第358話 ドゥーエと並行世界の滅亡
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「まったく、どうしてこうなった!」
ドゥーエは全長二〇mに及ぶ蛇の怪物と対峙し、背から鎖で封じた刀をおろしながら、エカルド・ベックが死んだ後のことを思い返した。
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 芽吹の月(一月)三日。
クロードが、顔なし竜たるエカルド・ベックを撃ち破ってから、数日後……。
ドゥーエは、クロードや国主グスタフら大同盟の主要メンバーが揃った領主館の広間で、観念したように自らの体験を話し始めた。
「もう知っている方もいらっしゃいますがね。オレは、この世界とは異なる、滅んだ並行世界から来やした」
広間に集まった一同は、固唾を呑んだ。
ブロル・ハリアンが明かした記録映像によって、ネオジェネシスが近い未来の……世界滅亡を信じていることは明らかだった。
かの勢力は〝人間では乗り越えられない終末を生き延びるため〟に、新しい生命へと進化した、と主張しているのだから。
けれど、並行世界の滅亡などという絵空事じみた発言を信じるかは、別問題だ。
国主グスタフ・ユングヴィはしわぶきひとつない沈黙を破り、重い口を開いた。
「ドゥーエくん。私だって未来が永遠だと信じているわけではない。人間は死に、国も滅ぶ。たとえば、あの邪竜ファヴニルがその気になれば、数カ国すら破壊できるかも知れない。でも、世界は広大だよ。別の歴史を辿った並行世界といえ、信じることは難しい」
顔をしかめたクロードと、彼の肩に腰掛けた小さくなったレアを除く全員が、グスタフの意見に賛同するように肯いた。
「いったい何があったんだい? ブロル・ハリアンが主張するように、本当に神焉戦争が起こったとでも言うのかな?」
「その通りでゲス」
ドゥーエは自らの網状に結わえた髪、ドレッドロックスヘアの中からいくつかの魔術文字が刻まれた宝石を取り出した。
「ブロルに流れたものと似たようなヤツでゲス。オレ達の世界は、こんな風に滅んだ」
ドゥーエが魔術文字をなぞって叩くと、記録された映像が広間の壁に映し出された。
世界は吹雪に覆われ、人々は生きるために争って、白と赤の二色で他の何もかもを染めてゆく。
「「大いなる冬――」」
広間に集った誰もが、同じ単語を思い浮かべただろう。
原初神話に語られる終わりの無い冬だ。春も夏も秋もなくなって、世界はやがて黄昏時を迎える。
「まず前提として、オレが生まれた世界はこの世界よりずっと不安定でした。どの国も火種を抱えていた。たとえばマラヤディヴァ国はファヴニルと組んだ革命政権がめちゃくちゃをやっていたし、西部連邦人民共和国は〝シュターレンの雪解け〟が起こらずにホナー・バルムスら〝四奸六賊〟が暴政の限りを尽くしていた。そして、バルムス達は邪魔な国々を黙らせるために、ある特別な兵器を開発しようとしたんです。……先日戦ったニーズヘッグのように、人間と魔術存在をひとつにした兵器〝融合体〟です」
瞬間、広間に電撃じみた衝撃が走った。
大同盟は、アルフォンスが豹変した〝血の湖〟から始まって、ベータが変貌した三頭竜、エカルド・ベッグが変身した顔なし竜と、幾度にも亘って融合体と交戦している。
そのどれもが薄氷の勝利であり、万が一にも敗北を喫した場合、取り返しがつかなくなっていただろう。
「四奸六賊は、この世界では、ニーダル・ゲレーゲンハイトという冒険者が背負っている――神剣の勇者が残した対神器用決戦魔術――〝システム・レーヴァテイン〟と、制御するための気象兵器、適性のある被験者をひとつに〝融合〟させることで、コントロール可能な超兵器を生み出そうとしました」
ドゥーエは深く息を吐いた。
「実験は失敗しました。四機あった試作機の全てが暴走し、顔なし竜のような現象を引き起こしたんでゲス。暴走した試作機は、周囲一帯の生命と魔力を食らって雪と氷に変え、気象兵器の本分として気候環境を激変させた。システム・ヘルヘイムと名付けられた〝融合体〟が移動した地域は、陸も海も吹雪に閉ざされて、規模も犠牲者が増えるほどに大きくなった」
この場の誰もが、〝融合体〟の危険性を認識していた。
生まれたての存在でさえ、退治するのに激戦を極めたのだ。
もしも他の生命を取り込み魔力を奪い、恐怖という信仰を得たならば、きっと強化された融合体には、手の出しようがなくなってしまう。
「四奸六賊は、実験の隠蔽を図ろうとしました。危険を訴えた学者を投獄、後に殺害。隣国の緊急声明や、民間の様々な警告を圧力をかけて踏み潰し、果てはアメリアの秘密兵器が原因だのと白々しくも嘘八百を並べたて、情報統制に血道をあげた」
愚かなことだ。
本当に愚かで、最悪の選択だ。
四奸六賊がしでかした悪行のせいで、どれだけの人命が失われ、どれだけの悲劇が起こったことだろう。
「その結果、貴重な初期対応の時間は失われ、四機の融合体による環境改変は――世界のすべてを覆い尽くした」
今度は、ドゥーエの言葉を否定する者はいなかった。
〝四奸六賊〟ならば、やりかねないという――悪い意味での実績と信頼があったからだ。
「ベックの最期を見たでしょう。四機の融合体のほとんどはああやって自壊して、大勢の生命を道連れに活動を止めた。でも、書き換えられた世界は戻らない。わずかな食料や衣服、居住地を巡って、人類は最終戦争を始めた。そしてオレは、七つの鍵のひとつである第一位級契約神器ガングニールに助けられ、滅ぶ世界から逃げ出しました。そして〝世界を渡った〟影響で、自分自身の記憶すら失ってしまったんでゲス。情けない話だ……」
ドゥーエは、クロード達に真実を伝えたが、ひとつだけ決定的な嘘をついていた。
四機の〝融合体〟のひとつは――。
他ならぬドゥーエが愛した妹分であり、彼女だけは自壊せず、活動も停止しなかった。





