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七つの鍵の物語【悪徳貴族】~ぼっちな僕の異世界領地改革~  作者: 上野文
第五部/第九章 妖刀ムラマサと異界剣鬼シュテン
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第381話 死ぬ道理、生きる理由

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 クロードが振るう大小二本の刀と、シュテンが返す物干し竿めいた異形の長剣が噛み合い、キンキンと音を立てて火花を散らす。

 そして、薄桃色がかった金髪の少女ミズキは、年齢に似合わぬ大きな胸を反動で揺らしながら、バアンという轟音をあげてマスケット銃を撃ち放った。

 同陣営であるはずの、ドレッドロックスヘアが目立つ隻眼隻腕の剣客、ドゥーエに向けて――。


「正気かっ、ミズキ。ここで、この窮地で裏切るのか?」

「裏切っているのは、アンタだろうがっ!」


 ドゥーエは生身の右手で魔術文字を左の義手に刻み、盾代わりに使って銃弾を弾いた。

 けれど、次の瞬間にはミズキの握るナイフが彼の喉元にせまっており、河原の石を跳ね飛ばしながら転がって難を逃れた。

 

「裏切りって何のことだ? 以前、赤い導家士どうけしに協力したことか? それとも、並行世界でオレがお前の家族を殺したことか?」

「全部だっ。

 別の世界の住人といっても、アンタはあたしの家族を皆殺しにした。

 あたしの恩人(ニーダルさん)を酷い目に遭わせた原因のひとつだった。

 ダーリンが返り討ちにしたといえ、イシディア国じゃ、あたしの愛する人を殺そうとした。

 生かしておくと思うなよっ」


 ミズキの追撃は終わらず、ドゥーエは防戦に徹するものの、戦闘は止まらない。

 少女は袖から鋼糸を繰り出し、隻眼隻腕の男も左義手から鋼糸を放って相殺する。

 基礎となる流派は同じで、勝敗を分けるのは互いの戦意と技量。

 だがドゥーエの腰は引けていて、ミズキの我武者羅がむしゃらな勢いとの差は、火を見るよりも明らかだ。


「考えなおせ、オレはお前と戦いたくない」

「だったら、死ね。あたしはアンタを殺したい」


 ドゥーエは立て直しをはかり、ムラマサを抜こうとした。

 けれど、鉄鞘に包まれた愛刀は、まるで己が意志でも持っているかのように、ピクリとも動かない。

 ミズキは銃剣をつけたマスケット銃で斬りかかってくる。

 ドゥーエは辛くも左の鋼鉄義手で受け流すも、頬がわずかに裂かれて血がしぶき、鉄の臭いが鼻をついた。


「お、オレは死ぬわけにはいかない……」

「なんで? どうして? 生きたかったはずの人を殺して、滅ぶ世界から逃げ出して、どんな大層な理由があって、アンタはのうのうと生きているの?」

「そ、それは」


 ミズキが続いて放った鋼糸が、ドゥーエの皮鎧を裂いて右足の肉を削ぐ。

 隻眼隻腕の剣客は生身の右手で鉄鞘を振り回し、襲いくる少女に反撃を試みるも、肉体が自分のモノではないかのように反応が重かった。


「あたしは、ダーリンが好きよ」


 ミズキの言葉が、ドゥーエの心を串刺しにする。


「クロードも大切な人たちの為に、強大なファヴニルに抗っている。弱っちいくせにアンタを守ろうと、シュテンって人に必死で挑んでる」


 師匠を倒すのだと、そう大口を叩いていた歴戦の傭兵は、ご覧の通り役立たずだ。


「イヌヴェもキジーも、故郷を愛しているのがわかるさ。アンタにはソレがない!」


 ドゥーエには、返す言葉もなかった。


「別に信念が尊いって言いたいわけじゃない。でも、ムカつくんだよ。強い力だけあって、勝手気ままにあちこち暴れ回って、迷惑なんだよ!」


 ミズキは、戦いながら泣いていた。

 心を震わせ、魂が猛っていた。


(オレは、嫌な大人になっちまった)


 ドゥーエは口元を歪める。

 若き日の妻と、うり二つの少女と殺し合いながら、乾いた目から涙一つこぼれやしない。


「勇者の末裔? 並行世界からやってきた来訪者? 知ったことか。あたし達は、アンタが第二の生(セカンドライフ)で遊ぶ玩具じゃない。いいからここで、死ねぇ!」


 ドゥーエは、溢れるほどの殺意をこめたナイフが自分の胸へ迫るのを、呆然と見ていた。


「……ミズキ。オレは」


 彼女の発言は真っ当だ。

 家族を殺し、不幸と災厄を連鎖させ、自分だけが生き延びた。

 己が所業を振り返り見れば、一人孤独に討たれるのが、相応しい末路なのかも知れない。


(きっと、それが道理というものだ。だけど……だけどっ)


 キンキンと、剣戟の音が聴こえてくる。


「おおおおっ」

「あはっ。やるわねっ」


 こんな自分を守るため、友と呼んでくれた青年がまだ戦っている。


(死ぬ理由なんて山ほどあった。それでも無様に生き続けたのは、なぜだ?)


 ドゥーエは思い返す。

 己はなぜ、死ななかったのだろう。

 なぜ、生きて戦い続けたのだろう?


『……生きなさい。アナタが最後の家族きょうだいだ。アナタが生きているのなら、ワタシ達は無かったことにならない』


 遠い日に聞いた、姉の遺言があったから?


『……馬鹿弟子よ、生き延びろよ。お前が戦い続ける限り、おれの技は無駄にならん』


 一度は死んだ、筋肉ダルマ師匠の技を継いだから?


『ロジオン、貴方は見届けてください。貴方ならきっと、我々の志を受け継いでくれる。どうかこの世界を守ってください』


 テロリストであるが、親友でもあったイオーシフの願いを叶えたかったから?


「オレには託されたオモイがある。そして」


 ドゥーエのひとつだけ残った右の黒瞳が青く輝き、妻の面影を残す少女の姿を映し出す。

 再び愛する家族と殺し合うという状況に追い込まれて、なぜ生きているのかと問い詰められて……。

 彼は、ずっと昔に失ってしまった、心のカケラに気づくことができた。


『おにいちゃん』


「妹のことを、……ようやく思い出した」


 白銀に輝く髪の、赤と青のオッドアイを持つ儚げな少女の姿こそ、彼の原点。助けると誓った、始まりの理由だ。


(ずっとずっと忘れていた。いいや、狂気に逃げていた。でも、もう終わりだ)


 ドゥーエはその為に、世界を渡ってまで生き延びたのだから。


「クロードは、こんな駄目なオレを友と呼んでくれた。だったら、甲斐性なしはここで終わりだ。オレは、オレのやるべきことをやる。あいつと並んで立てるように!」


 ドゥーエは鋼の義手を伸ばし、喉首に迫るミズキのナイフを握りつぶした。

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◆上野文より、新作の連載始めました。
『カクリヨの鬼退治』

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