第426話 こんなこともあろうかと
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クロード率いる大同盟は、ベータが跡目を継いだネオジェネシスと、遂に和平を成立させた。
しかし、創造者ブロルが戦死し、第一位級契約神器イドゥンの林檎が失われたことで、ネオジェネシスには未曾有の危機が訪れようとしていた。
「レア殿、教えて欲しい。ひょっとして、我々ネオジェネシスは、今後生まれることすら不可能になるのではないか?」
クロードは、木製の椅子を蹴って立ち上がったベータの巨大な肉体が、まるで生まれたての子鹿の如く震えていることに気がついた。
「我々を生み出す力の根源、アルファ様が失われた。ならば、これ以上の分裂増殖は不可能。我々は全滅するしかないのですかっ」
ベータの弟エコーも、いつもの凜然とした侍めいた表情を悲嘆に崩して、長机に突っ伏している。
「それはっ」
「あのそのっ」
クロードも、赤髪の女執事ソフィも、咄嗟に良い説得がまとまらなかった。
ただ青髪の侍女レアだけが、ベータとエコーの視線を真っ向から受け止めて、紅玉のような瞳に力を込めて断言した。
「ベータ様、エコー様。何も心配はありません。御主人さまは――こんなこともあろうかと――事前に解決策を準備されていたのです」
「な、なんだって。本当なのかい!?」
「さ、さすがは辺境伯様。まさに千里を見通す深謀遠慮!?」
隣り合ったクロードとソフィは、机の下で互いの手をつねりあって平静を装った。
(レア、過大評価だぞっ)
(クロードくんが、最初から対策していたのは本当だからっ)
ブロルの憎悪によって生まれ落ちたネオジェネシスは、不死身の肉体と共に、怪物めいた人喰いの業を宿していた。
クロードは、ネオジェネシスの特性たる人食いが、和平の障害となるのではと憂慮して、呪いを解く方法を模索していたのだ。
(たまたま状況にハマっただけで、そこまで考えてたわけじゃない)
(でも、クロードくんがベータくんたちを助けようとしたから、扉が開いたんだよ)
クロードは、ネオジェネシスを〝第一位級契約神器イドゥンの林檎〟の影響下から自立させようと研究をすすめ……。
その成果は、彼女亡き後に、ベータやエコーらを種絶の危機から救う命綱となった。
「ショーコ様が開発された儀式を受けていただきます。そうすれば食人衝動こそ失いますが、ネオジェネシスは人間と同じような生殖機能と寿命を得ることが可能です」
「このベータ、クロードに〝人は食わぬ〟と約束した。今更破るはずがあるものか!」
「某も同じです。辺境伯様は、我々にとって生命の恩人です。助かりました」
クロードは深々と頭を垂れるベータとエコーに恐縮したが、レアは淡々と説明を続けた。
「ですが、ベータ様もエコー様も忘れないでください。ブロル様とアルファが亡くなられたことで、貴方達に与えられていた強大な加護は失われました」
ブロル・ハリアンが第一位級契約神器イドゥンの林檎と共に、ネオジェネシスに与えた力の源泉はもはや存在しない。
「ネオジェネシスは、今後一〇年ほどの時間をかけて。……死からの蘇生だけでなく、変身能力や回復能力、表層意識の共有といった異能を失ってゆくと思われます」
「準備には充分な時間だ。要は、鍛えればいいのだろう? シュテン師父など顔なし竜との〝融合体〟でなくなっても、どでかい包丁を振り回しているではないか」
「ええ。勉強し甲斐があって、むしろやる気が湧いてきました」
兄弟の朗らかな笑顔には、恵まれた特性を失う恐怖など微塵もなかった。
ベータはむしろ興味津々とばかりに身を乗り出して、一つ前の席に座るクロードの肩を叩く。
「そうだ、クロード。前々から聞きたかったのだ。丁度良い機会だから、是非教えて欲しい。子作りとはどうやればいいのだ?」
わんぱくな幼子がセンシティブな発言をしたかの如く、部屋の空気は冷え切った。
しかしながら、好奇心にかられたベータはとどまる気などささらなかった。
「クロード、今ここで実演して欲しいのだ。レアさんとでもいいし、ソフィさんとでもいい。何なら三人で見せてくれても、一向に構わないぞ」
「某は構うぞっ。この馬鹿兄貴っ!」
エコーはベータの両手を掴むや、引き倒すようにするりと床へ投げて、畳み掛けるように椅子でボコボコに殴打した。
「な、何をする。さ、さては、風の噂に聞いたクーデターというものかっ!?」
「一族のためなら検討も辞さない。兄上も代表となったのだから、発言に気をつかえっ」
「なんだかわからんが、お前の愛情はちゃんと伝わってきた。ちょ、机の角はやめ」
エコーによるベータへの熱血指導は更に激しさを増したため、クロードとソフィは慌てて割り入った。
「エ、エコーくん。僕は気にしていないぞ」
「子供が好奇心いっぱいなのはいいことだよ。ちゃんと学んでくれたら良いから」
「へ、辺境伯様、申し訳ありません。我々にとって生誕とは、培養槽の肉塊から分裂することなんです。兄の無知をどうかお許しください」
クロード達は必死でなだめたものの、エコーは平謝りに謝まり続けた。
もはや会議という空気でも無くなって、不憫な弟は、自らの手で昏倒させた兄を背負って部屋を後にした。
クロード、レア、ソフィは想像もしなかった展開に呆然としていたが……。
「こほん。それで、御主人さま。三人でしますか?」
青髪の侍女が、緋色の瞳と同じくらい顔を真っ赤に染めて提案し。
「しよっか?」
赤髪の女執事も、豊かな胸を腕で弾ませるように見せつけて悪乗りした。
「え、えっと、三人かあ。やっぱり、やってみたいかなあ?」
空気に飲まれたからだろうか。
悪徳貴族は馬鹿正直に欲望を口にして……。
「「えいっ」」
当然の如く、恋人二人に頬をつねられた。
「あ痛ァッ」
そんな一件があったものの……。
クロード達は研究の結果を公開、首都クラン近郊のマーヤ河で交戦中だった、ネオジェネシス残党軍に降伏を呼びかける。
しかし〝万人敵〟ゴルト・トイフェル率いる部隊は、大同盟の申し出を拒否。あくまで戦争継続を望んだ。
ネオジェネシスの多くが平穏な日常に居場所を見出したように、彼らもまた血風すさぶ戦場という非日常に生きる場所を求めたのだ。





