第383話 恐るべき異界剣鬼
383
「オレは、オレのようなヤツが生まれるのが我慢ならない。クロードと一緒に、当たり前に生きるヤツが笑ってくらせる、そんな生活を守りたい」
ドゥーエの答えを聞いて、ミズキは泥で汚れた両の目蓋を閉じた。
薄桃色がかった金髪の少女は、一〇代半ばという年齢に見合わぬ豊かな胸を弾ませて、銃撃で折れた木の残骸にもたれかかる。
「……好きにしなよ。だけど、この戦いが終わったら、二度とあたしやダーリンの前に現れないで」
ミズキの宣告は、ドゥーエに〝この世界の姉弟〟に関わるなと釘を刺すしているに等しい。
「ああ、誓うよ。オレはオレのやるべきことをやる」
だが、それでいいのだろう。
ドゥーエが救うべきは。謝らねばならない相手は……。
滅んだ世界に取り残された〝自らの妹分〟なのだから。
(ミズキ達の未来は、〝この世界の姉弟〟がどうにかするだろう。保護者気取りの軟派野郎だっているし、な)
ドゥーエが土下座から立ち上がると、ミズキはぷいと明後日の方向を向いた。
「その、なんだ。ミズキもこんな真似はよせよ。お前が死んだら、お前の恋人や姉貴は、きっと取り返しがつかなくなる」
「ほうっとけ」
ミズキはドゥーエと視線を合わせないままに、クロードと剣戟を交わすビキニアーマーの初老剣士に声をかけた。
「悪いねシュテンさん、こっちは弾切れだ」
「ミズキちゃん、お疲れ様。ごめんなさい、馬鹿弟子が服を汚しちゃったわね」
シュテンは二mを超える長い刀で、クロードが振るう二刀を手玉に取りつつ、余裕しゃくしゃくとばかりに返事をした。
「そうネ。戦いが終わったら買い物に行きましょう。かわいいお洋服選んであげるわヨ」
初老の筋肉ムキムキ男は余裕たっぷりにからからと笑いながら、二刀で斬り込むもやし青年と鍔迫り合いを演じていた。
「……大丈夫なの?」
シュテンが着ている衣装は、ダイダイ色の水着じみた金属鎧と、ほぼ半裸である。さしものミズキも、不安を隠せなかった。
「心配無用。大船に乗ったつもりでまかせておきなさぁい!」
シュテンは、ごつい胸板や二の腕をぴくぴくと震わせて、余裕たっぷりに言い放つ。
「「クロード」」
ドゥーエとミズキは、奇しくも同じタイミングで名前を呼んだ。
クロードは、幾度となくシュテンに叩きのめされるも、不屈の闘志で斬り合いを続けていた。
……肉体が違う。人間とネオジェネシスでは、埋められない天賦の差がある。
……技量が違う。若き辺境伯と、初老の剣客では、戦闘経験が隔絶している。
クロードは精神力と根性で、埋められないはずの戦力差を覆し、ほぼ互角まで持ち込んでいた。
少なくとも、この時までは。
「さて、辺境伯サマ。決着をつけましょうか」
膠着状態が、終わる。
シュテンの足が鐘木のようにクロードの腹へ突き刺さる。
細身の青年は枯れ木が折れるように〝く〟の字となって、ドゥーエとミズキがいる木の残骸まで吹き飛ばされた。
「がふっ。おげっ」
クロードは胃液を吐き出しながらも、後方宙返りで着地を決める。
「ち、ちゅ、鋳造――はたき」
クロードは、口内を巡る酸っぱい味と匂いに閉口しつつも、中空に数百のはたきを生み出して、シュテンに向かって解き放つ。
「貴方に勝機はないワ。理由はいくつかあるけれど……。ひとつ。馬鹿弟子に出来ることは、師匠であるワタシにだって出来る」
ドゥーエがミズキの銃撃をなぎ払ったように、シュテンもまた物干し竿めいた長い刀で数百ものはたきを断ち切って見せた。
「それでもっ」
けれど、シュテンの対応こそクロードの読み通りだ。
はたきは壊されると同時に、周囲を巻き込んで連鎖的に爆発した。
(銃弾ならば斬れるだろうが、爆発の衝撃や破片、エネルギーならどうだ!)
クロードは、ようやく勝機を掴んだと確信するも……。
「ふたつ。ワタシもニーズヘッグの力が使えるから、――爆発だって斬れる」
もやし青年の見込みは、お汁粉よりも甘かった。
筋肉ダルマの剣客は、自身を取り巻く爆発を、魔力を宿した燕返しを重ねて斬り捨てたのだ。起死回生の一手はここに潰えた。
(いいや。僕は自身の未熟さと弱さを知っている)
攻撃が届かない? それがどうした。
たとえ一の矢、二の矢が通じなくとも、当たるまで攻撃を続けるのみ。
「まだ、だっ。剣の腕で勝てないならば、魔法勝負でどうだ。これが邪竜の吐息と爪牙だ!」
クロードは諦めない。
魔術文字を綴り、灼熱の焔の渦と、空間破砕の力を叩きつける。
(シュテンさんを狙っても避けられるだろう。だけど、爆風を防御するのに使っている長い刀はどうだ?)
高威力の魔術を連打して、ニーズヘッグを媒介する武器の破壊を試みる。
クロードが誘導したこの瞬間こそ、王手飛車取りを狙う絶好のチャンスだ。
「みっつ。この刀、物干し竿はね、ガングニールが材料を集めて、世界最高の鍛冶師が鍛えた業物なの。レギンちゃんって言うんだけど、こっちの世界じゃレアちゃんって名乗っているのね」
「なっ」
今明かされる衝撃の事実というべきか。
ドゥーエのムラマサを整備したのが並行世界の彼女である以上、想定しておくべきだったのか。
本家本元のファヴニルならばいざ知らず……。
クロードが見様見真似で放った魔術など、愛する女性の同位体が創り上げた名刀にとって障子紙に等しい。
武器破壊という攻略手段も、潰えた。
「そこの馬鹿弟子は居ても居なくても変わらないわね。口だけは立派だけど、まるで成長していない」
「師匠っ……」
シュテンはドゥーエを挑発しつつも、祈るように合掌した。
「遠からん者は音に聞け。近くば寄って目にも見よ。死してなお、修羅道を求める妖異がここに有り。
異界剣鬼 蛇竜朱点 ――見参――」
半裸の筋肉男は、満開の桜を背負うが如く、半透明な吹雪の翼を広げた。
「ブロルの友として、馬鹿弟子の師匠として、責務を果たしましょう。戦いはネオジェネシスの勝利よ!」





