第403話 エングフレート要塞激戦
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クロード達は、難攻不落のエングフレート要塞内部へと侵入を果たし、ネオジェネシス守備隊をおおいに混乱させた。
大同盟遠征部隊は、内側と外側からの挟撃で要塞を攻め立て、降伏を勧告するも……。
「お断りだ、悪徳貴族。この要塞を落としたきゃあ、アタイを討ってからにするんだね」
守将であるイザボー・カルネウスと、彼女を慕う兵士達は拒絶した。
「術式――〝鬼蜻蜓〟――起動!」
イザボーは、第六位級契約神器ルーンファンと、ドクター・ビーストの遺産である理性の鎧の力を重ね合わせ、虫と人型が入り混じった異形へと変身を果たす。
長い触角と丸い複眼を備えたヘルメットをかぶり、まだら模様のバイオスーツを着て、半透明の翼を広げた外見は、確かにオニヤンマを連想させた。
そして、変身を遂げたのは、彼女一人に留まらない。
「「もはや我々に後はない。出し惜しみはなしだ!」」
クロード達を取り巻く白髪白眼の守備隊兵のうち、およそ一〇〇名の精兵もまた、アリのような甲冑装束へ姿を変えて、剣や槍を手に斬りかかってきた。
「クロード。こうなったら交戦は避けられない。ひとまず切り抜けるぞ」
ネオジェネシスの長兄たる巨漢ベータは、友たるクロードの背中を守ろうと、今や敵となった同胞へ豪腕を叩きつける。
ベータの鉄拳が黒金の装甲を砕き、背後から迫る守備隊兵を吹き飛ばす。しかし――。
「ベータ兄上。貴方の剛拳こそ、我らの憧れ。ならばこそ、乗り越えて見せようっ」
薙ぎ倒された黒い装甲兵達は、後方の一般兵達によって集団で受け止められ、すぐさま治癒と修復の魔法を施されて復帰した。
ベータの弟妹達は、互いに庇いあうことで隊列を維持し、一糸乱れぬ連携で攻め寄せる。
「ベータっ、無理はいけない!」
クロードは、背後へ突出するベータを諌めようと手を伸ばした。
ネオジェネシスは、ただでさえ人間以上の身体能力を誇るのだ。
パワードスーツで更に力を増し、チームプレイで戦えば、その脅威は計り知れない。
「心配無用だ。これが兄弟で切磋琢磨するということかっ。いいぞ、お前達の覇気は、我が筋肉で受け止める」
ベータはクロードを制止し、力こぶひとつ見せると、白い歯を爽やかに輝かせた。
彼は鍛え抜いた鉄塊のような肉体で、剣を受けては折り、槍で刺されては砕きと、八面六臂の活躍を見せた。
さすがに衆寡敵せず、アリ兵の群れと乱戦状態に陥るも……。
「クロード、こちらは任せてくれ。今の内にイザボーを抑えるんだ」
「そういうことか。ベータ、恩にきる」
この結果こそ、ベータの誘導に他ならない。
彼の目的は、クロードがイザボーと十全に戦えるよう、血路を切り開くことだったのだ。
「私も御主人さまの道を開きましょう。鋳造――はたき」
人形のように小さくなった青髪の侍女レアもまた、ベータがこじ開けた隙を広げようと、包囲する兵士達へ無数のはたきを投げつけた。
「御主人さま。イヌヴェ様達、外の部隊が到着するまでは、私達が御守りします。どうか思うままに戦ってください」
レアはクロードの肩から跳躍し、はたきの一本に飛び乗って、あたかも箒で飛ぶ魔女のように空を駆けた。
彼女は、ネオジェネシス兵の隙間をくぐり抜けながら、更にはたきやバケツをばらまいて、守備隊を撹乱する。
「「うおおおっ、レア様に続け。辺境伯様に寄せ付けるな」」
クロードが率いてきた奇襲部隊も、横転させた投石機や、要塞内に積まれた土嚢を盾にして、少しでも敵を押し留めようと銃や魔法で応戦する。
彼らの活躍で、イザボーが擁する敵兵の厚い壁がわずかに崩れた。
「ソフィ様。どうか辺境伯様をお願いします」
「うん、彼のことは任せて」
赤髪の女執事ソフィが片目を閉じて、仲間たちへ手を振った。
クロードは、彼女のチャーミングな横顔に思わず見惚れそうになったが、そんな余裕はなかった。
イザボーは待ち受けるのではなく、むしろ積極的に切りかかってきたからだ。
「クローディアス・レーベンヒェルム。ブロル・ハリアンが認め、ヨハンネス・カルネウスを倒したという力、見せてもらおうか!」
イザボーは異形の鎧から生えた毒々しい爪を振るい、クロードの愛刀、八丁念仏団子刺しと激しい火花を散らした。
加えてイザボーに付き従うアリ型装甲兵の群れが、手の離せないクロードの背を狙って槍を手に駆けてくる。
「遺憾ながら、お生命頂戴するっ」
「くっ、数が多いっ」
「クロードくん、わたしが傍にいるよっ」
クロードは足先で魔術文字を綴って、土で作られた柱を次々と隆起させ……。
ソフィが柱と柱の間を舞うように駆けながら、水の刃が伸びた杖を手に薙刀術と魔術を駆使して、要塞兵の突進を食い止めた。
「クロードくん、前の戦いで鹵獲した鎧を調べたんだ。イザボーさん達の装備は改良されているけど、時間制限がある。ここを耐え切れば大丈夫だよっ」
「ソフィ、そいつはグッドニュースだ。希望が持てる」
クロードの顔色に血色が戻り、愛刀を握る力が増す。
彼は、装甲服から伸びた半透明の翼で低空浮遊するイザボーへ果敢に斬りつけるが……。
「はっ、元より外の援軍が到着すれば、アタイ達の負けさ。その前にアンタを潰せば大同盟は終わる!」
イザボーも、長い爪を使って負けじとばかりに応戦する。
また彼女の手には、巨大な扇子めいた凶器が握られていて、器用に開閉を繰り返しながら剣を受け流すため、思うように決定打を与えられない。
「イザボーさん。僕と戦うのは、僕がヨハンネス・カルネウス提督の仇だからか?」
サムエルが調査を始めてわかったのだが、イザボーは不自然なほどに、過去の記録が抹消されていた。
とっかかりとなった手掛かりは、緋色革命軍に所属していた頃に、ヨハンネス提督によって姪御と呼ばれ、『まるで実の娘のように可愛がられていた』という証言だった。
「いいや辺境伯、それは違う。叔父貴は満足だったろうさ。ネオジェネシスに誘った時も、アンタやロロンと戦いたいから、って断られたんだ」
クロード達大同盟は、ユングヴィ領沖の一大会戦でヨハンネス提督と戦い、旗艦が撃沈される寸前まで追い込まれながら、辛くも勝利を収めた。
「アタイも実の所、恨みなんてない。アンタをぶちのめすのは、ダチと家族のためだ。野郎ども、息を合わせなっ」
イザボーが巨大な扇子を広げながら浮遊し、合図を送る。アリ型装甲兵達の準備が整ったらしい。再び攻勢が来る。
クロードは、傍で杖を振るう少女の手を強く握った。
「ソフィ、ワガママに付き合わせてすまない。一緒に戦ってくれ」
「もちろんだよ。あのイザボーさんって女性、クロードくんに似てるんだ。放っておけないよ」





