第408話 エングホルム領解放とイザボーの結末
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三白眼の細身青年クロードは、桜貝の髪飾りに変化した侍女レアと、龍神の巫女たる女執事ソフィの力を借りて、光り輝く拳を顔なし竜へと叩きつけた。
いまだ〝名前の無い必殺技〟は、全長一〇mに達する巨大な蛇を、目も眩むような光柱で包み……。
囚われのイザボーを救出した後、肉片ひとつ残さず消滅させた。
「「いやったあああ。辺境伯様が我らのマムを救ってくれたぞ」」
敵対していたはずのエングフレート要塞守備隊兵は、上官の無事を知って感涙にむせび――。
「「どうよ、これが俺たちの大将だ! あ、ボーナス期待してまぁす」」
クロードと共に戦ってきた大同盟遠征部隊は、誇らしげに胸をはる――。いつの間にか残業手当申請が、臨時賞与の請求へとランクアップしていた。
「ああもうっ。手当てに色をつけるし、盛大な宴もやるから、好きなだけ飲んで食べてくれ」
「「ひやっほお。ごちになりやーす」」
クロードと兵士達が戦勝を喜んでいる間に、青髪の侍女レアは親指姫めいた人形のような姿へと戻っていた。
「御主人さま。見事な鋳造魔術でした」
レアは、クロードの首筋へそっと寄り添う。
「えへへ、クロードくん。カッコ良かったよ!」
赤いおかっぱ髪の女執事ソフィも、にこやかに微笑んで腕を組んで抱きつく。
「二人がいてくれたから、できたんだよ」
クロードはレアに指を添えて熱を感じ、ソフィを抱き寄せて胸の柔らかさに赤面したものの、小さな声で感謝を伝えた。
「……辺境伯、いい雰囲気を壊すようで悪いんだけどさ」
九死に一生を得たイザボーは、眼前でいちゃつく若者達に絶句したものの、これだけは確認しようと問いかけた。
「アンタは、いったい誰と戦っているんだい?」
「邪竜ファヴニルだ」
クロードの真っ直ぐな返答を聞いて、イザボーは得心したとばかりにゲラゲラと笑い始めた。
「負けたよ。いや、勝負にすらなっちゃいなかった。アンタの、勝ちだ」
イザボーは鎧兜を脱ぎ捨て、クロードと握手を交わした。
「ああそうだ、辺境伯。もうひとつ教えとくれよ。いったいどっちが本妻だい……?」
クロードは一瞬言葉を失ったが、幸いにも答えを急ぐ必要はなくなった。
先程の呪いを思い出したのだろうか? イザボーが直後、何か恐ろしいものでも見たような顔で卒倒したからである。
「「ああっ、マムが倒れた。急いで救護室に運ぶんだ」」
復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 花咲の月(四月)一日。
月が昇る頃、エングフレート要塞攻防戦は終結した。
天下分け目の決戦故に、多大な負傷者こそ出たが――。意外にも死者は少なく、両軍が互いの健闘をたたえ合って杯を交わすという、前代未聞の結末となった。
大同盟遠征部隊は、要塞守備隊の武装を解除して北上。花咲の月(四月)八日には領都エンガを制し、エングホルム領の奪還に成功する。
ネオエジェネシスの創造者ブロル・ハリアンが待つ、ユーツ領の領都ユテスはもう目と鼻の先だった。
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さて戦闘が終わって、それで万事解決とはいかない。
特に投降者の問題は、首都クランの国主グスタフ・ユングヴィと、彼の懐刀であるマティアス・オクセンシュルナ議員の胃をおおいに痛めつけた。
「まずネオジェネシス長兄のベータ君だが、政治的影響も考えて伯爵位と官職を送ろう。エコー君も昇進させて補佐についてもらう」
「閣下。調略の際に爵位を用いる前例はあり、古い法律も存在します。議会も認めることでしょう」
一件目は、すんなり片付いた。
〝ベータを名乗る〟領都大火計画の主犯は、すでに死亡している。
大同盟に投降した〝本物の〟ベータに、大同盟と交戦記録がなかったことは、国主達にとって極めて都合が良かった。
実際には同一人物であっても、こういったカバーストーリーで、ゴリ押すことができたからだ。
しかしながら、二件目からは問題がややこしくなる。
「次にカリヤ・シュテンだが、辺境伯からは赦免の陳情が、我が親戚殿からは牢へ閉じ込めろとの手紙が届いている。どうしたものかね?」
「ハインツ・リンデンベルクを討伐した際、カリヤ・シュテンとは一度共闘しました。その戦功は考慮すべきです」
国主グスタフの相談に、オクセンシュルナ議員は、猛禽のような鋭い目を光らせて答えた。
「……そもそも、辺境伯様かドゥーエ様でなければ太刀打ちできぬ人物を、どこにどうやって閉じ込めるのです?」
「それもそうだ。功罪は相殺し、辺境伯の監督下に置く、というのが落とし所か」
グスタフは、ドゥーエが悲鳴をあげる姿を幻視したが、これもいい勉強だと迷わず命令書に署名した。
「最後に、イザボー・〝カルネウス〟だが……。ルクレ領とソーン領から連絡があった。カルネウス伯爵家の残党が蠢いているんだって?」
「傍流の男爵家を含む一部貴族が『大量殺人の咎で処刑すべきだ』と主張して、賄賂をばらまいていました。すでにハサネ・イスマイールが派遣した諜報部隊が拘束し、真犯人である傭兵団〝毒尸鬼〟隊との関係について調査中です」
カルネウス伯爵家には、一揆を起こした村衆を殺害し、〝存在を消された子〟であるイザボーに冤罪をなすりつけた罪禍があった。
残念ながら、実行犯は〝楽園使徒〟の決起から始まる混乱の中で、行方不明となっている。
「特殊な毒物を用いる傭兵団と聞いている。いまだ捕縛されていないのが気にかかるが……、彼女の汚名が晴れるといいね」
「イザボー隊がかつて徘徊怪物から守った町村や、ヨハンネス提督の部下達からは、助命嘆願が届いています。彼女ならいずれ誤解も解けるでしょう」
グスタフは顔をあげて、オクセンシュルナ議員を見据えた。
「マティアス、善は急げという。イザボーには、カルネウス伯爵家の跡目を継がせよう」
「閣下。お言葉ですが、裏切りを問題視する者が出るでしょう」
議員の冷徹な指摘に、国主は茶目っ気たっぶりに片目を瞑った。
「なあに……。イザボーが裏切った相手は、アネッテ夫人やエステル嬢を殺して成り代わろうとした反逆者に、人身売買をやらかした国賊に、大量虐殺の虚栄怪物に、味方殺しの外道博士だろう。どいつもこいつも、マラヤディヴァ国にとっては朝敵じゃないか」
「確かに、ごもっともです。イザボーが救われると良いですな」
かくして数奇な運命の果て、イザボーは奪われたものの一つを、取り戻すことになった。
叙爵を受けた女傑は、ただ一筋の涙を流したと伝えられている。
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