第425話 ネオジェネシス種絶の危機
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 暖陽の月(五月)
クロード率いる大同盟とベータが代表を継いだネオジェネシスは、数多の苦難とすれ違いを乗り越えて、遂に和睦を結んだ。
交戦中だった北方戦線のチャーリー、デルタも降伏し、マラヤディヴァ内戦もいよいよ終着が見えてきた。しかし……。
「レベッカの奴、後ろ足で砂をかけるとばかりに街を破壊してくれたな」
「昔は泣き虫で、優しい子だったのに……」
同月一〇日。
三白眼の細身青年クロードと、赤いおかっぱ髪の女執事ソフィは、レベッカによる破壊の跡も生々しい街並みを巡察していた。
「この区域は軍事施設が多いのかな。十二の兵舎が全焼、兵器開発局や魔法研究所も中破している。ローズマリーさんも領都の建て直しに苦労しそうだ」
「復興にヨアヒムを貸して欲しいって言ってたよ。あの子も、アンセルに負けないくらい数字に強いから」
ローズマリー・ユーツ侯爵令嬢の故郷たる領都ユテスは、建物の大半が焼失あるいは倒壊しており、将来の苦難を予想させた。
またそれだけに留まらず、今現在も――。
「レアが僕たちを呼んだ目的地は、あの角の先だっけ?」
「もうひとつ先だよ。壊れてるけど、荘厳だね。窓のガラスが七色に輝いて、軍事施設とは思えないくらい」
死亡したネオジェネシスの再生を担う『生命保全所』という重要施設もまた、破壊の憂き目にあっていた。
ものがものだけに、一〇〇〇年以上の職歴を誇る魔術道具の専門家、第三位級契約神器レギンこと侍女レアが先行調査していたのだが、重要な報告があると呼び出されたのだ。
「ソフィの言う通り、綺麗だなあ。まるで名のある大聖堂みたいだ」
ネオジェネシス生命保全所は、屋根や壁、梁といった外装の一部を焼失していたものの、彫刻で飾られた複数のドームや鐘塔を組み合わせた造形は、見る者を吸い寄せるような魅力があった。
「……でも、エコーの話じゃ〝四奸六賊〟が、横領や詐欺みたいな悪さをして建てた物件なんだっけ」
クロードはソフィの隣で肩を落とした。
大勢の人々を苦しめた悪党の手によるものと思えば、好意を感じたことにも若干の罪悪感を覚えてしまう。
「クロードくん、建物に罪はないよ。それに生命保全所って、外観も立派だけど中側もけっこう面白いよ」
ソフィの目が、わずかに青く輝いている。
彼女は、マジックアイテムと心を通わせる〝巫覡の力〟と呼ばれる異能があった。
それは彼女の親戚であり、領都ユテスを破壊した犯人であるレベッカも同じであり、あちらは並行世界の観測という更にオカルトめいた能力らしい。
「ブロルさんやレベッカちゃん、ハインツさん達は……。この世界の魔法と、ドクター・ビーストやシュテンさんが持ち込んだ異界の技術を融合させようと頑張ったみたい」
クロード達が焼け跡から内部を覗き込むと、ライオンやヘビの彫刻に見せかけた計器や、貴金属の装飾をあしらった装置などが詰め込まれているのが見えた。
「僕達も、異世界の知識と、この世界の技術をすり合わせた。勢力は違っても、やったことは同じか」
「違うよ、クロードくん。目的は正反対だもの」
クロードやソフィ達は邪竜を討つ為に――、
レベッカやハインツは邪竜の世を実現する為に――。
それぞれ異世界の知識と、この世界の自然現象や魔法法則をよじり合わせ、可能性を追求したのだ。
「そうだね、知識に善悪はない。ベータ達は、ブロルさんが託してくれた希望だ。僕たちは彼らと共に、ファヴニルをぶん殴る」
ネオジェネシスには、ファヴニルの手駒として生み出された過去がある。
しかしブロルの子供達は、己が意志で呪縛を断ち切って、自由な未来を掴んだのだ。
「やあ、クロード。待っていたぞ」
「辺境伯様。お忙しい中、ありがとうございます」
クロードとソフィが聖堂の入り口に辿り着くと、先日ネオジェネシスの代表を継いだ筋肉達磨のベータと、彼の副官を務める丁髷を結った青年エコーが出迎えてくれた。
「レアが呼んだのは、僕、ソフィ、ベータ、エコーか。いったいどんな話なんだろう?」
待ち合わせの部屋は、木製の長机や椅子が並び、塾や学校の教室を連想させた。
「クロードくんが神殿や教会に作った、寺子屋の教室みたいだね」
「ほうほう。種族が違っても共通点はあるのだな。我々にとって、この生命保全所は、誕生し、葬儀し、学ぶ場でもあったんだ」
「ベータ兄上は、それはもうやんちゃでしたよ。弟妹を何人も背中に乗せて腕立てを始めた時は、面くらったものです」
クロードはエコーの回想に、思わず吹き出してしまった。どうやら兄弟仲は昔から良かったらしい。
ほどなくして桜貝の髪飾りをつけた青髪の侍女レアが、書類の入った鞄を手にやってきた。
「御主人さま。そして皆様、急にお呼び立てして、申し訳ありません」
「構わないよ。レア、いったい何があったんだい?」
クロードは、レアから手渡された資料に目を通しながら、にこやかに微笑みかけた。
どうやら書類は、生命保全所の立地や機能についてまとめたものらしい。
しかし、侍女の反応が不穏だ。手足の動きが固く、緋色の瞳にも決意じみた緊張が宿っている。
「御主人さま。単刀直入に申し上げます。ブロル様とアルファ様が亡くなり、――第一位級契約神器イドゥンの林檎が失われたことによって――、死亡したネオジェネシスの再生が不可能になりました」
クロードも、ソフィも、ベータも、エコーも、一瞬言葉を失った。
「そうか。ブロルさん達を蘇らせるというのは、無理だったか」
ベータが二度目の生を得たように、ネオジェネシスならば、という未練が心のどこかにあったのだろう。
(待てよ? アルファさんが亡くなった?)
次の瞬間、全員に緊張が走った。
第一位級契約神器イドゥンの林檎が失われたことで、蘇生の奇跡が失われた。
果たして喪失は、それだけに留まるのだろうか?
「レア殿、教えて欲しい。ひょっとして、我々ネオジェネシスは、今後生まれることすら不可能になるのではないか?」
ベータは、晴天の霹靂が如くふってわいた種絶の危機に、大きく動揺していた。





