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七つの鍵の物語【悪徳貴族】~ぼっちな僕の異世界領地改革~  作者: 上野文
第五部/第八章 救う者と巣喰う者
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第376話 ハインツの野望と転落

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 復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 若葉の月(三月)。

 イヌヴェ、サムエル、キジーが率いる大同盟遠征部隊と、イザボーが旗頭となったエングフレート要塞守備隊が、熾烈な攻防戦を繰り広げる中――。

 ハインツ・リンデンベルク一派は、〝新秩序革命委員会〔メソッド〕〟を名乗り、あたかも漁夫の利をかすめとるように、エングホルム領で暴れていた。

 そう、ハインツ達は勢力を広げたのではない。メソッドは旗揚げした工業都市ジルゲンを貪り尽くした後、熱狂に駆られるがままに隣の町村を焼き、うさを晴らすために人を殺し、欲望のままに財貨を奪った。

 彼等は、次の町へ次の村へと、シロアリのように食い尽くし、挙げ句の果ては取り分を巡って、仲間内で殺し合いすら始める始末だった。

 〝新秩序革命委員会メソッド〟は、自称とは裏腹に、法も無ければ秩序もなく、もはや革命とも呼べなかった。

 理想なく理念なく、ただただ負の人間性を煮詰めたような混沌を、世に撒き散らすだけ……。

 しかしながら、大同盟もエングフレート要塞も、天下分け目の決戦に死力を尽くしており、顔無し竜(ニーズヘッグ)を擁するハインツ達の悪行を阻める者は、ごく少数しかいなかった。


 若葉の月(三月)二七日。

 かつてクロード達とドクター・ビーストの決戦舞台となったベナクレー丘にほど近い山中の村が、イナゴのように掠奪を続ける〝新秩序革命委員会メソッド〟の襲撃を受けた。

 大口を開けた群れなすウジが、ささやかな生活を営んでいた人々の家を焼き、生命を食らおうと追い立てる。

 

