第384話 馬鹿者達の大博打
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「異界剣鬼 蛇竜朱点 ――見参――」
白髪の混じった黒髪を総髪に結わえ、ダイダイ色の細いブラジャーめいた金属胸甲と、股間を守る際どいV字のガードという水着鎧を身につけた筋肉ムキムキの剣客は、歌舞伎の見得を切るように名乗りをあげた。
彼の背から、ソメイヨシノを連想させる雪片が天を衝かんと花開く。遂に、システム・ニーズヘッグが起動したのだ。
クロードは、シュテンに蹴り飛ばされてまだらに変色した薄い胸板をさすり、ゲホゲホと咳き込みながら戦友を振り返った。
「ドゥーエさん、どうやったらシュテンさんに勝てるかな?」
「辺境伯様。もしも師匠を殺せと仰るなら、オレは暴走を誘って首を落としますぜ」
ドゥーエは鉄鞘に納めたムラマサを肩に担ぎ、残酷な解決策を飄々と言ってのけた。
「それは、僕の望む勝利じゃないよ。暴走の危険があるのなら、どうにか対処したい」
クロードの返答に、ドゥーエは皮肉げに口角を釣り上げる。
「……クロード。アンタって人は、邪竜ファヴニルと同じくらいに強欲だ。そこまで無茶を通すなら、命を賭けることになる」
ドゥーエの伸ばした手を、クロードは掴んで立ち上がった。
「当たり前だろう。僕は人間のまま終末を超えると誓ったんだ。たとえネオジェネシスが聞く耳をもたくても、諦めるものか。最後まで手段を尽くす」
「オレは、そんなアンタだからこそ共に戦いたい。じゃあ、勇気と根性でチャレンジと行きますか。死なんでくださいよっ!」
クロードとドゥーエは、折れた木にもたれかかるミズキを残して颯爽と丘陵を駆けていった。
「あーあ。あたしの知る男って、馬鹿ばっかり」
ミズキが見る限り、クロードの武技はシュテンに及ばない。
数えきれない死の危機を乗り越えて、達人の一角には食い込むものの、超一流を相手取るには研鑽の時間が足りないのだ。
ましてやシステム・ニーズヘッグが起動した以上、勝算なんてあるはずもなかった。
「今のクロードは、時間を巻き戻すことも、決戦武装も使えない。だって言うのに、どうやって勝利するのさ?」
クロードに残された選択肢は――。
シュテンにドゥーエを引き渡して、仕切り直しを図るか。
自身は防御に徹して、ドゥーエにシュテンを殺させるか。
――の、どちらかだろう。
「でも、どうしてだろうね。アイツは弱いのに、ニーダルさんとは違うのに、心のどこかでひょっとしたらって期待してる」
ミズキが見つめる中、クロードは打刀と脇差の二刀を右手で掴み、左手を青空に向かって伸ばした。
「鋳造」
クロードが空に描いた魔術文字に応じて、短い棒に布を被せた掃除道具……はたきが生み出される。
数百数千に及ぶ布付き棒は、シュテンの頭上を埋め尽くしながら降り注いだ。
「ンフフ。次は、消耗狙いの持久戦? まだまだ荒削りだけど、不撓不屈の心はたいしたものね。ドキドキしちゃう」
シュテンは、愉快痛快とばかりに全身の筋肉を震わせて笑う。
「でも、引き際は考えなさい。今の貴方じゃ、ワタシには勝てない」
ビキニアーマーの剣鬼は吹雪の翼を展開し、桜花のような雪片を舞い上がらせて、宙を舞うはたきの九割を氷漬けにして粉砕した。
「……カリヤ・シュテン。僕は先輩、カリヤの末裔から諦めない意地を学んだ。友達が、ドゥーエさんが力を貸してくれている。だから貴方に勝つ!」
クロードは残ったはたきの一割を丘陵に落下させ、爆風で土煙を巻き上げる。
「視界を遮って挟み討ちを狙う作戦ね。確かに辺境伯サマじゃ、ワタシを相手に防御に徹してもジリ貧だもの。最後まで前向きに足掻くところ大好きよ。でも、弱すぎる」
「僕たちは勝つっ。鮮血兜鎧展開!」
「同じ小細工が何度も通じると思わないで」
シュテンは物干し竿と呼ぶ、二mを超える長剣に吹雪の花弁をまとわせて振るった。
世界樹をくらう蛇の名を冠する破滅の力なら、クロードが頼みとする粘液鎧ごと肉体を両断するだろう。
「ワタシさえ倒せないのに、邪竜に挑むなんて愚の骨頂よ。ブロルに降伏なさい」
故に、クロードには燕返しを阻むすべはない。そのはず、だった。
「……なん、ですって?」
シュテンの黒い瞳が、困惑で揺れる。
土煙の中で、雷をまとった打刀と火を吹く脇差を握りしめた人影が、まるで人が変わったかのように燕返しを受け流してみせたからだ。
二刀流の剣士は鮮やかに窮地を脱すると、カウンターとばかりにはたきを投げつけてくる。
「やるじゃないっ」
シュテンは飛来するはたきを蹴り砕くも爆発して、もうもうと土煙が巻きおこる。
戦場はさらに見通しが悪化、虚を突くとばかりに二刀から雷と炎がほとばしった。
「目を奪った上で魔法攻撃ね。手品みたいで楽しいワ」
けれど、システム・ニーズヘッグを起動させたシュテンには、まるで意味を為さない。
雷の矢も炎の弾丸も、凍る華に包まれて散るのみ――。
人影が振るう二刀と、シュテンが薙ぐ物干し竿が噛み合い、互いに円を描きながら火花を散らす。
「火事場の馬鹿力にしては上等よ。でも惜しいわね。武器の方がついて来れない」
シュテンが言い放つと同時に、雷切と火車切はとうとう負荷に耐えきれず、真っ二つにへし折れた。
「あとは、馬鹿弟子の首を刎ねて終わりよ!」
シュテンは土煙の中、二刀流の人影と切り結びながら、背後に迫る脅威を動物じみた感覚で把握していた。
初老の剣客は、あとはケジメをつけるのみと振り返り、ア然とした。
「ウソっ」
シュテンの背後に迫っていたのは、ドレッドロックスヘアの隻眼隻腕男ではなく、若き細身の青年だったからだ。
「ワタシが戦っていたのは、馬鹿弟子ってこと?」
クロードとドゥーエは、はたきによる爆撃で視界を奪った後、互いの武器を入れ替えていたのだ。
若き辺境伯は今まさに、呪われた妖刀ムラマサを鉄鞘から引き抜こうとしている。
シュテンの声色が目に見えて変わった。
「やめろ、おれを殺すのはかまわない。それを抜くな。すべてが台無しになるぞ!」
シュテンはこの時、愚かな弟子を心の底から憎悪した。ミズキとの戦いを見て、ほんの少しだけ見直したのだ。それが裏目に出た。
姉弟を失って以来、常に最悪の道を選び続けたオオタワケは、最後の最後までやらかしたのだから。
「シュテンさんっ、僕はっ」
クロードはムラマサという禁忌の箱を開いて、吹雪に飲み込まれた。





