第374話 流血なき闘争
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「……僕は最初から〝悪徳貴族〟だぞ?」
だから、人食いを許さない前提でネオジェネシスだって受け入れる。
クロードの答えに、ソフィは繋いだ手に力を込めた。
「うん。クロードくんならきっと、ブロルさんや、ネオジェネシスとも手を繋げるよ」
ドゥーエは、そんな彼と彼女を見て、嬉しそうとも悲しそうとも見える、複雑な表情を浮かべた。
「辺境伯様。貴方が悪徳貴族だから――、でゲスか?」
クロードは、鷹揚に頷いた。
「ああ。自分のエゴを押し倒す為に、力を求めて振るうんだ。これが邪悪な貴族でなくて何なんだ?」
「貴方の目的は、邪なる竜を討ち、奸計に苦しむ人々を救うことでしょうが」
クロードは図星だったため、沈黙した。
ドゥーエは、ぐしゃぐしゃになった顔のまま、彼と隣に立つソフィを見つめる。
「辺境伯様だけでは無理かも知れないが、貴方の隣にはソフィお嬢さんが、レギンが、可愛い狸猫娘が、セイ司令が、多くの仲間がいますから。ひょっとしたら届くやも知れません。ブロル・ハリアンは、付くべき陣営を間違えた」
クロードは、ドゥーエの台詞にわずかなひっかかりを覚えた。だから、敢えて言葉を濁さずはっきりと口にした。
「ドゥーエさん。イオーシフ・ヴォローニンは、ではなくて?」
「死んだイオーシフの旦那が夢見たものは、世界中に屍山血河を築く暴力革命だ。賭けてもいいが、貴方とは絶対に相容れない」
クロードは、そうかも知れないと納得した。
ドゥーエがかつて所属した〝赤い導家士〟は正義を高らかに謳ったものの、だからといって殺戮や略奪、人身売買が認められるはずもない。
(理想が正しいからって、手段が悪しければそれは悪だ。だから、僕は……)
クロードの逡巡を切るように、ドゥーエは再び資料に目を落とした。
「ネオジェネシスの代表者であるブロル・ハリアンは、故郷の仇討ちに協力し、不戦の約束を守った辺境伯様を高くかっていやす」
「僕も、ブロルさんが悪意で戦っているわけじゃないと信じている。彼が処断した貴族や商人達は、法で裁けない悪党ばかりだった」
だからこそ、ブロルは緋色革命軍に参加し、遂には独立を果たさざるを得なかったのだろう。
「聞き取り調査で判明したことでゲスが、ネオジェネシスは種族特性として、辺境伯様とイケイ谷で戦ったベータや、領都を襲ったベック部隊の記憶を共有しているようでゲス。最後まで長兄を気遣い、不当な暴力には毅然と戦った好敵手。それが、ネオジェネシスが抱く辺境伯様のイメージでゲス」
「こ、こそばゆいし、照れるなあ」
ドゥーエは説明終了とばかりに、資料を閉じた。
「大同盟に勝利して辺境伯様に認めてもらい、共にラグナロクを乗り越えること。それが、ネオジェネシスの目的です」
「ブロルさんを操るファヴニルを討って、終末は人間の力で乗り越えられると伝えたい。それが僕の願いだよ」
ドゥーエとクロードの話を聞いた、赤いおかっぱ髪の女執事ソフィは、はたと手を打った。
「つまり、クロードくんとブロルさんの目的は、ファヴニル以外にはそんなに差はないってことかな?」
「そうでゲス。ですが、指導者の意図と、組織集団の向かう先は、必ずしも一致しない」
ドゥーエは、この不条理を身に染みて理解していた。
「ネオジェネシスは、ハインツという問題を抱えている。大同盟だって、辺境伯様が認めても大っぴらに人食い鬼を受け入れるわけにはイカンでしょう? 諸外国には、どう説明するつもりでゲスか」
「それならもう、国主様やオクセンシュルナ議員、ヴァリン公爵達と打ち合わせ済みさ。ブリギッタも頑張ってくれている」
――
――――
ブロル・ハリアンにとって、幸か不幸か……。
『自分たちは特別な存在だ。だからこの理不尽な世界を変えてやる』
という過激な政治集団やテロリストは、特段、珍しいものではなかった。
マラヤディヴァ国に甚大な災厄をもたらした緋色革命軍が亡んだのは、ごく最近のことだし……。
大陸中を荒らし回った〝赤い導家士〟が、最後の幹部イオーシフ・ヴォローニンと、その親友ロジオン・ドロフェーエフと共にイシディア国で散ってからまだ一年も経っていない。
「人喰い鬼ですって? ネオジェネシスはそう主張しているだけの過激派です。そういう特殊な魔術を使っているんです」
ブリギッタ・カーンは、国主グスタフよりマラヤディヴァ国外交官に任命され、諸外国の使者にそう伝えた。
「「まあそういうことにしておきましょう」」
使者達はブリギッタの説明を、あっさりと受け入れた。
なぜなら、緋色革命軍は、絶対命令権を約束する焼き鏝や、肉体を変貌させる理性の鎧といった危険な魔術道具を多数保持していた為……。
後継団体たるネオジェネシスが、同じようなマジックアイテムを開発していたとしても、不思議はなかったからだ。
「私達ヴォルノー島大同盟は国主閣下の奪回に成功し、内乱終結に王手をかけました。マラヤディヴァ国唯一の政体として、皆さまと共に歩んでゆきます」
「「(海路の保証と資源貿易が成立する間は)仲良くしましょうねー」」
ブリギッタの努力と、ヴァリン公爵ら重鎮達の根回しあってのことたが、このように話がトントン拍子に進んだ理由はいくつかあった。
まずアメリア合衆国や妖精大陸諸国は、緋色革命軍蜂起時にうっかり支持表明した直後、強制移住や民間人虐殺といった悪事がつまびらかになって、世論が沸騰した弱みがあった。
次に西部連邦人民共和国政府首脳部は、すでに人工島を使った侵略作戦に舵を切っていたため、今更マラヤディヴァ国へ介入する必要がなかった。
最後に、ブロルが勢力圏の貴族層を皆殺しにしたため、ネオジェネシスにはまともな外交官もいなければ伝手もほとんどなく、諸外国が協力する旨みも無かった……。
かくして、ネオジェネシスは国際社会において、単なる過激派として埋没する。しかし。
「おのれ悪徳貴族、こしゃくな真似を。こ、このままではわしのエングホルム領支配が終わるっ」
ハインツ・リンデンベルク元学長だけは、数少ない海外に伝手をもつ例外だった。
彼は、領南部一帯がクロードへ降伏したことで大いに焦り、口先三寸で諸外国から兵士を借り受けようと試みた。
そうして、追い詰められたハインツに手を差し伸べたのが、ブロルが仇と憎む共和国の軍閥〝四奸六賊〟だった。
もっとも、本気だったのかは極めて疑わしい。
ハインツ・リンデンベルクは、沖合の船で使者と秘密裏に会談後、嬉々としてエングフレート要塞に戻るも、カリヤ・シュテンによって締め出された。
「ようやく尻尾を見せたわね、ハインツ。この、裏切り者!」
「おのれ、シュテン。こんな馬鹿な、馬鹿なあああ!!」
ハインツ・リンデンベルクは、クロードの名声とシュテンの果断、なによりも自業自得ゆえに、エングホルム領支配者の座から転落することとなる。





