第420話 星は墜ち、遺志は継がれる
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 花咲の月(四月)一八日。
ネオジェネシスの創造者ブロル・ハリアンは、盟友シュテンとイザボーの殺害未遂を受けて、遂に邪竜ファヴニルと袂を分かった。
ブロルはアルファと共に、クロードとレアが奪われた、第三位級契約神器レギンの半身たる桜貝の髪飾りを取り戻す。
しかし善戦むなしく致命傷を負い、逃亡中に野犬のあぎとにかかる寸前――。
「どけい野犬ども。ベータと共に編み出した、小生の奥義を見せてやる。マッスル・スマート・ライトニング!」
予想外の形で、因果が応報した。
ブロルがかつて命を救った、カマキリめいた印象の男が雷光を放ち、野犬達を追い払ったのだ。
「……アンドルー・チョーカー。こんなところで何をしているんだ?」
「近衛隊長のフォクストロットと副長のゴルフに、お前を助けるため力を貸して欲しいと頼まれた」
ブロルが耳を澄ますと、チョーカーの後方から複数の泥をはねる音が聞こえてきた。
近衛部隊には、ユーツ領の民衆を逃す為に先導を命じたのだが、一部は彼を救出しようと戻ってきたらしい。
「むしろ知りたいのは小生の方だ。ブロル・ハリアン、なぜこんな無茶をした?」
なぜだろうと、ブロルは自問する。
外国の佞臣と通じた腐敗貴族に故郷を滅ぼされたからか?
世を糺そうと参加した革命集団が、極悪非道な独裁政権へと変貌したからか?
そして、第三勢力として立ち上がったつもりの自分自身が、道を誤った悪魔に利用されたと思い知ったからか?
「これ以上、大切なものを失いたくなかったんだ。ファヴニルと組んだのは、間違いだった。私は彼を止めたい……」
もはや頭部と胴を残すだけとなったブロルの身体は、チョーカーによって抱き上げられた。
「アルファは、先に逝ったのか?」
「見えなくても側にいるよ。おかげで死ぬのは怖くない。ここにある桜貝の髪飾りを、クロードに返してくれ。一生の頼みだ」
「髪飾りだって? 約束する。だから、しっかりしろ。死ぬんじゃあない!」
ブロルが、最後に動かした唇の動きは『ありがとう』だった。もはや発声する力すら残されておらず、生命もまた永遠に失われた。
「大馬鹿野郎」
アンドルー・チョーカーは、ブロルの肉体が白雪に変わり、溶け崩れた泥の中をまさぐった。
友が血肉に変えて守り切った、桜貝の髪飾りを掴みだす。
「ブロル、小生はお前がキライだ。よく考えたら敵だったし、地下牢に閉じ込められたし、ベータが勧める筋トレはキツかったし、お前達と一緒に飲んだ酒は美味かった」
チョーカーは、唯一崩れなかったブロルの頭部を抱いて、我知らず涙をこぼした。
ネオジェネシスの虜囚となってから、少なくない時間をブロルと共に過ごしたのだ。
「小生はお前に守られた。恩も怨も絶対に忘れん。必ず返してやる」
「「アンドルー・チョーカー」」
やがて近衛部隊が追いつくと、チョーカーは彼らにブロルの首を手渡した。
「お、お父様」
「な、なんておいたわしい」
ネオジェネシスの兄弟姉妹は、父であり統率者でもあった男の死を悼み、張り裂けるような慟哭が森の木立を震わせた。
「おい、フォクストロットよ」
「ひゃ、ひゃい」
チョーカーは、女装趣味の美少年という近衛部隊長に呼びかけた。
「ブロルの遺言だ。コトリアソビ……、レーベンヒェルム辺境伯の使いが、ユーツ領に来ているはずだ。この貝飾りを奴に渡せ」
「そ、それなら、ぼくたちと一緒に行きましょうよ。チョーカーさん、やっと恋人のミーナ様に会えますね」
フォクストロットの提案に、チョーカーは首を横に振った。
「いいや駄目だ。小生は、まだ大同盟に戻れない。生存も伝えなくていい。記憶を弄れる術者がいるのなら、いっそ小生が同行した事は消しておけ」
「そ、そこまでするんですか。ミーナさんとイチャイチャしたいって、あれだけデートプランを喋っていたじゃないですか?」
「先に片付ける仕事ができた」
チョーカーにとっても、愛する女の為に果たさねばならない使命だった。
「ブロルは、小生を邪竜討伐の切り札と言っていた。こいつの遺志を継いでやる。檻の中も外も等しく地獄というのなら、諸共にぶち壊すまでだ」
チョーカーは確信する。
じきにマラヤディヴァ国に安全地帯というものは無くなるだろう。
その時、恋人を絶対に守る為に、彼の立場でしか出来ない準備が必要だ。
「命果てた我が友ブロルとアルファ、愛するミーナ、そして馬鹿野郎のコトリアソビの為に……」
チョーカーは、ほんの少しだけ鍛えられた右腕でぐっと力こぶをつくった。
「高度の柔軟性をもって臨機応変に、邪竜ファヴニルの横っ面を引っ叩いてやるのよっ」
「ぼ、ぼくも協力しますよ。お父様の仇を討ちたいです。こ、近衛部隊長ですし、ちゃんと戦えます」
「むむむ。そうか、ならば……」
チョーカーがフォクストロットの耳元で作戦を告げると、ひいと小動物のような悲鳴をあげた。
「だ、大丈夫なんでしょうか。すっごく行き当たりばったりな気がします」
「ふ、秘密〝にしておきたい〟兵器と名高い小生を信じよ!」
「は、はいいいっ」
残念なことに、この場には常識に立脚したツッコミ役はいなかった。
その後、近衛隊長のフォクストロットは父を追って殉死という形で離脱し、アンドルー・チョーカーと行動を共にする。
副長のゴルフは近衛部隊を率いて南部へと撤退、港町ツェアで大同盟の特使であるドゥーエ一行との接触に成功した。
「辺境伯様!」
そこには異変を知り、ユーツ領へと急行したクロードの姿があった。
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