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七つの鍵の物語【悪徳貴族】~ぼっちな僕の異世界領地改革~  作者: 上野文
第五部/第七章 無敵要塞線の攻防
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第356話 ネオジェネシス戦争の転機

356


顔なし竜(ニーズヘッグ)よ、ここから先にはいかせない」


 クロードはうねる塹壕さんごうの上を跳躍し、全長二〇mに及ぶ小山のような蛇竜じゃりゅうに迫った。

 右手の紫電を帯びた打刀と、左手の紅炎を噴く脇差で、灰色に曇った蛇竜じゃりゅうの鱗を砕き、丸太を断つようにX字に切り裂いた。


「GAAAA!!」


 しかし、本家本元のエカルド・ベックがそうであったように、怪物の生命力は恐るべきものだ。

 ニーズヘッグは、身体が三つに分かたれてなお、断面から白い触腕を伸ばして結びつこうとしていた。


「ソフィ、浄化しましょう。巫女である貴方ならば、干渉できます」

「わかった、レアちゃん。やってみる!」


 レアと一体化したソフィが雨季の水を薙刀にまとわせて両断すると、大蛇おろちに宿る禍々しい魔力が消えて沈黙した。


「いやったああ!」

「辺境伯様万歳! レア様、ソフィ様、万歳!!」

「さすがは創造者様の恩人だ!」


 クロード、レア三人が顔のない竜(ニーズヘッグ)を打ち倒すのを見て、大同盟の兵士達はもちろん、ネオジェネシス兵もまた歓喜に包まれた。

 魔法と羅馬混凝土ローマコンクリートで固められた深い塹壕ざんごうの中、血と泥に塗れながらスコップと触腕で殴りあっていた両軍の兵士達が、抱擁を交わして喝采をあげたのである。

 それは、ハインツ・リンデンベルク元学長にとって、許されざる光景だった。


「……ふ、ふざけるでない! お前たちもあの愚かな国主と同じだ。ワシに大金を与えず、邪魔な研究者の処断を認めないなど、〝学問の自由〟への侵害だと、なぜわからんのだあ!」


 ハインツ元学長、は無敵要塞線のはるか後方、安全なエングフレート要塞で地団駄を踏みながら絶叫したが……。

 彼に賛同する声など、もはや両軍のどこにも存在しなかった。

 大同盟もネオジェネシスも、分け隔てなく、ハインツ元学長の醜態へツッコミを入れる。


「「〝学問の自由〟を踏みにじっているのはお前だ!!」」


 人間とネオジェネシス。

 異なる種族、異なる大義のため、戦場で争う兵士達の心がひとつになった、――歴史的瞬間だった。

 前線で指揮を取っていた、白髪白眼の青年が、どこか侍めいたチョンマゲを逆立てながら喉も枯れよとばかりに叫んだ。


それがしは、要塞線守備隊長のエコーである。ネオジェネシスに告げる。戦闘を停止せよ。ハインツ・リンデンベルクは同胞を誤らせた。この戦いは、創造者様の御心に添うものではない」

「いいねっ」

「その通りだっ」


 白髪白眼の兵士達(ネオジェネシス)は、種族特性である精神感応テレパスで意見を集約し、大同盟との交戦をやめて、負傷した仲間を庇いながら撤退を開始した。


『クズが、なにを勝手な行動を取っているのだ!? 戦闘を再開せよ。あの最低最悪の国主と、独裁者クローディアスを討つのだ』


 ハインツもまた、エコーと同じように精神感応で命令を繰り返したが、元学長に同調するネオジェネシスはほとんどいなかった。


『ハインツ・リンデンベルク。其方そなたには、これまでも人身売買や違法薬物実験、淫祠邪教いんしじゃきょうとの癒着などの疑いがかけられている。最悪で、独裁者なのはむしろ其方の方だろう』

