第397話 エングフレート要塞の鬼子母神
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 若葉の月(三月)。
クロード達がハインツ・リンデンベルク率いる〝新秩序革命委員会〟や、カリヤ・シュテンと交戦していた頃。
大同盟の、イヌヴェ隊長麾下の鉄砲騎馬隊一〇〇〇と、キジー隊長率いる魔術支援隊五〇〇は、エングフレート要塞攻略に着手していた。
「セイ司令から薫陶を受けた将として、勝利を誓います。ネオジェネシスがどれだけ強くても、我々の進撃は止められない」
「あの無敵要塞だって超えたんだ。悪徳貴族の無茶ぶりに応え続けた僕たちの強さ、見せてやる」
イヌヴェとキジーが自信満々だったのは――。
敵の主将であるカリヤ・シュテンが、ハインツ・リンデンベルク討伐の為に要塞を抜けていたこと。
守備隊をまとめるイザボーが、一度はハインツに与するも、かの悪漢が立場を失って〝新秩序革命委員会〟を旗揚げするや、離脱して舞い戻ったこと。
――この二つの要因が大きかった。
トップがかくも裏切りを重ねる風見鶏では、部下達がついていけるはずもない、というのが目算だった。
事実、エコー隊を始め、クロードを慕うネオジェネシスの多くが味方に加わったことが、彼らの強気に拍車をかけた。
「最初に、飛行自転車の編隊で城壁や迎撃設備を粉砕し」
「次に、引きちぎった防衛線を鉄砲騎馬隊で玉砕させる」
「「これぞ我らの必勝戦術、さあ大喝采の時間だ!」」
イヌヴェ隊とキジー隊は猛攻を開始、エングフレート要塞周辺に築かれた一〇の衛星砦を、たちまちのうちに陥落させた。
「大同盟め、やるじゃないか。確かに効果的な戦法だろうよ」
要塞の物見台に立つイザボーは、大蜘蛛の脚を加工した異形の扇子をパンッと開き、ニヤリと口角をつりあげた。
「だが、あの〝万人敵〟ゴルトが知らないとでも思ったかい? 参謀長のデルタが対策を立てていないとでも? あの腹黒どもが残した作戦通りに迎撃するよ、射撃部隊はアタイに続けっ!」
イザボーは、一万のネオジェネシス兵の陣頭に立ち、自ら最前線に出て熱烈な防衛戦を展開した。
射撃能力に秀でた狙撃手や魔法使い、第六位級契約神器ルーンボウのような遠距離戦に長けた兵器をかき集め、ハリネズミの如き弾幕を張ったのだ。
キジー隊は周辺砦を落とした勢いをかって、意気揚々と要塞に乗り込もうとしたところを、熱線やら自動追尾弾やら爆発する岩弾やらを、嵐のように浴びる羽目になった。
「ど、どうなってるんだ? これじゃあ近づけない」
レアとソフィが基礎設計した飛行自転車は、風圧はもちろんマスケット銃や魔法攻撃の斉射にも揺るがない、鉄壁の防御バリアを展開できる。
しかし、かくも激しい攻撃にさらされては、防御魔法を維持する搭乗員の体力と精神力が持たず、少なくない隊員が撃墜された。
「くっ、転進する。イヌヴェ隊に連絡を……」
「ざまあないね、素人があ。判断が遅い!」
キジー達、飛行自転車隊が撤退を決めた時には、すでに要塞から狼煙があがっていた。
要塞外に潜む伏兵部隊が、イザボーの指揮で動き出す。
「ゴーレム隊、出番だよ。攻守逆転といこうじゃないか!」
マラヤディヴァ国は山がちで川が多く、エングホルム領も例外ではない。
イザボーは、土木技術に長じるネオジェネシス兵を動員し、雨季の水をたっぷり貯めた堰を巨大な青銅人形を使って破壊させた。
彼女は、参謀のデルタが準備していた仕掛けを用いて、要塞一帯の平地を泥沼へと変えてしまったのだ。
「キジー隊が後退しているじゃないか。それに、川が氾濫しているぞ?」
イヌヴェ隊が如何に精強でも、乗馬の足を泥にとられては、動きが鈍ってしまう。
機動力を生かした銃撃も、速度を乗せた突撃も叶わなくなった騎馬隊など、もはやただの的に過ぎない。
「空飛ぶ自転車よりは狙いやすいだろっ。七面鳥撃ちにしちまいな。投石機隊も、戦功を稼ぐは今さ、撃って撃って撃ちまくれ」
イザボーが指揮する射撃部隊に加え、要塞の大型投石機も砲撃を開始する。
取り残されたイヌヴェ隊、墜落したキジー隊は、矢弾の雨にさらされた。
矢よけの加護といった、盾の魔法を展開しつつ、じりじりと後退を試みるも……。
「カアサンの恩義に報いるぞ。白兵部隊、総員抜刀、いけえええ」
トドメとばかりに、魔法のスキー靴を履いた兵士達が飛び出して、泥地をすべりながら襲って来たではないか。
「だああっ、あいつら何をやってる。自分達の作戦を鏡返しにされる奴があるか!」
まさに絶体絶命の窮地。
ここで様子見に徹していたサムエル隊長以下、銃歩兵隊二〇〇〇と――。
「皆さん、援護に向かいます。我々を受けいれてくれた仲間たちの友誼に報いるのです!」
エコー隊長率いるネオジェネシス兵八〇〇〇が救援に出陣した――。
「ワニュウドウを突入させろ。攻城兵器だが、盾と囮になる」
歴戦の傭兵であるサムエルは、ここで奇手に出た。
直径三mもある巨大な一対の車輪で、ドリル付きのドラム缶めいた車体を挟んだ糸車のオバケ……魔導兵器ワニュウドウを横並びで戦場へ突貫させたのだ。
「ワニュウドウが時間を稼いでくれる。スキー隊が押し止められた今がチャンスです!」
そして、エコーが率いるネオジェネシスの友軍が要塞防衛隊の横腹をついて、イヌヴェ隊とキジー隊の救出に成功した。
「攻城兵器をためらいなく囮にした? 敵にもデキるやつがいるな。それにエコーは、あいも変わらずアマちゃんだ。だが、最初の戦いはアタイ達の勝ちさね!」
イザボーの鮮やかな勝利に、エングフレート要塞の士気は大いにあがり、泥地に波をたてるほどの喝采と、鬨の声が轟いた。
「大同盟め。歩兵、騎兵、砲兵を統合して運用するから強いのに、散り散りに戦うんじゃ鴨がネギを背負ったようなものさ。この統制の取れなさを見るに、この戦場にクローディアスは居ないと見た!」
エングフレート要塞を巡る攻防戦は、大同盟とネオジェネシスの天下分け目の決戦と見做されている。
守将イザボーは、〝万人敵〟ゴルトが残した精兵と、参謀デルタが事前に準備した作戦の力を得て、大同盟を圧倒した。
獅子奮迅の活躍は、これまでの悪評を吹き飛ばすに十分であり……、彼女は、ゴルト、デルタに継ぐ第三の名将、〝エングフレート要塞の鬼子母神〟としてマラヤディヴァ史に名を残すことになった。
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おまけ
このイザボーさんが裏切った? のですから、エコーも「彼女はそんなひとじゃなかった」とショックを受けます。





