第398話 三隊長の衝突と結束
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クロードがハインツ・リンデンベルクを討伐し、カリヤ・シュテンと激闘を繰り広げていた頃――。
大同盟遠征軍を任されたイヌヴェ、サムエル、キジーの三隊長は、エングフレート要塞に進軍するも、守将イザボーが率いるネオジェネシス軍に撃退された。
イザボーは更なる勝利を求め、前任指揮官のハインツも利用した魔術装置を使い、青空に自身の幻像を映して大同盟軍を煽り倒した。
「やあやあ腰抜けども、遠くから来て無様な踊りをご苦労様。姫将軍セイがいなきゃ、何もできないのかい? それともか弱いアタイが怖いのかい?」
見え見えの挑発は、効果てきめんだった。
「「よくも言ったな。お前なんか怖かねぇ。野郎ぶっ殺してやる」」
イヌヴェやキジーを筆頭とする若い兵士たちは、熱したヤカンのように頭から湯気を立てて、真っ赤な顔で再出撃にとりかかった。
「落ち着け。それこそ、セイ嬢ちゃんの顔に泥を塗ることになるだろうが!」
サムエルら、傭兵や冒険者あがりのベテラン兵が必死でいさめたものの、大同盟が設営したキャンプの空気は最悪だった。
「サムエルさん、何故止めるんです? セイ司令が命をかけていることを知らないわけじゃないでしょうっ」
イヌヴェは、軍刀に手をかけて邪魔をするなら斬るとばかりに吠え立てて――。
「たまたま向こうの準備が良かっただけで、弱気になってどうするんだ。この戦いは速度が生命線なんだぞっ」
キジーもまた、魔法の行使も辞さないとばかりに杖を握ってさえずる――。
「急ぐからこそ、冷静になれって言ってんだよ!」
サムエルは、髪の薄くなった額から冷や汗を流して、駆け出そうとする兵士たちを押し留めた――。
「オレにも、お前達の気持ちはわかる」
総司令官である姫将軍セイは、ネオジェネシス最強の将軍〝万人敵〟ゴルト・トイフェルが率いる大軍を僅かな手勢で引き付けて、苦しい戦いを強いられている。
若い兵士達は、イザボーの罵詈雑言にムカっ腹を立てたのは勿論だが、敬愛する上官であり、アイドルでもあるセイを救いたいと燃え上がっているのだ。
「自分達は〝無敵要塞線〟だって突破しました」
「周囲の衛星砦だって落としたじゃないか。たかが要塞ひとつ、どうってことないだろ」
イヌヴェとキジーは強気だったが、サムエルはがんとして譲らなかった。
「ハインツ・リンデンベルクは、畑違いの癖に専門家気取りで、無敵要塞線の防衛を台無しにしたクソ無能だった」
仮にも元国立大学学長だ。顔なし竜の開発や政争といった得意分野では、高い能力を発揮するのだろう。
「オレはこれまで色んな国を回って来た。戦争に留まらず、地震や疫病のような災害でも……、専門外なのに偉そうに嘘八百を並べたてて、大衆を扇動するバカは何処でもいたさ。ハインツもそういった、不幸を拡大させるだけのクズに過ぎん」
イヌヴェ、キジーも、サムエルの人物評には同感だった。
ハインツ・リンデンベルクは、人を騙すことしかできないロクデナシだ。裏切りを重ねた果てに、共和国の〝四奸六賊〟にすがったあたり、いい加減命運も尽きたろう。
「ハインツのことは、クロード……辺境伯様が片をつけるそうだから、心配はいらん。だがな、昨日戦ったイザボーをどう思う? あの指揮が無為無策に見えるか!」
サムエルの問いかけに、イヌヴェとキジーは渋顔で首を横に振った。
堅牢な要塞に篭るかと思えば、伏兵や白兵戦部隊を用いた積極攻勢だ。
イザボーを無能とこきおろせば、敗北した二人は、自分達が彼女以下であると認めることになる。
「オレが見るに……。あの般若みたいな女は、大同盟軍なら煙草狂いのオットー・アルテアンや、食道楽のコンラード・リングバリに匹敵するぞ」
「そ、それは高く評価しすぎでは」
「た、たしかにプレッシャーは感じるけど」
サムエルが名を挙げた二人。
オットーは北部戦線の主力部隊を預かり、コンラードも本拠地ヴォルノー島の防衛責任者だ。
クロードの相棒であった〝マラヤディヴァ国で最も非常識な男〟アンドルー・チョーカーが亡くなった今、セイに継ぐ名声を得ているのは彼らだろう。
「辺境伯様は、オレ達に〝エングフレート要塞を包囲しろ〟と命じたが、無理に落とせなんて指示しちゃいない。勇足で作戦を頓挫させてみろ。ティノーの慰霊地で眠っている戦友に顔向けできるか?」
「それは、確かに、セイ司令の望むところでない」
「わかったよ。辺境伯様の命令に従うよ」
クロードはかつて、〝緋色革命軍〟を早期に退治するため、このエングホルム領へと乗り込んで、……多くの仲間を失った。
その悲嘆をもう一度味合わせたいのか、と問われては、イヌヴェやキジー達も黙るしかなかった。実際に、生命を救われたばかりなのだから。
「わかりました。長期戦を見越して塹壕を掘り、丸太を切り出して見張り台や防壁をつくります。エコー達、友軍のネオジェネシス兵の協力があれば、工事も手早く進むでしょう」
「軍馬は怪我をしているんだろ? 飛行自転車はまだ動かせるのがあるから、ぼくたちも資材や建材の輸送を手伝うよ。沼地で使える武器も用意しよう」
イヌヴェとキジーが改めて決意を固めたのを見て、サムエルは安堵の息を吐いた。
そして、彼もまた勝利の為に動き出す。
「イヌヴェ、公安情報部出身の若手をこっちへ回してくれ。キジーは、援護魔術の使い手を頼む。オレの隊は防衛を固めつつ、情報を集めてくる」
「斥候隊を組織するのですか? 構いませんよ」
「すぐに選抜しますが、いったい何を調べるんです?」
イヌヴェとキジーの問いに、サムエルは髪の薄くなった額をパンと叩いて、ニヤリと笑った。
「イザボーだ。エコーは、彼女がネオジェネシスを裏切ったことを嘆いていたが、隠された事情があったのかも知れん。辺境伯様なら、上手く情報を活かせるさ」
イヌヴェ、サムエル、キジーの三隊長はあわや衝突に至りかけたものの、緒戦の敗北をきっかけに強く結びついた。
「「「さあ来いイザボー。我々をなめるなっ」」」
「ちいっ、挑発が裏目に出たかいっ!?」
かくして三隊長率いる大同盟軍と、エングフレート要塞防衛部隊は、一か月に亘って互角の攻防戦を繰り広げた。
そして、復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 花咲の月(四月)一日。
膠着を打破する、クロードが帰還した。
「皆よく持ち堪えてくれた。反撃といこうか!」
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