
と、戦場の様相は一気に逆転した。
しかしながら――。
「たぬう、強いたぬう。こいつら、チャーリーちゃんやデルタ君に負けてない」
「ゴルト司令万歳っ。我々は今、生きている!」
信じがたいことに、黒虎の姿となったアリスがゴルト隊に押されていた。
さすがに兵卒一体一体のパワーやスピードは、隊長格と比較すれば若干劣るだろう。
けれど、練り上げられた武芸百般が支える集団戦法は、個々の戦闘力を何倍にも跳ね上げている。
「こいつは凄まじい。あのイザボーさんのとこの兵士よりも強いじゃないか!?」
「辺境伯様、最上の賛辞と受け取ります」
刀を構えた三白眼の細身青年。クロードの前に立ちはだかった部隊を率いるのは、フクロウの仮面をつけた白髪白眼の少女だった。
彼女は、目に見える武器こそ所持していないが、身にまとった法衣の布地を自由自在に伸ばして攻撃してくる。
「私は第六位級契約神器ルーンローブの盟約者、ジュリエッタ。ゴルト司令から副官の栄誉をいただきました」
「貴女が副官になったのは、盟約者って理由だけじゃないだろう。恐ろしい手並みだよ」
クロードがマーヤ河決戦へ連れてきたのは、安定した他の戦線から引き抜いた手練れ達だ。そのため、新兵の多いセイ部隊を庇う形になり、連携にわずかな乱れが生じた。
ジュリエッタと彼女の部下達は、針穴に糸を通すような精密さで脆い箇所をつき、戦線を切り裂いたのだ。クロードとアリスが出張らなければ、止められないほどに!
「イザボーさんも彼女の隊員も、素晴らしい好敵手で、尊敬すべき兵士達だ」
クロードは愛刀、八丁念仏団子刺しを手に舞うように跳ねて、四方八方から迫る布地を切り防いだ。
「僕たちは今、手を取り合って街を復興している。君が副官だと言うのなら、ゴルトさん達を説得してくれ。もう戦いはやめよう」
「術式――〝包奏〟――起動!」
クロードの説得に対するジュリエッタの返答は、己が契約神器の全力発動だった。
フクロウの仮面をかぶった少女が法衣から伸ばす布生地は、どれだけ切られようとも際限なく膨らんで、三白眼の細身青年の四肢を繭のように包み込んだ。
「辺境伯様。デルタ兄さんから、貴方様とセイ司令が目指すのは〝静寂な世界〟。……争いのない平穏な日常だと聞きました」
クロードは、よく調べていると感心した。
容易く壊れる平穏な日常こそ、彼や彼女にとっての宝物に他ならない。
けれど、ジュリエッタにとっては違うらしい。
「お断りします。私達は混沌の中で、血を流して踊りたいのです」
フクロウの仮面から覗く少女の横顔は、まるで恋する乙女のように上気していた。
「私は、ゴルト司令と一緒に、ずっとずっと戦いの炎に焼かれていたい」
「その割には、神器の力は炎でも雷でもないんだな」
クロードは、自覚なく呟いていた。
盟約者と契約神器による全力発動は、両者が心の奥底で望んだ願いが反映される。
たとえばクロードとファヴニル。
そして、クロードとレア。
『奪われた日々を取り戻したい』
同じ願いを抱いているからこそ、時間の逆回しという奇跡が可能となるのだ。
「ジュリエッタ。仮面で顔を隠すのは、本心じゃないからか?」
クロードの問いかけに、圧倒的優位に立ったはずのジュリエッタがびくりと震えた。
「僕が知る限り……
閉塞に風穴を開けたいと願った男は弓から光の砲弾を放つし、
優しい夢と嘘で仲間を守りたいと願った男は棍で幻を操る。
ブロルさんは君たちという子供を願ったし、
ゴルトさんは、それこそ稲妻のように生きたいんだろう」
そしてモテるために、周囲の人々を操りたいなんて願った大馬鹿野郎は――。
皮肉にも、神器に頼らない方が遥かに脅威的なトリックスターだった。
「ジュリエッタ。察するにアンタの根っこにあるのは、『ゴルトや仲間たちを包み込みたい』とか、そういう願いなんじゃないか?」
「ひ、ひとの心に土足で踏み入らないでくださいっ」
ジュリエッタの心が乱れ、一瞬だけ拘束が緩む。
クロードは挑発を活かして、四肢を縛る繭を愛刀で切り裂いた。
「ジュリエッタ。アンタ達は、ネオジェネシスはまだ成長途上なんだ。勝手に可能性を閉ざすな」
「私から戦争を、このオモイを奪わないでください!」
「恋愛を否定したいわけじゃない」
「恋や愛ですって? 我々の熱情を、そんな戯言で煙にまかないでっ」
クロードはどうにか鎮めようとしたが、ジュリエッタには自覚がないようで、この場は無理と判断した。
「アリス、一緒にやるぞ。この娘達を止めるんだ」
「たぬう。クロード、やる気出たぬ? たぬもノってきたたぬ」
アリスはスタイリッシュな黒虎から、チャーミング金色の狸猫へと変身し、ネオジェネシス兵の包囲から逃れ出た。
「たぬう、らぶりいスピーン!」
狸猫はクルクルと回転しながら、数十人ものネオジェネシス兵を空へ蹴り上げて。
「鋳造――はたき、からの追撃だっ」
三白眼の細身青年は、投じたはたきを足場に跳び跳ねながら、敵兵を大地へ墜落させる。
「な、何ですか、そのコンビネーション?」
ジュリエッタは困惑する。クロードもアリスも事前に目配せ一つなく、阿吽の呼吸で逆転劇を実現したからだ。
「「これが、愛の力だ! たぬ!」」
「うそでしょおっ?」
ジュリエッタは慌てて部隊に空けられた穴を埋めようとするも、今度は、クロードとアリスの活躍にあてられた大同盟兵達が奮起する。
「さすがは、辺境伯様とアリス様」
「うおおお、お二人の為にやってやるぜ」
「おれも彼女欲しいなあ」
「わたしも彼氏欲しいなあ、えっ?」
クロードとアリス、大同盟兵達は果敢に防戦を繰り広げ、ジュリエッタ隊を含む八割以上の敵戦力を撃退、無力化した。
「ああもうっ、この人達は兵士なのかファンクラブなのかわかんないっ。ゴルト司令、どうか御武運を。撤退します」
しかしその間に、ゴルトと残された手勢は、アンセルやヨアヒムといった他の部隊をことごとく病院送りにし、首都クランへと肉薄していた。
「ジュリエッタ、よくやってくれた!」
万人敵が指揮する敵部隊に追い縋ったのは、もはや姫将軍が率いる一隊だけだ。
「ゴルト・トイフェルっ。ここまでだ」
「セイ。やはり立ちはだかるのはお前か!」
マラヤディヴァ内戦で、共に最強最高の将と謳われたセイとゴルト。
二人が雌雄を決する日が、――遂にやって来たのだ。





