第411話 大同盟とネオジェネシスの融和
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クロード達がエングホルム領を奪回したことで、ネオジェネシス戦争は大きな転機を迎えた。
拮抗していた北部戦線は、アリス・ヤツフサらがデルタ達を追う勝ち戦となり――。
劣勢だった首都方面軍は、〝姫将軍〟セイと〝万人敵〟ゴルト・トイフェルがマーヤ河付近で熾烈な戦闘を繰り広げる――。
とはいえ、この時点で大同盟がネオジェネシスに勝利することは、ほぼ確定していた。
むしろ重要だったのは、いかにして受け入れ、共存するかだろう。
復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 花咲の月(四月)一五日。太陽が南の空にかかる頃……。
ネオジェネシスの長兄ベータは、天幕が並んだ臨時キャンプの作業スペースで、大量の書類を上げ下げしながら滝のような汗を流していた。
「エコー。夜明けから頑張っているのに、決裁書類の山がまったく減らないのだ!」
「べ、ベータ兄上。書類を重りに……腕立てや腹筋を頑張っても、デスクワークが進むわけないでしょう? 手本を見せますから集中してください」
「ま、まさか、我が筋肉が敗北しようとはっ」
「筋肉の使い方が間違っています。他の弟妹を見習ってください。バリバリ進めているじゃないですか?」
「う、うわあああっ」
エコーのスパルタ教練と悲鳴が、臨時キャンプに響き渡る。
このように、浮世離れしたネオジェネシスも若干混じっていたものの……。
守将イザボーが教育した賜物か、エコー隊やエングフレート守備隊兵は即戦力となる社会常識を身につけており、エングホルム領復興の一助となっていた。
クロードはソフィ、イザボーと共に執務室で巡察結果と提出資料をチェックしつつ、ネオジェネシス兵の働きぶりに舌を巻いていた。
「ハインツ達に荒らされた街の炊き出しや、補修工事がもう終わっている。身体能力だけじゃない、チームプレイに長けているんだ」
「ふふふ。エングホルム領は、ネオジェネシス全体の武器食料を生産していたからねえ。どこに出しても恥ずかしくない、いい子達ばかりだよ」
「うんっ、きっと大歓迎されるよっ」
大同盟が誇る遠征部隊が、一時完封されたのはまぐれでも何でもなかった。
そんな要塞守備隊だが、どうもクロードとイザボーを同一視というか、似たような存在として慕っている節があった。
「そう言えば、ソフィが前に戦場で言ってたけど、僕とイザボーさんって似てるのか?」
「偉大な辺境伯様とアタイのような蓮っ葉に、共通点なんてあるはずがないでしょうに」
「二人とも悪ぶってるところとか、大切な人たちのために意地を張るところとか、そっくりだよ」
赤いおかっぱ髪の女執事ソフィに肯定されて、クロードとイザボーは思わず赤面した。
「……し、失礼しました。アタイは次の仕事に向かいます。ブロルのこと、よろしく頼みます」
「……あ、ああ。国主様とはもう話がついている。絶対に悪いようにはしないから」
大同盟にとって、ネオジェネシスとの融和は、すでに既定路線だ。
国主の遠縁であるドゥーエを特使に立て、侍女レアを助手に、シュテンを案内、ミズキを護衛につけて、ユーツ領へと派遣した。
クロードにとってもマラヤディヴァ国にとっても、絶対に残してはおけない真なる敵――邪竜ファヴニル――を討伐すべく、和平と共闘を申し込むのだ。
あえて冷たい言い方をするならば、テロリストの虐殺で奪われた働き手と、内戦で減少した兵力を補うために、ネオジェネシスは必要不可欠となっていた。
「部下達も、一度は非公式同盟を結び、ダヴィッドの緋色革命軍を相手に共闘した経験があって、ネオジェネシスの印象は比較的良好のようです」
夕暮れ時。
竜騎馬隊長のイヌヴェは、両軍による合同訓練を実施した後、執務室を訪れて告げた。
ネオジェネシスは人間でこそないものの、妄執に狂った悪党どもとは異なり、意志の疎通が容易だ。
〝悪逆非道なテロリストから民衆を救いだした組織〟という側面があることを、一般の兵士達も承知していた。
「といっても、ユーツ領から逃げ延びた兵士の中には、心中複雑な奴もいるようです。ま、ネオジェネシスが食い殺したのは、マラヤディヴァ国を裏切って、緋色革命軍についた貴族や軍人ばかりだ。正直、オレ達が配慮する義理はありませんな」
最大戦力である歩兵隊を束ねるサムエルも、肩をすくめながら補足した。
「そこから更に寝返った生き残りや、人喰いに狂ったネオジェネシスは、ハインツが旗揚げした〝新秩序革命委員会〟ごと全滅させたんでしょう? もう邪竜以外に敵はいないんじゃないかなあ」
魔術支援隊を指揮するキジーは、二年以上にわたる戦争が終わることを自覚して、ゆっくりと息を吐いた。
そして、なにかを思い出したとばかりにはたと手を打つ。
「……そうだ、辺境伯様。テルさんから、領都エンガの図書館に来て欲しいと連絡がありました。ソフィさんに確認して欲しい資料を見つけたそうです」
「テルが? あいつ希少本でも見つけたのか?」
「大切な本? わ、わたしそういうのわからないよ」
クロードとソフィは目を白黒させたが、キジーはそれ以上語ることなく、イヌヴェやサムエルと共に部下達の元へ戻って行った。
「ま、行けばわかるか。ソフィ、明日は久しぶりの休日だろう。一緒に行こうよ」
「えへへ、デートだね」
クロードとソフィはそっと手を繋いで、顔をリンゴのように赤く染めた。





