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七つの鍵の物語【悪徳貴族】~ぼっちな僕の異世界領地改革~  作者: 上野文
第六部/第三章 師が巫女に遺した謎かけ
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第410話 創造者と地下室捕虜の別れ

410


 大同盟とネオジェネシスは、マラヤ半島の北・中・南部の三つの戦場でそれぞれ争っていた。

 クロードが率いた遠征部隊は、南部エングホルム領でイザボー・カルネウスが指揮する要塞守備隊を包囲し――。

 アリス・ヤツフサが同行した主力部隊は、北部メーレンブルク領でデルタ、チャーリーと共に戦う遊撃部隊と互角の山岳戦を繰り広げ――。

 〝姫将軍ひしょうぐん〟セイは自ら陣頭に立って、中部ユングヴィ領の首都クランを守るべく、〝万人敵ばんにんてき〟ゴルト・トイフェルの猛攻に耐え忍ぶ――。


「つまるところ、南は大同盟が優勢で、北は互角、中部はネオジェネシスに分がある。いずれかの戦場で確実な勝利を得た側が、最終勝利者となるわけだ。……ま、小生がいたなら、もっと早くに決着したわけだがっ!」

「貴君の場合、大勝か大敗かのどちらかだろうけどね」


 ユーツ領領都ユテスの地下牢では……。

 囚人服を着たカマキリを連想させる陰気な捕虜と、酒樽のように丸々した身体に白衣を羽織った男が、牢の柵越しに向かい合っていた。


「やかましいぞ、ネオジェネシスの創造者ブロル・ハリアンよ。クローディアスがエングホルム領を落とした以上、賭けは小生の勝ちだ。命を張った甲斐があったというものだ!」


 捕虜はいつになく陽気な笑みを浮かべて両手でV字サインを作り、酒も入っていないのに千鳥足で踊り、酔っ払ったような声で軍歌を唄い始めた。


「……私が言うのもなんだが、貴君も大概に傍若無人ぼうしゃくぶじんだね。恋人のミーナくんに愛想を尽かされないよう、細心の注意をはらいたまえよ」

「お前らが閉じ込めているんだろうがっ。ああ、ミーナ殿の髪が、肌が、温もりが恋しい」


 陰気な捕虜は、芋虫のように牢の中を這いずって、天を仰ぎながら悲痛な叫びをあげた。


「ぎゃおーす! 小生が解き放たれた暁には、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に、容赦なく仕返しをしてやるからなあ。恥ずかしい思い出のノートとか公表してやるっ」

