第354話 ネオジェネシスの決戦兵器
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「機械アリを再現した、だって?」
クロードは、ソフィの解説でようやく勘違いしていたことに気がついた。
彼は、新兵器ワニュウドウが、巨大な一対の車輪でドラム缶を挟んだ糸車のオバケという外見だったことからパンジャンドラムと思い込んだ。
しかし、わかっていたのは対要塞の切り札という触れ込みだけで、自走機雷だなんて一言も言われていない。
そして、地球では失敗した――
・単純極まりない簡素な機構
・糸車めいた独特のデザイン
――は、この世界では魔法の力をむしろ強めるのだと、ドクター・ビーストやショーコが突き止めていたではないか。
(別世界には別世界の、別の国には別の国の法則や文化、ルールがある。忘れてはいけないな……)
過大に評価して褒めそやしたり讃えたりしても、逆に、過小に評価して侮ったり憐れんだりしても、ろくなことになりはしない。
ただひとつの価値観こそを至高のものとする――、そういった組織の弊害は、これまで戦ってきた〝赤い導家士〟、〝緋色革命軍〟、〝楽園使徒〟といった連中が証明してくれていた。
クロードが感慨にふける間にも、ワニュウドウの進撃は続き、兵士達が歓声をあげる。
「あれがワニュウドウ! 凄まじい力だっ」
「これならいける。無敵要塞線を突破できるぞ」
一〇〇台もの糸車オバケは、掘り抜かれた塹壕に穴を空け、砲台を足下から掘り崩し、砦すらも土台から崩していった。
「たかが新兵器如きに、人間の次代を継ぐ我らが敗れるはずは無い」
「気合いを入れ直せ。壊せぬ兵器などありはしない」
塹壕にこもる膨大な数のネオジェネシス兵はマスケット銃を撃ち、あるいは魔法の火球や雷の矢を放って応戦を始めた。
しかし、ソフィ達が創りあげたワニュウドウは、骨格から車輪に至るまで、頑丈な地下遺跡のモンスター素材で組み上げられて、防御用の魔術文字をびっしりと彫り込まれている。
機械アリの特殊鋼が鉄の弾丸を容易く弾き、被覆された火吹き蜥蜴の皮繊維が炎を打ち消し、からくり鳥の回路を応用した魔法陣が雷や他の魔術を防ぐ。
そして、ワニュウドウは反撃とばかりに、ドラム缶についた小さな砲口から粘着性の魔法糸を発射した。
「ぐわあああっ」
「こ、こんな戦い方がっ」
ネオジェネシス兵達は、次々と悲鳴をあげながらトリモチにひっかかった昆虫のように丸まって転倒する。
ソフィは、赤いおかっぱ髪のした黒い瞳を片方だけ閉じて、ペロリと舌を出した。
「ほら、酸だと危ないからね」
彼女は、意図的に非殺傷性の武器を搭載したのだろう。
けれど、クロードにとってはむしろ望むところだった。
「さすがソフィ、よくやってくれた!」
クロードは思わず女執事を抱きしめていた。
甘い香りを感じ、彼女の柔らかな体にときめく。
「えへへっ」
ソフィも、満面の笑みで抱擁に応えてくれた。
「クロードくんのおかげだよ。皆がご飯を食べられるようになって、自由に物が作ったり、商いができるようになった。学校や、道路や鉄道、他にもたくさん、だから完成したんだよ」
「ああ。ああっ。それでも、僕は嬉しいよ……」
クロードは仲間と共に歩んできた道が、積み上げてきた軌跡に意味があったのだと確信できたから。
「何をしている馬鹿者どもがっ!」
クロードとソフィは、不意に耳朶をうった叫びに、思わずくっついていた体を離した。
さすがに戦場でいちゃいちゃするのはよろしくないと、気づいたからだ。
けれど、魔術道具で拡大された声は二人にあてたものではなかった。
「嘆かわしい。無知なネオジェネシスも、愚かな民衆も、なぜこうも救い難いのだ!」
ネオジェネシスの後方、エングフレート城塞の空に、白髪を触覚のように垂らした、両生類じみた老人の映像が投影される。
「誰だ、あれ?」
「御主人さま。彼はハインツ・リンデンベルク元国立大学学長です」
なるほど学問を志すものからすれば、戦争なんて非生産的に過ぎるかも知れない。
そう、クロードが噛みしめた時――。
「貴様らのような愚物は、ワシらのような選ばれし叡智ある者に従っていればいいと、なぜわからん。この無知蒙昧があああっ」
すぐさま、早合点であるとハインツ自身が証明した。
「……何をやった人?」
「えっと、学問の権威って立場を利用して、ニコラス・トーシュ博士を首都の大学から追い出したり、西部連邦人民共和国からお金をもらって軍事研究の邪魔をしたりした人。あんまり酷かったんで、国主様からメッされたみたい」
「公安情報部の調査では、意趣返しとばかりに緋色革命軍に内通、ダヴィッドの知恵袋の一人として無謀な強制移民や原始農業を推進しました。その後、ネオジェネシスに鞍替えして、今はエングフレート要塞でドクター・ビーストの遺産を研究しているそうです」
クロードは、重い息を吐いた。
学問は、知識は、人を豊かに、幸せにする。
同様に、人間や国家の尊厳を踏みにじり、貧しく不幸にすることも出来るのだ。
「愚物ならば愚物らしく、ワシの役に立て。こちらも決戦兵器を起動する」
「いけません。ハインツ様、あれは創造主様より運用を止められて……」
「やかましい。阿呆どもよ、目にもの見せよ。〝世界樹を噛む蛇は一匹とは限らぬ〟
後継たる 顔のない竜よ 世を覆え!」
戦場の一角で雪が降った。
突出していたワニュウドウが三機、動きを止めて砕けた。
同時に、雪に巻き込まれたネオジェネシス兵にも動揺と悲鳴が広がってゆく。
「まさか、僕がドクター・ビーストを褒める日が来るとは思わなかった。あの狂魔科学者には愛があった。ハインツ・リンデンベルク、お前はどの口で学問を語るんだ?」
クロードは魔術文字を綴り、二本の刀を生み出した。
「レア、ソフィ、援護を頼む。あれらは、僕が破壊する」





