第416話 誰が封蝋を破ったか?
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一〇〇〇年の昔、この世界は一度滅んだ。
歴史の改変や宇宙法則の書き換えすら可能な、偉大なるトネリコの木……。
万象の根源に触れる為の、第一位級契約神器。――いわゆる〝七つの鍵〟が生み出されたことで、旧世界終焉は始まった。
人も国も、欲望と恐怖に衝き動かされるがままに争い、誰も彼もが塵となって滅び去った。
〝神剣の勇者〟と呼ばれる英雄が、〝黒衣の魔女〟と貶められた魔王を討ち、すべての鍵が消滅したことで、最終戦争は終結した。
「生き延びたテル曰く、人類は戦前の五パーセント未満まで減って、技術も文化も失った。終末を乗り越えた人々は、生きる為に寄り集まった」
「わたしの故郷、グリタヘイズの村もそのひとつだったんだね」
復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 花咲の月(四月)一六日夕刻。
クロードとソフィは、黄金色に輝く湖の中心にある愛情神フレイヤの祠で、ササクラ翁が遺した謎掛けを遂に解き明かした。
三枚の白布は古文書の写しへと変わる。
「これもテルから聞いたことだけど、一〇〇〇年前、〝神器の勇者〟は仲間と共にグリタヘイズ村を訪れている」
「そしてここに、勇者様の旅に同行していたユングヴィ大公家高祖マーヤ様と、その妹君メア様との間で交わされた書簡がある」
二人が読んだところ、そこには邪竜ファヴニル誕生に至る手がかりが記されていた
「マラヤディヴァ国は、世界海路の要衝だ。一〇〇〇年後の今も、大陸の佞臣軍閥〝四奸六賊〟がちょっかいをかけてくるように、当時隣国に割拠していた独裁者ゲオルクが魔手を伸ばした」
「グリタヘイズの村は、善良な龍神と彼を祀るファフナーの一族が守っていた。けれど、話し合いで解決しようとした一族の長は、どんな無理難題も受け入れて……」
最後には、味方であったはずの古参の村人達によって殺された。
そう書簡には記されていた。
「……首都の国主様に連絡しよう。裏取りが必要だ」
「これって、本当なのかな? だから龍神様は、あんな邪竜になっちゃったのかな」
三白眼の青年領主も、赤いおかっぱ髪の女執事も顔面蒼白だった。
「ソフィ。それでも、それでも、だよ。アイツの感情が理解出来るからこそ、僕はファヴニルが許せない」
クロードとソフィは、すぐさま首都クランへと事情を伝えた。
建国に関わる機密書類ゆえ、内容は首脳陣に限定して明かされたものの、大同盟の各領は天地がひっくり返るような大騒ぎになった。
(それにしても、先に封蝋を破ったのは誰なんだ?)
クロードは首を傾げたものの、さすがに犯人を見つけることは叶わなかった。
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 花咲の月(四月)一八日早朝。
マラヤディヴァ国マラヤ半島東のユーツ領領都ユテスで、火の手があがった。
軍太鼓が高らかに打ち鳴らされ、数百名の近衛兵隊が民間人を連れて門を破り、エングホルム領に向かって脱走する。
「よくも、よくも見苦しい姿を見せたわね」
邪竜の巫女であり、ネオジェネシスの幹部でもあるレベッカ・エングホルムは、一〇〇人ほどの手勢を率いて出撃した。
燃えるような赤い髪に〝レギンの半身たる〟桜貝の髪飾りをつけ、邪竜より授かった豪奢な首飾りを胸元に下げた女は、悪鬼羅刹もかくやといわんばかりの形相で、怒りに震えながら魔術文字を綴った。
「恥ずべき裏切り者め、ワラのように燃えて死になさい!」
彼女の手から、息も詰まるような腐臭漂う赤黒い炎が放たれて、ぼうぼうと燃え広がる。
黒い炎はまるで白紙に墨をこぼしたかのように、領都ユテスの家々を際限なく焼き払った。
「裏切りとは心外だ。なぜならあの子達は、ネオジェネシスの長たる私の命令で動いているのだから」
逃亡する群衆を守るように、白衣を身につけたビール腹の男、ネオジェネシスの創造者ブロル・ハリアンが立ちはだかる。
彼が手をかざすや、数キロにも及ぶ赤黒い炎は、息をふきかけた蝋燭の灯火が如くぷつりと消えた。
「信じられない。ブロル、貴方も見たはずよ。一〇〇〇年前の真実、人類がどれだけ救われない存在なのかを」
「ああ。ササクラ翁が集めた記録を、君と共に盗み見たとも」
ササクラ・シンジロウは、書類の入った封筒を三枚の白布へ魔術で変化させ、五行詩の謎をひとつひとつ解く事で、真相へ至るように準備した。
そして、変化の魔術を用いたが故に、出題者が意図しない抜け道ができた。
邪竜ファヴニルの代行者たるレベッカであれば、〝わざわざ手順を踏まずとも〟解呪できてしまう。
ブロルが検閲を許可したことで、二人は隠されていた真実を知った。
「私も故郷を奪われた身だ。愛する家族を殺され、龍神だったファヴニルが復讐を決意したのは、当然と思っている」
「だったらこのザマは何よっ」
ブロルは、ヒステリックに喚くレベッカを気にかけることなく、彼女のつけた首飾りへと呼びかけた。
「ファヴニル、聞こえているのだろう。丁度いい機会だ、一〇〇〇年前のことを教えて欲しい」
『へえ、ブロル。こんな騒ぎを起こしてまで、何を知りたいというんだい?』
レベッカの首飾りを中継し、鈴の鳴るような美しい声が響き渡る。
「ファヴニル。君が、家族を殺したグリタヘイズの村人を許せなかったのはわかる。惨劇までの状況を入念に作りあげたゲオルク配下達も同様だ。だが……」
ブロルは胸に渦巻いていた疑問を、噛み砕くようにゆっくりと口にした。
彼もクロードと同じく知りたかったのだ。ファヴニルが復讐に燃える龍神のなれ果てなのか、それとも自ら望んで悲劇を弄ぶ邪悪な竜なのか――を。
「直接の仇でも間接の仇でもなく、無関係だったはずの、マーヤ達の船を沈めたのは何故だ?」
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