第379話 選び取った道
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カリヤ・シュテンは、ダイダイ色の細いブラジャーめいた胸当てと、股間を守る際どいV字のガードから伸びる手足をぶるぶると震わせて――。
『弟子たるドゥーエは、ハインツ・リンデンベルク以上に国家へ仇を為すだろう』
と、雷鳴の如く言い放った。
クロードは、咄嗟に抗議の声をあげた。
「待ってくれ、シュテンさん。いくらなんでも言い過ぎだ。ドゥーエさんにそんな野望なんてない」
「〝ない〟からこそ厄介なのよ。辺境伯サマ達は、国主の遠縁って立場を与えて、守ろうとしているみたいだけど……。元〝赤い導家士〟のイヌヴェやキジーのような、こいつの部下が邪心を抱いたら? 官吏や参謀の中に、第二のハインツが生まれたら? その時、この馬鹿弟子が担ぎあげられることがないって、どうして信じられるのかしら?」
シュテンは、的確にドゥーエの危険性を指摘した。
「この世界は、ワタシ達が生まれた日本と違って、個人の力が強すぎる。こいつが協力した与太者ども、〝赤い導家士〟が、どれだけ他人様に迷惑をかけたかを、知らないとは言わせない」
クロードは反論しようとしたが、返す言葉もなかった。ドゥーエが、ロジオン・ドロフェーエフを名乗る敵であった時、彼とまともに戦えたのはアリスだけなのだ。
シュテンの背後では、ミズキがマスケットの銃口をドゥーエに向けて、ソフィとレアが必死でなだめている。
「だめだよ、ミズキちゃん。危ないよっ」
「落ち着いてください。御主人さまが必ず何とかしますから」
「ソフィさん、レアさん。こればっかりは、他人任せには出来ないんだよ。並行世界とか知ったことか。アイツは絶対に許せない!」
ミズキの斬りつけるような台詞に、ドゥーエの顔から血の気がひく。
彼は愛刀を鞘から抜こうとするものの、手が震えて上手くいかないようだ。
「ドゥーエさん、なにをやって……」
クロードは、ドゥーエが手こずるムラマサ見て頭を抱えた。
(手が震えているだけじゃない。アレじゃあ無理だ)
クロードには、ムラマサに宿る幽霊姉弟が三番目を縛り上げ、残る全員でプラカードを立てているのが見えた。
『もうあきらめよう』
彼女達は全員、ドゥーエによって命を落としている。協力しろとは言えないだろう。
「師匠は、オレが恩人に刃を向けると言いたいのか!」
「そうよ、馬鹿弟子。姉弟を手にかけたあの日から、アンタは芯がなくなった。だから容易く流される」
クロードは、幽霊姉弟との会話を思い出す。
長姉たる一番目の女の子も言っていた。愛する家族を己が手で喪ったその日から、ドゥーエは選択から逃げるようになった、と。
「ドゥーエ。子供の頃は分別もつかなかっただろうし、間が悪かったこともあるでしょう。でも、この世界に来てからは別。どんな理想があろうと、どんな夢があろうと、アナタは、絶対に選んではいけない道を進んでしまったの」
クロードは、ドゥーエが口をつぐみ項垂れるのを見た。
最初は、あくまで世界を救う為に革命を志したのだろう。
けれど大義に狂い、多くの過激派を招き入れた赤い導家士は、殺戮に略奪、人身売買、薬物密売と、ありとあらゆる悪業に手を染めた。
遂には、敵対していたはずの佞臣、〝四奸六賊〟からの招安を受け、傘下になる始末だ。
ドゥーエことロジオン・ドロフェーエフは外部協力員だったといえ、無関係とは口が裂けても言えない。
「ワタシは、ガングニールからアナタを頼むと後事を託された。だから、ここで殺す。もう楽になりなさい」
シュテンの刃渡り二mを超える刀が、断罪の裁きとなって振り下ろされる。
ドゥーエは動かない。否、動けない。彼の踏みしだいてきた過去が、重ねた罪が、ついに追いついてしまった。
しかし、物干し竿がドレッドロックスヘアごと咎人の首を絶つ直前――。
「鋳造――雷切! 火車切!」
クロードが握る、雷を帯びる刀と火を吹く脇差が阻んだ。同時にシュテンも地を蹴り、物干し竿の軌跡が変わる。
あたかも宙を舞う燕のように……。
一八〇度方向転換するのは当たり前、小円に大円、ジグザグと、およそ人間離れした剣閃が雨あられと降り注ぐ。
(一刀じゃ無理。二刀でも足りないじゃないか)
クロードは必死でくらいつくも、シュテンの攻勢は激しさを増すばかりだ。
「……辺境伯サマ、退いてちょうだい」
「退くわけにはいかない。僕はドゥーエさんと一緒に戦うと決めた」
「わからない人ね。赤い導家士だけの問題じゃないのヨ」
シュテンが何を言いたいか、クロードにはわかっていた。
彼は、大同盟が変質することを危惧しているのだろう。
「辺境伯サマ。貴方は優しいけれど、正しくはないわ。邪竜ファヴニルと戦うと決めながら、その妹レギンと兄オッテル、巫女ソフィを側に置く。流血を避けようとして、更なる流血の種を蒔いてどうするの? アナタは間違っているワ」
シュテンが振るう嵐の如き剣を受けながら、クロードは這うようにして前進を続けた。
(そんなことは、悪徳貴族の影武者になった夜――。ソフィを助けに来たエリック達を受け入れると決めてから、レアと共に生きると誓ったこの時まで、ずっと承知していることだ)
正しくなかろうが、悪とそしられようが、これがクロードの選び取った道だ。
「シュテンさん、僕はたとえ百万人に間違っていると言われても、好きな女の子を守る!」
「ハッ、青いわね」
次の瞬間、ビキニアーマーを着た偉丈夫が跳躍し、砲弾もかくやという膝蹴りが、もやし青年の胸板へ突き刺さった。
「……そして」
クロードは揺るがない。皮膚を覆う血のような粘液、鮮血兜鎧で致命的な衝撃を散らしつつ、飛び込むようにして頭突きを見舞う。
「同じくらい、友達が大切だ!」
さしものシュテンも、非常識極まりない一撃は避けられず、クロードの石頭をまともに受けた。
「アハッ、ハハッ。イイわ。折れようと砕けようと貫く魂。惚れちゃいそう!」





