第368話 ビキニ戦士の正体
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クロード、そしてレアと一体化したソフィは、闇の中から現れた剣士の姿に驚愕した。
白髪が混じった黒髪の、高齢ながらもみっしりと鍛えあげられた筋肉質な武人。
彼は物干し竿ほどもある長い刀を持つだけに留まらず、女性物のブラジャーとショーツに似た金属製の鎧、ビキニアーマーを身につけていたからだ。
「「へ、変態だあっ!?」」
老剣士の格好は、ほとんど下着姿に等しかった。
ビキニアーマーは、地球史において北米の大衆向け雑誌から生まれたとされる、セクシャルな衣装であるが……。
すね毛の生えたガチムチマッチョなオッサンが着ても、似合っているとは言い難かった。
「まあ変態だなんて、失礼しちゃうわ」
老剣士はクロード達をたしなめたが、戦場にもドレスコードはあるだろう。
彼はしゃなりしゃなりとステップを踏み、ドゥーエと正面から向き合った。
「今は、ドゥーエと名乗っているのよね? お師様と感動の再会よっ。さあ飛び込んできなさい。抱きしめてあ、げ、る☆」
ドゥーエは、ドレッドロックスヘアを力なく垂らして、黒い瞳で師を名乗る不審者を見つめながら、強張った唇を動かした。
「……カリヤ・シュテン。アンタが生きているはずがない」
「え。カリヤで、シュテン?」
クロードは、ドゥーエの呟いた姓と名に聞き覚えがあった。
(苅谷・近衛。演劇部の一員で、男装を好んだ先輩と同じ苗字だ……)
思い出したのは、異性の服を身にまとうという、共通点があったからか。あるいは、平安時代の、大江山に名高い鬼の首領と同じ名前の音だったからか。
部活の休憩中。男装先輩が語った怪談の中に、同姓同名の人物が登場していた。
「オレは、師匠の最期を看取って、亡骸を土に埋めたんだ」
「ええ、確かに一度は死んじゃったわ。でも、ね。アタシ達の世界で、貴方が戦っていた〝四奸六賊に、甦らせられたの。第一位級契約神器イドゥンのリンゴって言うんだけど、知っているわよね?」
第一位級契約神器イドゥンのリンゴ。
ドゥーエがいた並行世界では〝四奸六賊〟が保有したらしいが……。
クロード達がいるこの世界では、ネオジェネシスの創造者ブロル・ハリアンが契約している。
「ワタシ、ちょっと前までは動く死体だったのよ。でも、ブロルさんのお世話になって、今はこの通りネオジェネシスって新しい肉体を得たわ」
「オレ達がいた世界の情報を、システム・ヘルヘイムを売り渡して、かよ!」
ドゥーエが叫ぶと同時に、彼の黒い瞳が青く輝いた。ドレッドロックスヘアが宙を舞い、酔っ払ったように重力感のない歩法から、滑るように接近して斬りかかる。
カリヤ・シュテンが握るのは、刀身だけでも二mはある長すぎる刀だ。懐にさえ入ってしまえば、使い物になるまい。
ドゥーエは袈裟斬りを主軸に、大円、小円を組み合わせ、螺旋を描くように連続して斬りつける。
「……馬鹿弟子が。まるで成長していない」
カリヤ・シュテンの声域が、かすれ気味のアルトから、落ち着いたバリトンに変わる。
ドゥーエの剣は、強く速く重かった。
しかし、忘れてはいけない。ネオジェネシスは――人間以上の力――鬼の如き怪力を誇るのだ。
老剣士は刀の長さをものともせず、ドゥーエの息もつかせぬラッシュを、しのぎを使って危なげなく受け流した。
「目を離した隙に老けたかと思いきや、興醒めよ」
シュテンの破廉恥な装束から長い脚が伸びて、ドゥーエの胸板に突き刺さる。
一撃、二撃、三撃、四撃。ハイキックを皮切りに、肘打ち、膝蹴り、掌底を叩き込み、躍動感あふれる回し蹴りで締めた。
「けはっ、がっ」
ドゥーエはたまらず吹き飛んだ。
シュテンは、物干し竿のように長い刀を振るい、容赦なく追撃する。
「ドゥーエさんは、やらせないっ」
クロードはドゥーエを守るため、打刀と脇差の二刀を手に飛び込んだ。
しかし、刀を弾こうとした瞬間――、あたかも燕が宙を舞うように、切っ先が正反対の方向と転換した。
「鮮血兜鎧展開!」
クロードは体内に宿した、ショーコ謹製の鎧を身にまとう。血のように赤い粘液が彼の身体を覆うと同時に、シュテンが振るう刃が胴に直撃する。
(九死に一生を拾ったかっ)
老剣士は、衝撃を散らされたことに驚きつつも、更なる一撃を加えようとして……。
「御主人さま、ご無事ですかっ」
「こんのぉっ」
レアとソフィがはたきと水弾を叩き込んだため、攻撃の手が止まった。
「ふうん。もやし男さん、刃が通らないなんて変わった体ね。赤と青髪の子の魔法も楽しいわ」
シュテンは、肉食獣のように獰猛な笑みを見せると、更に剣を加速させた。
「一緒に戦おう、三人なら負けない!」
「「はい!」」
クロードとレア、ソフィは、息を合わせてシュテンに挑んだ。
「貴方の長い刀、封じます」
レアが一〇〇を超えるはたきを放って牽制、刀の動きを妨げる為に空間を埋めて――。
「早いから、足をもらうね」
ソフィが魔杖みずちから伸びた水を操って、雪原を歩行困難な泥地に変え――。
「雷切っ、火車切っ。ありったけだ」
天も地も制した後、クロードはトドメとばけりに雷と炎を浴びせかけた。
「いい連携じゃなぁい。どーんと来なさい。何人でも受け止めてあげる☆」
しかし、シュテンには通じない。
理屈は不明だが、はたきはもちろん、水も雷も炎も何もかも、キレイさっぱり刀で消し去られてしまう。
(おかげで太刀筋が見えてきた。基本はドゥーエさんと同じ、袈裟斬りを中心とした円弧の動きだ。燕みたいに変則的な動きをするのは、ここぞという時だけ)
その〝ここぞ〟が厄介なのだが、クロードは不思議なことに見覚えがあった。
(ベータの拳に通じるな。アイツの攻撃の組み立ては、きっとシュテンさんが教えたものだ)
そして、もうひとり。
クロードは朧げながらも、刀が生み出す美しい軌跡を覚えていた。
「ここ、だあっ」
クロードは物干し竿が跳ねる瞬間を見切って、二刀を叩きつけた。
残念ながら折ることは叶わなかったが、刃のダンスがようやく止まる。
ビキニアーマーの老剣士は、頬へ左手を当てて体をくねらせた。
「おかしいわね。貴方、まるでワタシの剣を知っているみたい。でも、ウチでは二刀流なんて教えていないし、そもそも馬鹿弟子以外に伝えた記憶はないのだけれど」
「……僕が学んだ剣は、佐々鞍流と言います」
ほぼ我流だが、ササクラ翁の弟子であるソフィやテルから指導を受けているから、間違いではないだろう。
「ですが……。貴方の子孫に、手ほどきを受けたことがあります。苅谷・朱点。江戸時代末期に苅谷家を滅ぼしかけた赤鬼とは、貴方のことですね?」
クロードの問いに、老剣士はケラケラと笑い始めた。
「アハ、アハハ。そう、そうなの。まさか生き残りがいたとはね!」





