第357話 混沌の戦場をたいらげるもの
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 芽吹の月(一月)一四日夕刻。
クロードは、侍女レアと一体化した女執事ソフィと共に、全長二〇mに及ぶ巨大な顔なし竜一体を打ち倒す事に成功する。
しかし、大同盟とネオジェネシスの、マラヤディヴァ国エングホルム領の南部〝無敵要塞線〟を巡る戦いは、いっそう混沌めいた様相を示していた。
現場指揮官であるエコーや一般のネオジェネシス兵は撤退を決めるも――。
ハインツ元学長やイザボー隊長ら、手術によって改造された〝元人間〟達は、ネオジェネシスという組織自体の乗っとりを企んでおり――。
使用を禁じられていた超兵器をわざと投入し暴走させることで、真相を知ったエコー達の皆殺しを目論んでいた。
「顔なし竜は僕達が倒す。戦う気が無いのなら逃げろっ」
三白眼の細身青年クロードは、契約神器であるレアの力を得て赤いおかっぱ髪の半分が青に染まった女執事ソフィと共に、エコーらを守るため巨大な蛇竜へと挑んだ。
「……く、クローディアス様。お力添えに感謝します」
上司や同僚の裏切りによって、四面楚歌の窮地に立たされていたエコー隊は、大同盟の試作兵器ワニュウドウ――地球のパンジャンドラムめいた糸車のオバケ――の陰に隠れて、どうにか死地から脱した。
「ちくしょう。逃がすんじゃないよっ」
イザボーら元人間のネオジェネシスは魔杖から連続して火球を放ち、あるいはマスケット銃を異臭がするほどに浴びせかけるも、ダンジョンモンスターを素材とするワニュウドウは頑丈だ。
糸車オバケは、タイヤで火球を踏み潰し鉛弾をフレームではじきながら、運命を導く輪のように、エコー隊の逃亡路を切り開いてゆく。
「ハインツ、やれ!」
「GIYAAAAAA」
けれど、それを傍観する〝元人間派〟ではない。
顔なし竜の一体が、巨体をのたうたせて塹壕をまるごと踏み潰す。
クロードや、レア、ソフィ、エコー隊は辛くも逃れたものの、地震めいた揺れに動きが鈍る。
それを狙い撃ちにするように、ニーズヘッグは、全身を覆う灰色の鱗を機関砲のように飛ばしてきた。
「レア、ソフィ。まずは鱗をどうにかする!」
「御主人さま、はたきを作ります。お使いください」
「クロードくん、強化するねっ」
クロードが右手の打刀、雷切から青い雷を放つと同時に、レアの力を借りたソフィが一〇〇〇を越えるはたきを投じる。
青い雷がはたきにぶつかって反射し、まるで籠を編むように空間を包み込み、重く鋭い鱗の砲弾を焼き払った。
「ここから先には行かせない」
「後ろは任せて。援護するよっ」
クロードは左手に持った脇差し、火車切から炎の柱を生み出して、巨大竜へと斬りかかった。
「GAAAAAA」
ニーズヘッグは、背中に顕現させた吹雪の翼をはためかせ、炎の大剣を打ち消す。
吹雪の翼が生み出す膨大なエネルギーの余波だけで、大地を掘り抜いた塹壕が熱した飴細工のようにひしゃげた。
「クロードくんっ」
ソフィが魔杖みずちにまとわせた水の斬撃が吹雪を押しとどめ――。
「ソフィ、助かるっ」
クロードが右手に握る雷切で、蛇竜のあぎとを貫く。
「GAAAAAA」
「御主人さまは、私が守るっ」
ニーズヘッグは大量の触腕を生やして抵抗するも、レアが無数のはたきを使って全て逸らす。
三人は、万物を食らう巨大蛇竜を相手に互角以上に戦っていた。
「大同盟の皆、迷う必要は無い。襲いかかってくるネオジェネシスだけを相手にしろ」
クロードの奮闘が、様々な思惑でぐちゃぐちゃになっていた混沌の戦場をまとめあげ、平らげてゆく。
レアの竜巻めいたはたきの投擲と、ソフィの水をまとった斬撃の支援を受けながら――。
クロードはニーズヘッグの首を打刀で落とし、残った体には脇差しで魔術文字を刻み込んだ。
「熱止剣――!」
「GAAAAAAAAAAA!!」
落ちる首が、断末魔の悲鳴を発した。
クロードは、部長ことニーダルから受け継いだ、一〇〇〇年前に世界を救った勇者の技で、顔の無い竜を燃やし大地へ還した。
「ば、バケモノめ。こんな若造にアタイ達の野望が……」
イザボーはもはやエコー隊に構っている場合では無いと、クロードへとマスケット銃の照準を合わせた。
「でも、所詮はヒーロー気取りのボンボンと、その従者。敵は一人だけじゃないんだよっ」
「誰にものを言っている? 僕は英雄じゃない。悪徳貴族だぞ?」
クロードが喝破するや、ワニュウドウが切り開いた穴を通って大同盟の部隊が突撃してきた。
「辺境伯様の部下。サムエル隊、参りましたってね」
サムエル隊はレ式魔銃ことライフルを斉射して、イザボー隊の二割を討ち取った。
「くそ、くそ。まだだ、ニーズヘッグはもう一匹いる。お前の部下なんて皆殺しにしてやるよ」
「もう一度言おうか。僕は、ただの悪徳貴族だ。もう一匹の怪物程度、勇敢な仲間と本物の勇者の末裔が、ちゃんと倒してくれるさ」
クロードが見つめる方角では、ドレッドロックスヘアが目立つ隻眼隻腕の剣客ドゥーエが、イヌヴェ・キジー隊と共に顔なし竜を待ち受けていた。
「……え、アイツの相手、オレがするの? 何この罰ゲーム。オレってば、なにか悪いことした?」
「ドゥーエ、いえ、ロジオンさん。しらばっくれないでくださいよ」
「ロジオンさん。悪いことなら、一緒にいっぱいやったじゃないですか」
ドゥーエは頭を抱えて嘆いた。
クロードがレーベンヒェルム辺境伯の影武者となった直後、彼ら〝赤い導家士〟は領内で暴れ回っている。
「のおおおっ、反論できねええっ」