「なんでだ。どうしてお前達は、こんなことをするんだ……」

「たすけて、この子だけは。おねがい……」

「おとうさん、おかあさんっ」


 辛くも逃げ延びたひとつの家族が、村の水源たる川辺の山道を必死で走っていた。

 しかし、女性や子供の足で枝や石を踏み越えるのは困難だ。ましてや人間以上の力を持つ種族を相手に勝ち目はなく、遂には追いつかれて生贄になろうとしていた。


「「ぐひゃひゃ、いただきまぁす」」


 白いウジ達は、チーズをかじるネズミか、パン屑に群がるハトのように、父の、母の、幼い娘の体にかぶりつく。


「「ぎゃひゃひゃ、誰もオレ達には敵わねえ、逆らえねえんだよおっ」」


 惨劇は止められない。悲劇は終わらない。

 否――! 悪党どもを追い続け、追い詰める救いの手がここにいる。


「ダメっ。そんなことはさせないよっ」


 風前の灯となった家族の前に、赤いおかっぱ髪の女執事ソフィが飛び出す。

 彼女が木杖みずちを振るうや、ゴオと音を立てて川の水が動き出し、壁となって白い怪物達を阻んだ。


「「ひひゃひゃ、おかわりまで来たぜ」」


 ウジ達は、ソフィの乱入にむしろ歓喜した。

 彼らは欲望にギラついた目で赤い舌をちろちろと見せつけて、水壁を乗り越えようと体当たりを繰り返す。


「「おんなひとりでなにができる」」

「あさましい。鋳造――!」


 ソフィは、ひとりではない。

 彼女の肩に乗った、親指姫のごとき小さな身体の侍女レアが魔術ではたきを作り出し、一〇体以上のウジをまとめて吹き飛ばす。

 侍女と女執事が作ったスキをつき、薄桃色がかった金髪の少女ミズキが、傷だらけになった父親の前に樹上から降り立った。


「あ、あんた達はっ? む、村が焼かれて……」

「話は後、こっちへ来てっ。他の村人も保護しているよっ」


 ミズキが家族の手を引いて、蟻地獄めいた死地から脱出させる。


「「ぎひゃひゃ、逃がすものかっ」」


 そんな彼女達を食らおうと、迂回して待ち受けていたウジが、下劣な喜びをあらわに襲いかかる。


「よし、ビンゴ!」


 しかし、ミズキにとって外道どもの行動は狙い通りだ。


「「ぐええっ。ぎひゃああっ」」


 彼女が繊細な指使いで操る鋼糸が閃き、白い肉塊の群れをまとめて三枚おろしにする。


「おかあさん、ワンちゃんと、カワウソさんがいるよ」

「いいこ、いいこだからね」

「「ぎゃひゃひゃっ。って、カワウソとイヌうううっ?」」


 川獺かわうそテルが前脚こぶしで天へと吹き飛ばし、彼の隣に立つ銀犬ガルムの飛び蹴りで地に叩きつける。


「「あびゃああっ」」


 続くウジ集団もまとめて爆発四散して、文字通りに蹴散らされた。


「ソフィ、侍女。こいつラを逃がすなヨ。バラけられると面倒ダ。ケドヨ、こいつら悪知恵だけは一丁前だが、実力は雑魚、烏合の衆も同然ダ」

「バウッ、ワウッ」


 イザボーが悪女の演技をしつつエコーに伝えた内情の通り……。

 〝新秩序革命委員会メソッド〟はネオジェネシス乗っ取りの陰謀を後一歩まで進め、脅迫と人質で元人間出身メンバーの大半を取り込んだ、極めて凶悪な秘密結社だった。

 しかしながら、クロードがハインツ一派を『軍隊ではない』と看破かんぱしたように、構成員の練度は低く、組織としての連帯すらもあやふやだった。

 

「〝新秩序革命委員会メソッド〟……貴方達は大同盟はもちろん、〝赤い導家士〟やネオジェネシスとも違います」


 レアは、千年前にグリタヘイズの村を乗っ取られた経験から知っていた。

 ハインツ・リンデンベルクは、およそ指導者たる器ではない。

 家族、企業、都市町村、国家。規模の大小は異なっても、人が集まる場所には何らかの法律や道徳といったルールが生まれる。

 既存の社会を是正、あるいは破壊しようとする集団もまた、やはり革命の目的や志を遂げる為の規範といったルールに縛られるだろう。

 ダヴィッド・リードホルムは与えられた力で己が狂気を成し遂げようとしたし、ブロル・ハリアンもまた創造者という立場で終末を越えようと子供達を導いた。

 しかし、残念なことに……ハインツ・リンデンベルクと共犯者たちには、そういった最低限のクビキすらなかった。


『今の国家は間違いだ。だから私を優遇しろ』

『今の社会は誤っている。だから私を尊べ』

『今、腹が空いたのだ。だから私のエサとなれ』


 純粋なハインツ派は、緋色革命軍マラヤ・エカルラートから利益目的で寝返った者や、不死や権勢を求めるごうつくばりどもが寄せ集まった、野合集団に過ぎなかった。

 〝新秩序革命委員会メソッド〟が、かくも無惨な有様になりはてたのも、自然な流れかも知れない。


「なんだ、貴様らは。このワシを誰だと思っている? 人類史に残る偉大なる学者にして、平和と平等の体現者。エングホルム領の支配者たる〝新秩序革命委員会メソッド〟の代表、ハインツ・リンデンベルクだぞ。頭を下げよ!」


 血に飢えた扇動家は、敗色濃厚となるや同志からも見捨てられ、大仰な名乗りが虚しく川辺にこだました。


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◆上野文より、新作の連載始めました。
『カクリヨの鬼退治』

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― 新着の感想 ―
[一言] 敵勢力が煮詰まるだけ煮詰まった感があって、もはや感動的とすら思えますねw ただ、暴力装置としてはそれなりに強いのが、余計にたちが悪い。フン族か何かか?
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