『恩知らずの恥知らずめ、ワシを疑うとは破廉恥な、これだから下等生物は!』

『創造主様は、非常時ゆえに黙認されていたが、もはや見過ごせない。隊長権限にて拘束する』


 多くの人間には聞こえず、テレパシーで交わされた思惟しいの激突が、その後の戦闘を決定づけた。


「ええい、黙らんか。ブロル・ハリアンがどうした! ワシは〝あの方〟よりエングフレート要塞の全権を与えられたのだ。もはや人間もネオジェネシスも関係ない。貴様らのような腐ったミカンはいらぬ。殺し尽くせ!」


 要塞上空に投影されたハインツ学長が巻物を読み上げると、残る二体の蛇竜ニーズヘッグが苦しみ悶えながら暴れ始めた。


「GAAAA AAA!!」

「GAAAA! GIYAA!!」


 どうやら制御はできなくても、暴走を強いることは可能だったらしい。

 顔なし竜は、体を覆う灰色の鱗を飛ばして同胞を洞窟のシミに変え、あるいは触腕を槍のように伸ばして友軍を串刺しにした。

 ネオジェネシス兵達は、二つの災害めいた怪物によって容赦なく処刑され、命を散らしていった。


「後退だっ。某についてこい!」


 エコーという青年隊長は声を張り上げ、旗を振って、仲間たちを逃そうと奮闘した。

 彼は混乱で連携の取れなくなった友軍を集め、戦場から逃れようと試みたのだ。そうしていくつもの小隊を救出したエコー達だったが……。


「イザボー、そちらの隊も無事か? 共に逃げよう」

「ヒーッヒッ。お断りだよ」


 歴戦の傭兵めいた女が率いる中隊は、マスケット銃の銃撃で答えた。

 マズルフラッシュが焚かれ、エコーを庇った守備隊員が次々と倒れる。そして、そのまま復活することなく、溶けて消えた。


「不死殺しの銃弾だって!? い、イザボー。これはいったいどういうことか?」

「ヒーッヒッ。人生経験が足りないねえ、お坊ちゃん? アタイらのように〝元人間のネオジェネシス〟にとっては、アンタ達は目ざわりなんだよ!」


 エコー隊は、とっさに両腕を触腕に変化させ、盾のように用いて銃弾に耐え忍んだ。

 しかし、背後からニーズヘッグが迫る局面で、隊が停滞することは死を意味した。

 エコー隊は、進むことも退くこともできないまま、不死殺しの銃弾に蜂の巣にされるか、蛇竜に踏み潰されるかの二択を迫られるのだ。


「そ、某はここで死ぬが、いずれ創造者様が復活させてくれる。お前たちの卑劣な裏切りは、必ず明らかになるぞ!」

「ヒーッヒッ。ハインツが突き止めたんだよ。ネオジェネシスにとって〝不死殺し〟は異常中の異常だ。食らって死んだ個体は、新しい肉体に再インストールしても、記憶のすべてを引き継ぐことはできないってよ。だから、復活の際にちょいと小細工すりゃ、ねえ」

「ま、まさか。イザボー、ハインツ……、其方達は、最初から某たちネオジェネシスを謀るつもりで加わったのか?」

「なぁにのっとらせてもらうだけさ。不死身の肉体を有効利用してやるってんだよ。泣いてむせいで、くたばりなっ」


 エコー隊は、イザボーら造反者達によって前方から狙い撃たれ、後方からはニーズヘッグの鱗が放たれる。


「む、無念っ」


 エコー達が死を覚悟した、まさにその瞬間。


「助けにきたぞ」


 三白眼の青年が、打刀と脇差を縦横無尽に振るい、灰色の鱗を叩き斬った。

 頑丈な金属片は、雷と炎に焼かれ、チリとなって消えてゆく。


「クロードくんの、そういうとこ好きだよ」

「むむむ。ソフィ、戦闘中ですよっ」


 そればかりでない。

 デカいドリル付き糸車ことワニュウドウが塹壕ざんこうに突っ込んで銃弾の雨を防ぎ、投じられたはたきが治癒の結界を構築する。


「え……?」


 呆然とするエコーに、乱入したクロードは呼び掛けた。


「よくわからないが、こいつの相手は僕達がする。戦わないと言うならそれでいい」

「く、クローディアス様!?」

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◆上野文より、新作の連載始めました。
『カクリヨの鬼退治』

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