第415話 最後の祠に隠されていたモノ
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 花咲の月(四月)一六日。
クロードとソフィは、ササクラ翁が遺した五行の詩と三枚の白布による謎掛け――
「時 を 報 せ る 天 の 大 塔
人 々 が 踊 る 珊 瑚 の 山
芙 蓉 が 祝 う 青 き 宝 石
空 水 地 の 祠 に 布 折 り
鶴 と 亀 と 兜 を 納 め よ」
――を解こうと、領都エンガを探索していた。
東の海から昇った太陽が、南の空をよぎる頃、二人は遂に空と水の祠をつきとめた。
白い布を鶴と亀に折って供えたところ、それぞれ赤と青に染まった。
残す謎は、あとひとつだけだ。
三白眼の細身青年クロードと、赤いおかっぱ髪の少女ソフィは、海岸沿いの寂れた公園で領都エンガの地図を覗き込んだ。
「ソフィ。先に解いた二つの謎を考えても、〝|芙蓉が祝う青き宝石〟が〝地の祠〟の場所と、神様を示しているのは間違いないと思う」
「クロードくん。青い宝石だから、海とか、島かなあ?」
二人は南国特有の青く輝く海と、緑に包まれた島々を見た。
海鳥がニャーニャーと鳴きながら、抜けるような空と水の狭間を舞っている。
「空の祠も水の祠も見つけたから、海辺は違う気がする。そもそも芙蓉ってどんな花だっけ?」
クロードの記憶にある地球日本の芙蓉は、白や桃といった淡色の花を咲かせる低木だった。
「えへへ。芙蓉はマラヤディヴァ国で、一番愛されている花なんだよ。一年中咲いているの。ほら、あそこにもあるでしょう?」
ソフィが白く細い手で指した公園の植樹区画には、薔薇を思わせるほどに鮮烈な、赤色や黄色の花々が咲き誇っていた。
(あれは仏桑華じゃないか。……しまった。別の国で、ましてや異世界で、日本の常識に囚われてどうする?)
ハイビスカスは、地球においてはアオイ目アオイ科フヨウ属の樹木であるが、当然ながら世界が違えば差異が生じるだろう。
そもそも、ササクラが残した謎かけは、弟子たるソフィに宛てたものなのだ。
マラヤディヴァ国で最も愛される芙蓉が、ハイビスカスを指しているのなら、おそらく正解に違いない。
「ソフィ、聞き込みをしよう。きっと、あの芙蓉が多い水辺が、最後の目的地だ」
「わかったよ、クロードくん。二〇分後にここで待ち合わせようね」
幸いなことに、二人は候補地をすぐに見つけることができた。
住民達がハイビスカスの名所として親しむ湖沼が、領都エンガの郊外に存在したからだ。
「湖の中央岩場には、愛情神フレイヤ様の祠が建てられていて、〝女神の翡翠と呼ばれているんだって」
「芙蓉の名所で、青い宝石と呼ばれ、女神が祀られている。よし、間違いなくアタリだ」
クロード達は馬車を飛ばした。
湖沼へと至る道中には、色とりどりのハイビスカスが咲き誇り、まるで宝石箱のようだ。
(日本でいう桜並木のようなものか。そりゃあ、名所になるよなあ)
目的地である水辺は、赤や黄の花々に祝福されるように、ひっそりと隠れていた。
空の色を映す湖面には、ぽつぽつと蓮の葉が浮いて、より深い青を描きだしている。
(ああ。蓮の別名は、水芙蓉だったっけ。ササクラさんはいくつもの解き方を用意してくれていたんだ)
クロードとソフィはボートを借りて、中央にある岩場まで櫂を漕ぎ始めた。
湖をわたる涼やかな風と、水しぶきの音が心地よかった。
互いの息を感じ、重ねた手から熱が伝わる中、少女は青年の心へ踏み込むように尋ねた。
「クロードくんは、さ。戦いが終わったらどうするの?」
「そうだね。もしもファヴニルを倒せたら」
クロードはソフィの問いかけに、悩みながらも口を開いた。
二年前に〝悪徳貴族〟の影武者を引き受けた時。
そして、一年前にルンダールの遺跡に潜った時。
彼が生き残る可能性は、万に一つも存在しなかった。
けれど、今は違う。か細く小さな活路だが、ソフィ達が作り出してくれた。
「まずは部長を、ニーダル・ゲレーゲンハイトを探してぶん殴るよ」
クロードが、ニーダルに助けられたことに疑いの余地はない。だが、それはこれは別問題だろう。
「養い子を預けて女遊びに耽る先輩には、友達としてケジメをつけないとね。それが終わったら、元いた世界に帰る方法を探したい」
「うん、うんっ」
赤いおかっぱ髪の少女。異邦人の少年が初めて心を許した女の子は、涙ぐみながらこくこくと頷いた。
「ソフィ、僕は生きるよ。本物のクローディアスも、ファヴニルも許せないけれど、この世界に来たことに後悔はない。皆と出会えたから」
クロードは、拳を握りしめた。
ありったけの力を込めて、勇気を振り絞り、心の中をむき出しにする。
「だからこそ、ソフィには僕がいた世界を見てほしい。一緒に来てくれないか?」
「ありがとう。わたしも、クロードくんの世界に行ってみたい。だって貴方が愛するものを、わたしも愛している」
太陽はいつしか西の山にかかり、湖面は黄金色に染まっていた。
二人は、愛情神フレイヤの祠に詣り、まるで結婚の報告でもするかのように、兜を折った白布を供えた。
その瞬間、兜は黄色に染まり――。赤い鶴、青い亀と共鳴するように光に包まれた。
「なんだ、これ?」
「封筒みたい。でも、蝋の封印が解けちゃってる」
クロードとソフィは、祠の前で白布が変化した封筒の中身を改めた。
マラヤ語、古典語、共和国語、果ては聖王国語まで様々な文字が書かれた複数の書類がまとめられている。
そして一番上の羊皮紙には、〝◯◯家伝書の写し〟や、〝●●宛書簡の写し〟といった目録が、かな文字と漢字で記されていた。
「どうやら抜けは無いみたいだけど、誰が先に解いたんだろう?」
謎掛けが柔軟な以上、たとえばカリヤ・シュテンならば解けるだろうが、何も言わないのは不自然だ。
(待てよ。ササクラ翁は、書類を白布に魔術で変化させた。〝変化の魔術〟なら、ファヴニルの得意分野じゃないか)
クロードの推理は、中途半端に打ち切られた。
「クロードくん、見て。後ろの方に、メア・ファフナーからマーヤ・ユングヴィへの書簡がある」
「なん、だって」
ササクラ翁が集めて、隠した情報こそは――。
クロード達が最後にまみえる怨敵。マラヤディヴァ国と、周辺諸国が手も足も出ずに沈黙した最悪の怪物。
邪竜ファヴニルの誕生に繋がる、手がかりだった。





