第359話 終末兵器〝姉〟?
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ドゥーエの告白に、領主館の広間は震撼した。
信じる者も、信じられない者もいるだろう。
しかし、ネオジェネシスが主張する〝世界の終末〟が、この世界でも起こり得るものだと理解してしまったからだ。
国主グスタフ・ユングヴィは、深呼吸した後、ドゥーエに再び問いかけた。
「第一位級契約神器ガングニールとは、一千年前に世界の命運をかけて〝神剣の勇者〟と戦った〝黒衣の魔女〟の契約神器だね。どうやって知り合ったのかな? そして、ファヴニルのように、危険な神器ではなかったのかい?」
ドゥーエは一瞬、広間の隅に気配を殺してたたずむ、薄桃色がかった金髪の少女、ミズキを見た。
一〇台前半の年齢に似合わない、伸びやかな手足と恵まれた肉体を持つ少女は、「殺すぞ!」と言わんばかりの目で睨みつけてきた。
(まいったね、本当に)
ドゥーエは、どう話したものかと悩みながら、もつれる舌で過去を話し始めた。
「オレは、地方都市の郊外にあるスラムで生まれました。その日の食事にも難儀する生活でしたが、幸せだったんだと思います。幼馴染みで、後に結婚した嫁がいたんでゲスよ」
ドゥーエが語ると、警備隊長のエリックと外交官のブリギッタが互いに目配せして頬を赤らめる。
きっと彼らも似たような境遇だったのだろう。
が、過去の嫁と同じ顔をした少女は、氷結地獄も凍りつきそうな、冷たい視線を向けてくる。
(こええっ)
ドゥーエは背を震わせながら、辛くも持ち堪えた。
「けれど、ある日。オレと嫁は人狩りに捕まりました。〝四奸六賊〟の研究所が〝融合体〟の被験者を集めていたんでゲス」
ドゥーエがそう告げた瞬間。
「……はい?」
過去の嫁と同じ顔をした少女、ミズキはポカンとして口を大きく開けた。
(だろうな。ニーダルとシュターレン閥がクーデターを、〝雪解け〟を起こして、〝四奸六賊〟を失墜させたことで歴史が変わった。この世界にいるオレやミズキが所属している部隊が、前と同じかもわからん)
ドゥーエは紅茶で喉を湿らせた後、話を続けた。
「研究所に捕まったオレと嫁は、似たような境遇のガキ達と出会いました。横暴な大人達から生き延びる為に、オレ達は姉弟のように絆を結んだ」
赤髪の女執事ソフィは青ざめた顔でドゥーエの思い出話を聞いていたが、わずかに生気が戻った。
(クロードの恋人にゃ勿体ない、優しい娘なんだろう)
残念ながら、ドゥーエが語る記憶に救いはない。
「一番上の姉貴は生真面目だが、尊敬できる女でした。もっとも、ちんちくりんで色気はゼロでゲスね! あいたっ」
ドゥーエが背負っていた刀が、不自然に動いて、柄が後頭部を直撃した。
緊張していたからか、背負い方がおかしかったのかも知れない。
「く、クロードくん。い、いま、ドゥーエさんの後ろに幽霊がいたよ」
「あの刀は、何かが取り憑いていますね」
「ソフィ、レア。後で説明する。今はドゥーエさんの話を聞こう」
クロードが、掌のように小さな侍女を肩に乗せたまま、体調の悪そうな女執事を気遣っているようだ。
「そして、一番下の妹は、蜂蜜色の髪と青灰色のくりくりした瞳が愛らしい子でした。よく童謡を歌ってくれて、なごんだものでゲス。……どうしました?」
ドゥーエが、末の妹に言及した時――。
クロードをはじめとするレーベンヒェルム領の顔役たちが一斉に動揺した。
「……まさか、イスカ、ちゃん……」
「……さすがに、他人のそら似……」
広間がわずかにざわめくも、クロードが目配せをして制止する。
「オレ達姉弟は、研究所で過酷な実験を受けました。地下遺跡で怪物どもと戦わされたり、盟約者の契約神器に攻撃されたり、表に出せない戦場に駆り出されたり……」
ドゥーエは、低い声で語った。
あまり思い出したい記憶ではなかった。
「ある戦いでオレ達を庇って、末の妹が四肢を失うほどの大怪我をしたんです。もう自力で立つことも出来なくなったアイツに、研究所の連中は躍起になって実験を続けた」
ドゥーエは、このままでは末の妹が死んでしまうと怖れた。
それだけは嫌だと、擦り切れかけた心に熱が宿ったのを憶えている。
「姉貴達が協力してくれて、オレと嫁は末の妹を連れて研究所を逃げ出しました。けれど、脱走は失敗に終わった」
〝四奸六賊〟は、契約神器の使い手すら派遣して、幼いドゥーエ達を狩りだした。
血のように赤い夕暮れ時。研究所から離れた廃工場の跡地で末妹は奪われて、ドゥーエと愛する女は拷問を受けた。
「オレも嫁も腕に覚えはありましたが、さすがに盟約者の相手は無理だった。ボロキレみたいに刻まれて、バケツみたいに蹴られて、もう死ぬと諦めかけた時、ガングニールは、闇の中から現れた」
ドゥーエは、ほうと息を吐く。
あの時、彼は、彼女に魅入られたのかも知れない。
「ガングニールは、闇よりも暗くて美しい、カラスの濡れ羽みたいな黒い髪。猫みたいな金色の瞳、抜けるように白い肌の、黒いローブを着た美しい女でした」
嫁には劣るが、間違いなく絶世の美女だった。
「黒い女、ガングニールはオレ達を火で炙っていた第六位級契約神器ルーンロッドの盟約者の首を、手刀だけで切り落としました。〝四奸六賊〟どもは、誰だ? と叫んで……」
黒いローブの女は、四奸六賊にも嫁にも見向きもせず、ドゥーエだけをじっと見つめていた。
『誰と問われても、わしは名前は捨てたのじゃ。そこの子供、いい面構えじゃな。今日からわしを、〝お姉ちゃん〟と呼ぶがいい!』
それが、ドゥーエが聞いたガングニールの第一声だった。





