第353話 無敵要塞線攻略開始
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 芽吹の月(一月)一四日。
クロードを総大将とする大同盟の決戦部隊は、ロロン提督の艦隊に乗せられて、マラヤ半島南東端の漁村ビズヒルに上陸した。
艦隊乗員を除く、陸戦兵の内訳は……
・イヌヴェ隊長以下、鉄砲騎馬隊 一〇〇〇。
・サムエル隊長以下、銃歩兵隊 二〇〇〇。
・キジー隊長以下、魔術支援隊 五〇〇。
の元オーニータウン三羽烏を主力に、ロビン少年が指揮する飛行自転車隊や、ソフィを中心とする衛生兵・治療魔術師隊、他領の特殊部隊、海兵隊などが参加して、総勢五〇〇〇人に及んだ。
また決戦戦力として……
・国主の親戚に祭り上げられてしまったドゥーエ
・元第三位級契約神器オッテルこと川獺のテル
・自称、第五位級契約神器ルーンビーストの銀犬ガルム
が同行している。
異世界の勇者であるショーコも、実父であるドクター・ビーストの罪を清算すると同行を申し出たが、クロードは断った。
『ショーコさん、ごめん。僕はネオジェネシスを、人間だと思っている。だから、〝人類の守護者〟であるキミの手は借りられない。むしろ、彼らを〝人食いの業〟から解放して欲しいと思っているんだ』
『ネオジェネシスを、元の人造人間に、いえ、〝人間〟に戻す研究を続けろって言いいたいの?』
『うん、ショーコさんにしか頼めない』
『……バカ。ちゃんと生きて帰ってきなさいよ。芸術対決の勝負はまだついていないんだから』
クロードはショーコに、ネオジェネシスの未来を託したのである。
なお、二人が芸術対決をすると聞いた途端――なぜか領役所と領軍に悲鳴がこだました。
『あの音楽と絵、なあ。ちっとは加減をしろっての。アレも味が、味なのか?』
『色々と早すぎするというか、文化が違うのよね……』
『私は好きですよ。是非ともイベントとして盛り上げたい』
治安担当のエリック、外交官のブリギッタ、公安情報部のハサネらは、顔無し竜ことエカルド・ベック戦の負傷もあり、ヴォルノー島とレーベンヒェルム領の防衛に残って貰った。
(あとは、まっすぐに領都エンガと領都ユテスまで駆け上がるだけだ)
しかし、クロードは懐かしい漁村ビズヒルの地を踏んで、呼吸を忘れた。
村の外に広がるのは、大蛇がうねるように掘り抜かれた塹壕と、ムカデの足を思わせる程に延々と軒を連ねた砦の群れだ。
領都エンガを守る要、エングフレート城塞から商業都市ティノーに至るまで、地球史の万里の長城やマジノラインの如くに、築き上げられた絶対防衛線。
かつて緋色革命軍が大同盟とにらみ合いながら、大量の人員を強制動員して基礎を作り上げ……。ネオジェネシスが人ならざる力で完成させた、まさに金城鉄壁の防御陣地だった。
「聞きしに勝る絶景だな」
クロードは、この絶望的な光景を見て確信した。
あのゴルト・トイフェルが、セイの戦略に気づかないハズは無い。
それでもなお、首都クランを狙って攻勢に出た理由は――地元民から〝無敵要塞線〟と呼ばれる防衛線が存在するからに他ならない。
(とはいえ、ネオジェネシスの兵站、食糧と武器を支える根っこはエングホルム領だ。なんとしても陥落させないと)
ブロル・ハリアンは、おそらく北の領都ユテスにいるだろう。
だからといって、無理矢理に王手を狙ったとしても、南の領都エンガに移動されるのは目に見えている。
クロード達が奇襲をかけるなら、この無敵防衛線を打破する以外に選択肢はないのだ。
「クロードくん、大丈夫だよ。今日のために、用意したんだから」
ソフィが不安に勘づいたのか、クロードの手をそっと握りしめた。
彼女の穏やかな笑みを見ていると、熱と共になんだか力が湧いてくる気がした。
「御主人様。ここはソフィを信じてあげてください」
ソフィの肩に乗っていた青髪の侍女もまた、クロードの耳元でそう囁いた。
大同盟は、この要塞群突破のために奇想天外な秘密兵器を用意していた。
その名も、要塞攻略支援機ワニュウドウ。
ソフィの師であるわササクラ・シンジロウが怪談で語った車輪の妖怪から名付けたという。
直径三mもある巨大な一対の車輪で、ドラム缶めいた車体を挟み、前方には雄々しくそそり立つドリル、後方には推進用ロケットをつけた、糸車のオバケである。
そんな巨大糸車が一〇〇台以上並んでいるのは壮観であり、非常に不安だった。
(ソフィには悪いけど、どこから見てもパンジャンドラムだろ、これ……)
パンジャンドラムとは、地球の某国が第二次世界大戦中に開発した失敗兵器である。
ドリルこそついていないが、だいたい似たような格好の大きな糸車に爆薬を積み込んで、ロケットで加速させて爆破するという自走機雷だ。
史実においてはまっすぐ走ることすらおぼつかなく、運用試験も失敗の連続で、実用化されずに終わったのだが……。
「クロードくん、初めて一緒に地下遺跡に潜った時のこと、覚えている?」
「勿論だ。あの時、ソフィが魔法を教えてくれたから、僕は戦えるようになったんだ。懐かしいな、確か機械のアリと戦ったんだっけ」
クロードとソフィが思い出話に花を咲かせていると、遂にパンジャンドラムもどきに火がついた。
一〇〇台以上の巨大糸車は、味方の作った塹壕網をひとっ飛びで乗り越えると、敵の塹壕網をドリルで粉砕しつつ、車輪で後方に土を跳ね飛ばしながら前進する。
造形はまったく違うのに、要塞攻略支援機ワニュウドウの動きは、どこか機械アリを思い起こさせた。
「ソフィ、まさか……」
「あのアリを再現してみました。冒険者さん達が頑張ってくれたから、材料はたっぷりあったんだよ」





