第421話 悲痛なる再会と、蘇る力
421
復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 花咲の月(四月)一六日。
クロードがソフィと共に、ササクラ・シンジロウの残した謎を解き、隠されていた書簡を手に入れた後――マラヤディヴァ国の情勢は激変した。
クロードら大同盟は、内戦の裏で糸をひく元凶ファヴニルを討伐すべく、交戦中のネオジェネシスと和平を結ぼうとしていた。
しかし、同月一九日。マラヤ半島を巡回中の大同盟艦隊から、ネオジェネシスの本拠地領都ユテスが壊滅したとの報告が入った。
「イヌヴェ、サムエル、キジー、出陣だ。救援になるか戦闘になるかはわからないけれど、見極める為にも一〇〇〇〇の兵を率いて前進しよう」
クロードの決断は早かった。
交渉失敗に備えていた兵力を即座に投入、ユーツ領へと進軍を開始する。
「ベータとイザボーさんは、エングホルム領の防衛と後詰めを頼む。僕とソフィは艦隊で先行して、港町ツェアに乗り込む」
「クロードくん。艦隊を使うのはいいけど、顔なし竜に襲われる心配があるから、長く泊まっちゃダメだよ」
赤髪の女執事ソフィが、クロードの袖をひく。
彼女が忠告した通り、魔法に動力を依存するこの世界の船にとって、魔力を喰らうニーズヘッグはまさに天敵だった。
大同盟が海軍力で圧倒しながら、ネオジェネシスを攻めあぐねた理由のひとつでもある。
「そうだね。艦隊は戦闘に使わない。ひとまずレアやドゥーエさんと合流して様子をみよう」
「じゃあ、行こっか。もう準備は出来ているんだ」
クロードとソフィは海路を使ってユーツ領へ入り、二〇日の朝に、特使として陸路を歩んでいたレア達と港町ツェアで合流した。
「御主人さま!」
クロードが港にたどり着くと、青髪の侍女が膨大な人混みの中から抜けだして、彼の胸元に飛び込んできた。
「レア、無事で良かった。この人達はいったい何があったんだい?」
クロードはレアの背を撫でながら、三白眼で周囲を見回した。
港町ツェアは、ネオジェネシス蜂起時の混乱を連想させる程に、着の身着のままの避難民でごった返していた。
「この方達は、ブロル様が大同盟との決戦前に避難させようと、領都ユテスから逃したそうです」
大同盟の主力は、南のエングホルム領から北上中だ。にもかかわらず、領民を南に疎開させるというのでは辻褄が合っていない。
クロードは、ブロルの手配に隠された理由があるのではないかと首を傾げた。
「レア。ブロルさんは、この街に来ているの?」
「それが……」
レアが言い淀んでいると、鎖で縛った刀を背負った隻腕の男ドゥーエと、長銃を抱いた薄桃色髪の愛らしい少女ミズキが、人混みの中から抜け出してきた。
「おおっ、耳ざといでゲスね。クロードも来やしたか。コイツと二人で聴き込みをしていたんでゲスが……」
「二人でとか気持ち悪いこと言うなっ。ブロル・ハリアンは、どうやらレベッカ・エングホルムを諌めようとしたみたいなんだ」
クロードは、ゾクリと背筋が冷えた。
レベッカは、反乱したハインツに便宜を図ったり、秘密裏にニーズヘッグを悪用したりと、数々の悪行を重ねていた。
しかし、単に処罰するだけなら、わざわざユーツ領の住民を逃がす必要はない。
ブロルは自らの行動によって、民衆が危険に晒されると予測していたことになる。
(ブロルさん、早まらないでくれ。僕は一緒にファヴニルと戦うために、ここまでやってきたんだ)
クロードは、生唾を飲み込んだ。レアが胸元で首を横に振り、ソフィが右手を握る。
若き辺境伯は、焦っては救える者も救えなくなると奥歯を噛みしめながら、通信用の水晶玉を懐から取り出した。
「緊急事態だ。艦隊を使って民衆を逃そう。責任者か、代表者を探さないと……」
クロードは艦隊司令のロロン提督に一報を入れ、レア達四人は群衆の取りまとめ役を探し始めた。
「みんな、ちょっといいかしら」
そこへ、女性用ビキニアーマーという目立つ格好をした筋肉達磨男のシュテンが姿を見せた。
何があっても泰然とした彼には珍しく、顔色は真っ青でひどく憔悴しており、見慣れないネオジェネシスを伴っていた。
「この子はゴルフちゃんって言って、ブロルの護衛みたいなことをやっていたの」
「辺境伯様、はじめまして。近衛隊副長のゴルフと申します」
白髪を刈り上げた爽やかな青年は、何やらヘルメットのようなモノを包んだ布と、〝見覚えのある〟桜貝の髪飾りを手にしていた。
「ゴルフ、それはっ」
クロードは、その髪飾りを知っていた。
彼自身が作り、愛するレアに贈ったもの。
ファヴニルに奪われた〝第三位級契約神器レギン〟の半身だったからだ。
「我らが父ブロル・ハリアンは、命を賭してこの髪飾りを取り戻しました。どうかお納めください」
クロードは震える手で髪飾りを受け取り、ゴルフが抱えた布をおそるおそるめくった。
「……っ、ブロル、さんっ」
そこには変わり果てた、ネオジェネシス総大将の姿があった。
「ファヴニルと戦う為の力を、取り戻してくれたのか」
「御主人さま。まさかその髪飾りは、なぜっ?」
クロードは、何事かと傍へ駆けつけたレアの髪に貝飾りを結んだ。
彼と彼女の全身を燃えるような熱が駆け巡り、奪われていた欠落が埋まる。
同時にレギンのものだけでない、生命に満ち満ちた力を得たのを実感する。
『『私達も共に行こう』』
クロードとレアは、ブロルとアルファが微笑んで、二人の背を押してくれた気がした。





