第388話 クロードが求めた力
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一番目と呼ばれる幽霊姉弟の長女。
黒褐色の髪を二房に分けて垂らし、翡翠色の瞳を赤く腫らした女の子は、妖刀ムラマサに宿る力、魔剣の真実について語り始めた。
「〝神剣の勇者〟は〝黒衣の魔女〟から受け継いだ巨人族の秘術を器として、関わった人々の願いを集めたのですわ。魔法の根源となる力がオモイなら、積み重なった無垢なる祈りは、遥かな未来に必ずや世界を救うだろう、と」
クロードは、ドゥーエの今は亡き姉貴分が語った内容を、胸の中で何度も反芻した。
(この世界の魔法は、意志の力で現実を書き換える力だ。特に契約神器は、盟約を結んだ人間の感情を糧にして、より強大な力を発揮する)
たとえば何もない空中から武器や道具を作り出したり、自身や他者を強大な竜や醜い怪物へと変化させたり、吹雪を操ったりもする。
(全力なら、〝特定範囲の時間を逆行させる〟ことすら可能だ。だったら、祈りを集めて滅びに抗うことも叶うのか?)
ドクター・ビーストと彼女の娘であるショーコは、人々が抱く信仰めいた情念が、魔術道具の性能向上に繋がることを突き止めていた。
クロードの宿敵たる第二位級契約神器ファヴニルもまた、おそらく恣意的に恐怖政治を実行し、人々の絶望や悲嘆を集めている。
「最古の魔剣。システム・レーヴァテインは、人類を終末戦争から守りたいという穢れなき願い、後世に向けた祝福として始まりました。ですが一千年間、何ごともなく変わらない、なんてことがあると思いますか?」
クロードは、ムラマサに棲む少女の問いかけに生唾を飲んだ。さきほど襲ってきた蟲の怨霊が、まぶたの裏に浮かび上がる。
人間の想念には、綺麗なモノもあれば欲望に満ちたモノもあるだろう。
(より厄介なのは、綺麗な祈りさえも、穢れた妄執へと堕ち果てることだ)
クロードが一番最初に戦った組織もまた、そういうものだった。
「一〇年以上前、ドゥーエさんはこの世界を神焉戦争から守ろうと、旗揚げしたばかりの〝赤い導家士〟に協力した」
結成当時の理想は、きっと美しかったのだろう。
「だけど、ダヴィッド・リードホルムみたいな悪党が加わったり、エカルド・ベックのような変節者が出たりして、極悪非道のテロリスト集団に変わってしまった。そういったことが起こったのか?」
クロードの問いかけに、一番目は、迷うように瞳を覆って首を左右に振った。
「半分は正しく、半分は逆なのですわ」
彼女は言う。
システム・レーヴァテインは、いくつもの悲劇を目撃し、邪悪を含む様々な願望を取り込んだ。
その上で、自らの存在理由が〝変わらない〟為に、敢えて呪われた存在となることを選んだのだと。
「レーヴァテインは、始まりの〝神剣の勇者〟から続く、代々の使用者が抱いた最も強い願い。『牙なき人々を守る牙とならん』という誓いを果たすため、剣を抜いた者を試すのです」
当代の使い手に、〝力なき人々の為に、英雄となって戦う意思〟があるのなら、彼や彼女の目的を問わず協力するが――。
「レーヴァテインは、使用目的が異なると判断した場合、戒める為に肉体と精神に干渉します。そうなったが最後、使用者は千年分の怒りや悲しみに耐えきれず、壊れてしまいますわ……」
「それじゃあ、まるで祟り神じゃないか」
クロードの呟きに、幽霊姉弟の長女は頷いた。
「クロードさんの解釈は、的を射ていますわよ。末妹が融合したばかりの頃は、『世界に仇なす悪党が生まれるのなら、いっそ人間なんて皆殺しにしちゃえ』みたいな荒ぶりようでしたの」
「本末転倒というか、そこまで行くと破壊神だ。語源としては正しいんだろうけどさ」
レーヴァテインとは、北欧神話において災いを招く神が鍛えた業物のひとつであり……。
世界が黄昏を迎えた時に、滅びをもたらす炎の剣と同一視されている。
「そこまで突っ切ったからこそ、一千年の時を超えてきたのか」
変わらなかったのではなく、変わったからこそ、時の流れを泳ぎきった。
しかしながら、レーヴァテインも、改造されたヘルヘイムも、もはやムラマサに伝わる伝説同様に〝抜いてはいけない禁忌の剣〟と成り果てている。
「クロードさん。貴方は〝人々を守って戦う英雄〟じゃない。〝人々と共に肩を並べて戦う指導者〟です。だからワタシは、貴方に妖刀を使わせるわけにはいきません」
クロードは、一番目の魂消るような訴えを聞いて、重い息を吐いた。
「ありがとう。僕を止めてくれて」
ムラマサを振るうわけにいかなくなった。
禁忌とされるには、相応の理由があるのだ。
クロードは当初、システム・ヘルヘイムに細工された〝四奸六賊〟の呪いさえ突破すればいいと楽観視していたが……。
大元のレーヴァテインそのものも、とんでもない劇物だったらしい。
「クロードさん、いいのですか? 」
一番目はエメラルドグリーンの瞳からぼろぼろと涙をこぼし、すがるように顔を寄せた。
「ワタシ、貴方を止めなくちゃって。貴方の気持ちはわかるけど守らなくちゃって、そう思って……」
クロードは一番目の少女の肩を抱き、黒褐色の髪を優しく撫でた。
「僕は、部長やドゥーエさんみたいになりたいわけじゃない」
今だって憧れているし、ほんの少し妬んだりもするが……。
「僕は、彼らと一緒に戦いたいんだ」
禁忌の理由が理不尽ならば、解決策も考えよう。
しかし、システム・ヘルヘイムに根強く残る蟲の怨霊や、模倣されたシステム・ニーズヘッグの危険性を鑑みるに――、使用者の目的に枷をはめたのは妥当だろう。
(ドゥーエさんや一番目さんがいた世界じゃ、〝四奸六賊による支配〟なんて目的に無理矢理ねじまげた結果、世界中を巻き込む大惨事になったわけだし)
もしも、あの蟲達の野望が果たされていたら、取り返しのつかない地獄が創造されていたに違いない。
(部長は男の浪漫に生きていて、ドゥーエさんも他の誰かの為に戦ってきた)
〝記憶にないはずの〟幽霊姉弟の末妹、オッドアイの女の子は、ひとりぼっちの神様になっても、滅びを迎えた世界の人々を救おうとした。
(僕は、彼や彼女の在り方を尊いと思う。だからこそ、別の解決策を示そう)
人間は、英雄に守られているだけではないのだ――と。
「一番目さん。僕はシュテンさんをニーズヘッグから解放する力を求めてここにきた。だからさ、襖から覗いている皆も僕を手伝ってはくれないか?」
――――
――
クロードは三白眼を見開いた。
今まさにムラマサの鯉口を切り、引き抜こうとしていたのだ。
「妖刀に宿りし――御霊よ。どうか力を貸して欲しい。ムラマサに棲む姉弟達、僕の体を使ってくれ」
クロードは魅入られるほどに美しい、冷え冷えとした刀身を抜くのではなく、鉄鞘へと仕舞い込みながら呼びかけた。
彼の願いに応えるように、一番目と呼ばれる幽霊姉弟の長女がゆらりと姿を見せる。
「心得ましたわ。クロードさん、一緒に戦いましょう」





