第402話 イザボーの決断、最後の技術
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クロード達は本隊が建設中の橋を囮に、ベータの契約神器を使ってエングフレート要塞内部に潜入、ネオジェネシス守備隊を大混乱に陥れた。
「全員注目! アタイを見ろ!!」
しかし、灰色の軍服の上に革鎧を身につけた女傑が、浮き足だった兵士達の中心へと躍り出るや……。騒乱状態だった要塞は、たちまちのうちに静まりかえった。
「彼女が、このエングフレート要塞の守将イザボーか」
クロードは、歴戦の傭兵めいた風格を持つ女傑から並々ならぬ気迫を感じ取った。
だが、気圧されてはいられない。このまま無血開城に持ち込もうと、一歩を踏み出そうとする。
しかしその直前、ベータが巌のような筋肉ダルマの巨体を活かし、クロードの盾となるよう立ちはだかった。
「クロード! このベータら、ネオジェネシスには表層意識を共有できる異能がある。先ほど混乱を止めたのも、その力を使ったのだろう。イザボーはまだ勝負を諦めていない」
「そうか。だとしても、カリスマがかった人心掌握能力だね。戦闘は避けたいのだけど……」
「このベータが共に話をしよう。それがネオジェネシスの長兄としての務めだ」
クロードとしては、ベータの提案は願ったり叶ったりだった。
同行を頼んだのは地下からの奇襲も勿論だが、同じくらい、ネオジェネシス兵達を穏便に投降させたいという思惑があったからだ。
「僕がクローディアス・レーベンヒェルムだ。イザボー・〝カルネウス〟。貴方達の奮闘に敬意を表する。身分、財産、生命のすべてを保障しよう。だから、どうか武器を捨てて欲しい」
クロードは、サムエル達が調べあげた彼女の本名を呼んで降伏を勧告するも――。
「お断りだ、悪徳貴族。この要塞を落としたきゃあ、アタイを討ってからにするんだね」
――にべもなく切って捨てられた。
要塞内のネオジェネシス兵もまた、イザボーを守るように陣形を組み、槍や銃を構える。
ベータは、そんな同胞を牽制するように、ゴキゴキと肩を鳴らしながらクロードの隣へと並び立った。
「待て。これ以上の戦闘は、親父殿の本意ではない。このベータが、我が筋肉と魂に賭けて誓おう。降伏してはくれないか?」
ベータの存在は、やはりネオジェネシス兵にとって大きかったらしい。
白髪白眼の守備隊員達は、目に見えて顔色が青ざめ、隊列すらもバラバラと乱れた。
イザボーは、蜘蛛型モンスターの脚部を骨組に使った扇子を一振りして、兵士たちの視線を再び集める。
「ベータ。アンタがそっちに着いたってことは、シュテンも敗れたんだね」
「その通りだ。イザボー、貴女ならば親父殿の真意を知っているはずだ」
ベータの問いかけに、イザボーは遠くを見るように視線を逸らした。
エングフレート要塞の外側では、今も沼にかける橋の建造が進んでいる。
クロード達の攻撃で、投石機のような迎撃設備を失い、マスケット銃をはじめとする装備も故障、食料や物資も尽きかけている。
ここで戦いを止めても恥ではない。むしろ賢明な判断といえるはずだ。
「断る。なぜならアタイは、裏切りを重ねるロクデナシだからね。ブロルの望みなど知ったことか!」
しかし、イザボーは取り付く島もないとばかりに拒絶した。
「なぜだ? なぜ無意味な戦いを望む?」
「無意味なんかじゃないさ。なあ、ベータ。ひとりくらい、アイツについていくダチが居てもいいだろ?」
イザボーが口角を歪めて囁いた瞬間、クロードとベータは説得の失敗を悟った。
彼女を衝き動かしているのは、どうやら理屈ではないらしい。
「「マム! 我々も御供します」」
そして、エングフレート要塞内に残るネオジェネシス兵も、イザボーに殉じるようだった。
「アタイの、つまらない意地につきあう必要はないんだよ?」
「「我々一同にとって、創造者ブロル・ハリアンは生みの父であり、イザボー・カルネウスは、育ての母です」」
ネオジェネシス兵達の反応に……。
クロードは、かつて自分を庇ってベナクレー丘で果てた戦友達の姿を思い出して、痛む胸を押さえた。
「わかったよ、わんぱく息子にやんちゃ娘ども。以後の対処は、精神感応で送る。総員、死力を尽くせ!」
「「イエス、マム!」」
クロードは、イザボーが確固たる信念を抱いていることをもはや疑わなかった。
サムエル達が調査して明らかとなったことだが……。
彼女が一度ハインツに協力したのは、単純に裏切ったのではなく、人質を取られた上で、ブロルの意を受けて潜入捜査をしていたのが実情のようだ。
「イザボーさん、貴女は裏切り者なんかじゃない。エコー達だって和解を望んでいる。どうして命を粗末にする? 皆で家へ帰る選択肢だってあるだろう!?」
クロードの叫びは悲痛だった。
(ああ、僕はどの口で彼女を咎めているのだろう?)
クロード自身もまた、他に選択肢を見出せなかった故に……。
ファヴニルと諸共に滅びるという衝動に、ずっと駆りたてられていたではないか。
(僕は、レアが、ショーコが止めようとしても止まらなかった)
だから、わかってしまう。
イザボーもまた止まらないだろう。
そしてクロードは、ソフィにはなれないのだ。
「辺境伯。しょせん、この身は浮き世をさすらう、宿無しの蜻蛉さ」
イザボーがあおぐ扇子の骨子、大蜘蛛の脚部分がニョキニョキと伸びて、彼女の革鎧を包み込む。
「だが、甘く見るんじゃないよ。クモを喰らうトンボだっているんだからね」
彼女の扇子、第六位級契約神器ルーンファンが隠されていた膨大な魔力を解放。
灰色の軍服が波うつ魔術文字に覆われて、メタリックな装甲へと変化した。
「特殊武装を許可する。蜻蛉の鎧よ、目覚めろ。術式――〝鬼蜻蜓〟――起動!」
イザボーが叫ぶと同時に、彼女の革鎧と軍服は混ざり合い、怪物的な意匠の大鎧へと変貌した。
頭部も長い触角と円状の視覚素子を備えたヘルメットに覆われて、鎧の外見はまさに鬼めいたトンボを連想させた。
「イザボー。それは、ドクター・ビーストの遺産、理性の鎧と契約神器の合わせ技か!?」
かつてエカルド・ベックが、異界の技術と契約神器の融合を目指した『異形の花庭』
イザボーが持ち出した切り札は、おそらくその理論を発展させた完成型だろう。
「クローディアス・レーベンヒェルム。ブロル・ハリアンが認め、ヨハンネス・カルネウスを倒したという力、見せてもらおうか!」
イザボーは異形の鎧から生えた毒々しい爪を振るい、クロードの愛刀、八丁念仏団子刺しと激しい火花を散らした。





