第377話 ケジメ
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「このワシを誰だと思っている? 人類史に残る偉大なる学者にして、平和と平等の体現者。エングホルム領の支配者たる〝新秩序革命委員会〟の代表、ハインツ・リンデンベルクだぞ。頭を下げよ!」
新秩序革命委員会に襲われていた家族を救出したソフィ達は、戦場に取り残された黒幕の名乗りに愕然とした。
テルは呆れ果て、レアは真顔になり、ガルムは聞く価値なしと川原に寝転がり、被害者の家族を避難させて戻ったミズキもまた銃を構える。
「ハインツさん」
ただソフィだけは、豊かな胸の前で細い腕を組み、悲しそうに老学長を見つめていた。
「ワシの人生は常に正義と共にあった。貴族どもの願いで小うるさい学者どもを黙らせ、緋色革命軍に乞われて平等な社会へ導き、ネオジェネシスに頼まれて終末を乗り越える顔無し竜を作り、不憫な立場に置かれた元人間派に担がれた。そんな偉大なるワシへの仕打ちがこれか!?」
「……ハインツさん。それは嘘だよ」
レアも、テルも、ガルムも、ミズキも、ハインツを見限っていた。ソフィだけは、柔らかな瞳で、大罪人へ向けて手を伸ばした。
「嘘なものか!」
「ハインツさんは、ニコラス・トーシュ教授が、羨ましくて、怖かったんだよね。だから、国立大学から追い出した」
「違う。その名を言うな。ヤツの研究が退廃的だったからじゃ」
「街や村の人を無理矢理移動させて、ひどい場所で働かせた。反対する人は拷問にかけて、殺して、黙らせたよね」
「違う。ワシの思い通りの結果を出せないクズが悪い。ユートピアが実現できなかったのは、バカどもが言うことを聞かなかったからだ」
「脅迫したり人質をとったりして、ネオジェネシスをのっとろうとしたよね」
「違う。ワシの方がうまくやれたからだ。ワシの偉大さを理解しないブロルが、お前たちが悪いのだ」
「もう、やめようよ。こんなことを続けても苦しいだけだよ。誰も幸せになれないよ」
ソフィの差し出した手を、ハインツは引っ叩いた。
「ワシは善良じゃ、心も痛む。しかし、仕事じゃった。皆に望まれ、皆の願いを叶える為に、すべては正義と平和の為だったのじゃ」
「それもウソだよ。だって選んだのは、ハインツさんじゃない?」
ハインツ・リンデンベルクは、ソフィの悲しみをたたえた横顔を見て、口角泡を飛ばしながら激昂した。
「違う、間違えたのはお前達だ。ワシという絶対たる正義の前に、多少の嘘やいんちきが何だと言うのだ。喋るな、口を開くな、黙して従え!」
レア達は絶句し、テルは嫌悪で尻尾を立てる。
「そうとも、ワシより強いやつは悪だ。か弱いワシをおびやかそうなど言語道断。ワシより弱い者は悪だ。力もないくせにワシの思い通りにならんなど生きる価値もない!」
ハインツ・リンデンベルクの経歴をふり返りみれば。
十賢家という大貴族に取り入って腐敗させ……
緋色革命軍に寝返って苛政の限りを尽くし……
ネオジェネシスに参加して我がものにしようとたくらみ……
失敗するや新秩序革命委員会を組織して殺戮と略奪を繰り広げた。
ハインツ・リンデンベルクこそは、マラヤディヴァ国に政治腐敗と混乱を振りまいた元凶のひとりだろう。
「チッ。『大事を為すのに、他の人間は要らない。ただ一人の英雄/邪竜だけが居ればいい』。だっタか。ファヴニルらしい寝言と笑っタがナ。……ブロル・ハリアンも、とんでモない悪虫を腹に入れタものだ」
「うるさい、頭が高いと言っているっ。ワシの力が欲しいのだろう? ワシの知恵がいるのだろう? だから、ワシを求めたのだろう? ワシこそが古き世を破壊し、新しい時代へと進める革命者なのだから!」
ハインツが狂ったように叫ぶや、焼き滅ぼした村から戻ってきたのだろう、全長二〇mはある顔のない竜が二体、山の東西にある木々をなぎ倒しながら姿を現した。
「「GYAAAAA!」」
そして、同時に……。
一体は両断されて炎に包まれ爆発し、もう一体は氷の花となって、断末魔の絶叫と共に散った。
「ハインツ・リンデンベルク。……ベータも、エコー隊長も成長したよ。デルタくんも、チャーリーちゃんも、色々考えているみたいだ。けれど、お前と行動を共にした連中は、目の前の欲望に貪りつくだけじゃないか?」
「お前もお前の技術も、この世界に災いをもたらすだけだ。要らねえよ」
クロードとドゥーエが、西の竜を焼き滅ぼして一行に合流する。
「ハインツ、貴方達は、前進じゃなくて退化しただけ。既得権益の片棒を担いで弾圧を繰り返した貴方が、いまさら革命家を気取るだなんてちゃんちゃらおかしいわ」
東の竜を雪霜に変えたシュテンが、相変わらずのビキニアーマーを身につけ、長い刀を担いでふらりと姿を見せる。
「黙れっ。ワシを否定するなっ。ファヴニル様が、レベッカが言ったのだ。ワシは選ばれた存在だと!」
ハインツ・リンデンベルクもまた、ダヴィッド・リードホルムやエカルド・ベックと同じように……。
邪竜と巫女に〝玩具として〟選ばれていたことに、最後まで気づかなかった。
マラヤディヴァ国に災厄をもたらした彼の悪逆非道は、高みで嘲笑う二人をおおいに楽しませたことだろう。
「ハインツさんっ」
ハインツは、女執事ソフィが最後に差し出した手を振り払い、その場から逃げようと試みた。
「馬鹿ね。その子、ソフィちゃんだけは、貴方の心を救おうとしていたのに」
ハインツは、大人数のクロード側よりも、ただ一人のシュテンに近い逃走路を選択した。合理的な判断だろうが、もはや活路などない。
「ワシを哀れむな。ワシはぁ、げぼあぁっ」
シュテンの物干し竿めいた刀が閃いて、首が落ちる。マラヤディヴァ国に混乱を撒いた悪党の、あっけない最期だった。
「辺境伯サマ。迷惑をかけてゴメンなさい。この通り身内の恥は濯いだわ。でも、ケジメはつけないといけないの」
クロード達も、シュテンも、ハインツ達の蛮行を止めるという目的は同じだった。
けれど、彼を討った今、両者は穏便に別れるというわけにはいかない。
「ドゥーエ。世界を渡ろうと、名前を変えようと、弟子は弟子。不始末は師匠の責任よ。貴方はここで終わらせる」
「上等だぜ。師匠には、こっちも言いたいことが山ほどあるっ」
シュテンの物干し竿が唸り、ドゥーエが鉄鞘に包まれたムラマサで受ける。
刃金の鳴る音が、開戦を告げる号砲となった。





