第414話 クロードとソフィの謎解きデート
414
三白眼の青年領主クロードと赤いおかっぱ髪の女執事ソフィは、川獺のテルから、不可思議な手紙と三枚の白布を受け取った。
それは、クロードと同じ日本から転移した異世界人であり、ソフィの師でもあるササクラ・シンジロウが、弟子へと遺した謎掛けだった。
「時 を 報 せ る 天 の 大 塔
人 々 が 踊 る 珊 瑚 の 山
芙 蓉 が 祝 う 青 き 宝 石
空 水 地 の 祠 に 布 折 り
鶴 と 亀 と 兜 を 納 め よ」
クロードはソフィと共に領都エンガを奔走していたが、ふとしたきっかけから謎を解く手がかりを掴んだ。
正午を告げる鐘の音が、ゴーンゴーンと響き渡ったからだ。
「ソフィ、〝時を報せる天の大塔〟は時計塔じゃない。きっと鐘楼や鐘塔のことだ」
寺社や教会は多くの場合、鐘を鳴らす為の設備が存在する。
「でもクロードくん。領都エンガの下町には、お寺や神殿がいっぱいあるよ」
逆に言えば、ありとあらゆる宗教施設が候補となるため、見つけるのは極めて困難だ。しかし――。
忘れてはいけない。ササクラの手紙は、弟子たるソフィが解けるように託されたのだ。
「ソフィ、探すのは〝天の〟大塔だ。天空神として有名な神様は誰だ?」
「クロードくん。それなら雷神トール様か、軍神テュール様だと思う。商業が盛んなマラヤディヴァ国じゃあまり見かけない神様だから……、地図のここ!」
「よし、行こう」
かくして二人は、馬車に乗って下町へと向かった。目指すは領都エンガで一番古いアース神教の教会だ。
無骨な門構えの教会で降りて、鐘塔へと走った。
アース神族。特に天空に縁深い二柱の神は武神という側面が強く、ササクラ翁にとっても親しみやすかったのかも知れない。
「片手に剣をもった隻腕の神様、あれか!」
「うん、あれが軍神テュール様。今、鶴を折るね」
クロード達は鐘塔の傍で、遂に探し求めたテュールの祠を発見した。
ソフィが手早く白布で折った鶴を供えると、ぽうと光に包まれて赤く染まった。
「「やったあ」」
クロードとソフィは抱き合いながら、その場で踊るようにぐるぐると回った。
二人の腕が絡みあい、薄い胸板と豊かな乳房がわずかに触れる。互いの鼓動を感じて、重ねた手は燃えるように熱かった。
「い、一行目の謎はやり遂げた。次に行こう」
「え、えへへ。でも、次の謎はもう解けたの?」
ソフィの問いに、クロードは白い歯を見せて親指を立てた。
「ああ、エングホルム領には白い岩、〝石灰岩〟でできた海岸があっただろう? あれらは大昔の珊瑚礁が変化したものなんだ」
「じゃあ、〝人々が踊る珊瑚の山〟って……」
「たぶん、石灰岩の平地じゃないかなあ?」
クロードの見立ては正しかった。
先程訪ねたリゾート地区の隣には、新しく造られた港湾と新興の住宅地区があり、かつては祭りに利用された広場があったという。
「役所に確認したら、元あった祠はこの公園へ移されたらしい。別の場所に移転したり、廃されていたりすると、厄介なことになりそうだ」
クロードは、ソフィと共に新興住宅街外れの公園を訪ねた。海鳥がニャーニャーと鳴いて、磯臭い潮風が吹き付けてくる。
人の居ない寂れた光景に、不安が芽生えた。本命の祠が行方不明になっていては、目もあてられない。
「ソフィ、珊瑚に関係ありそうな神様は?」
「海神エーギル様か、港湾神ニョルズ様だと思う。ほら、この釣具を持った足が綺麗な神様がニョルズ様だよ。早速試してみるね」
ソフィは慎重に白布へ折り目をつけて亀を折ってゆく。クロードの知るやり方ではハサミを入れるが、彼女は何度も折り返すことで、見事に膨らんだ甲羅と頭手足を表現してみせた。
折った亀を祠に供えると、再び光に包まれて青く染まる。
「やるじゃないか、ソフィ。いきなり的中したのか?」
「クロードくん。先生の仕掛けは祠じゃなくて、この白布にあるんじゃないかなあ」
「なるほど、大事なのは手順を踏むことで、正解に幅を持たせているのか」
どこまで融通が効くかは不明だが……。
神々には様々な側面があるし、折り紙も一つの作り方だけが正解というわけではない。
ササクラ翁は、そこまで考えた上で謎解きを準備したらしい。
「テルが悪戯好きって言ったのもわかる気がするなあ」
「わたしは、先生が謎を遺してくれて嬉しいよ。だって、クロードくんと解いてゆくの、楽しいもの」
柔らかな視線を交わした時、ほぼ同時に二人のお腹が小さく鳴った。
「あとひとつだけど、その前にお弁当を食べようか?」
「えへへ。お弁当はオニギリだよ。クロードくんが大好きな梅干しも、たくさん入ってるよ」
「そいつは、楽しみだ。お、あっちに屋台が出てる。付け合わせにスープを買って来ようか」
クロードとソフィは、静かな公園で肩を並べ、賑やかな街の様子を見ながらオニギリを頬張った。
カレーに似た野菜スープを、お互いにふーふーと冷ましながら食べ合いっこする。
忙しくなく行き来する街の人並み、南国らしい草木の匂い、海鳥の声と潮風……。
彼らがずっと求めた平穏が、ここにはあった。
「クロードくん、ぎゅっとしてくれる」
「うん。ソフィ、大好きだよ……」
「わたしも愛してる」
二人は互いの体温を確かめ合うようにして、唇を重ねた。
(幸せだなあ)
クロードもソフィも知っている。
もうすぐ最終決戦の幕が上がる。
そして、ササクラ翁が厳重に隠した謎の正体こそ、開演を告げるベルになるのではと……二人は勘づいていたのだ。