「うわあ。それは勘弁してくれないか」


 ブロルは捕虜の言動に後退りして、止めどなく冷や汗を流した。


「いけないいけない。雰囲気に飲まれてしまったよ。この鍵なんだが……」


 ブロルは胸ポケットから鍵を取り出して、牢の錠前へ差し込もうとした。


「いやった。ラッキー!」


 しかし捕虜の反応は、それ以上に迅速だった。

 彼はまるで手品のように柵の鉄棒をくるりと引き抜いて、隙間からにゅっと腕を伸ばした。


油断大敵ゆだんていてき伏寇在側ふくこうざいそく注意一秒ちゅういいちびょう怪我一生けがいっしょうってなあ」


 捕虜は鍵を奪い取って牢から飛び出し、ブロルの首筋へ尖った鉄棒を押し当てた。

 酒樽めいたネオジェネシスの首魁も、電光石火の早業には、怒るよりも先に感心するばかりだった。


「まいったな。どうやって脱出の手筈を整えたんだ?」

「ふひひひ。ベータが差し入れてくれたトレーニング器具とポージングオイルを使えば、音を立てずに柵を切るくらい楽勝よぉ」


 どうやら囚われの捕虜は、ブロルの息子と趣味について語り合いつつ、さりげなく準備を整えていたらしい。


「貴君は特殊部隊の長としては、間違いなく最高の人材だよ」


 ブロルは、心の底から捕虜を讃えた。

 言うは易いが、行うに難しい。機に臨んで変に応じるという一点を見れば、世に並ぶ者なき傑物だ。


「でも、行き当たりばったりが過ぎるのは、どうかと思うなあ」

「ふひゃははは。負け惜しみご苦労っ。悪いが人質になってもらう。大丈夫、殺す気なんてないから大人しくして……」


 ブロルはまくしたてる捕虜の手を掴み、尖った鉄棒で己の首を突いた。


「え、ええっ。ちょ、待て。やめろお」


 捕虜が握る凶器は、ブロルの皮膚一枚を裂いて血を流すも、やがて首の肉に耐えきれずポキリと折れた。


「私は、第一位級契約神器〝イドゥンのリンゴ〟の盟約者だ。その程度の武器では、殺すことはできないよ」

「じ、冗談だったんだ。生意気を言ってすみませんでしたあ」


 ブロルがひょいと肩をすくめると、陰気な捕虜はくるりと身を翻して土下座した。


「貴君は本当に愉快だなあ。白状すると、今日は逃がすつもりで来たんだ。だから、好きにしたまえ」


 捕虜は陰気な顔を床に押し付けたまま、沈黙を守った。

 どれだけの時間が経っただろう? ブロルがハンカチで血を拭い、なにか餞別に渡すべきだろうかと思案していると、絞り出すような問いかけが聞こえた。


「わけがわからん。なぜ今になって小生を見逃す? いや、なぜ今日まで小生を生かし続けた?」

「私は、貴君を邪竜ファヴニル討伐の切り札と考えていた。これまで不自由を強いて悪かったね」


 ブロルの評価は、本心からのものだ。

 しかし、捕虜は納得しかねるようだ。


「……ブロル、お前は邪竜に肩入れしていた筈だ」

「ずっと迷っていたよ。ファヴニルの過去には同情するし、共に戦いたいとも思って、いた、んだ」


 ブロル・ハリアンが、クローディアス・レーベンヒェルムを名乗る少年と、〝グリタヘイズの龍神〟の三人で、新しい時代(ネオジェネシス)を切り拓きたいと願った過去に嘘はない。


「けれどファヴニルは、私のかけがえのない二人の友を傷つけた。だから、ケジメをつけにいくのさ」


 ブロルが内心を吐き出すと、捕虜は慌てて立ちあがり、制止しようとばかりに、両手を大きく広げて挑みかかった。


「よせ、ブロル。アルファやベータを、お前を慕う子供達を置いて行く気か?」


 捕虜は、傍若無人を絵に描いたような男だった。同時に、たったひとつしかない命を張るくらいには、友情に厚い漢でもあった。


「前言は撤回しよう。小生だって〝お前のエロ本を全て公開したい〟くらいにしか恨んでいない」

「ハハ、恨まれているのは本当だったか」


 ブロルは、飛び込んできた捕虜の体をくるりと半回転させると、地上へ続く階段に押し出すようにトンと背を叩いた。


「最初から決めていたことだ。半端な覚悟で、クローディアス・レーベンヒェルムに敵対したわけではない」


 かつては不健康だった捕虜の身体も、牢生活で変化したのか、目に見えてわかるほどに鍛えられていた。


「さらばだ、アンドルー・チョーカー。貴君と過ごした日々のことは忘れない」


 〝万人敵ばんにんてき〟ゴルト・トイフェルに特攻して辛くも生き延びた英雄――。

 アンドルー・チョーカーは、目頭を押さえた。別れの時だと、理解したからだ。


「わ、忘れるなよ、ブロル・ハリアン。小生こそは大同盟の、マラヤディヴァ国最強の将軍だ。お前の首を落とすのは、邪竜なんかじゃないんだからな!」


 ブロルは、捨て台詞を残して去る友を見送って、重い息を吐いた。


「これでいい。あとは私がいなくなった後、子供達が人間とうまくやれることを願うだけだ……。辺境伯、君には甘えてばかりだね」


応援や励ましのコメントなど、お気軽にいただけると幸いです(⌒▽⌒)

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◆上野文より、新作の連載始めました。
『カクリヨの鬼退治』

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[一言] チョーカータイチョーやっぱり生きてましたか(ゴルド&レベッカの掛け合い時のペットでひっかっかってましたが) ところで、チョーカータイチョー……大同盟に帰還したらきっとみんな少し怒りながらも…
[良い点]  こんばんは、上野文様。更新お疲れ様です。  チョーカーさん、生きてらっしゃったんですね。  クロードとやミーナさん達が知ったら、きっと大喜びです。  チョーカーさんの生存により、今後の展…
[一言] チョーーーカーーー!!! さんっ! 生きとったんか!  これ、僕が時間軸読み間違ってるんじゃ無いですよね? 良かった!良かったよぅ!(号泣 すみません、ちょっとテンション上げ過ぎました。 …
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