第351話 クロードの決断
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復興暦一一一二年/共和国暦一〇〇六年 芽吹の月(一月)。
アリス・ヤツフサとオットー・アルテアンら大同盟精鋭部隊が、デルタ率いるネオジェネシス北軍を抑えこみ――。
姫将軍セイ、参謀長ヨアヒム、出納長アンセルがユーツ領の将兵、民草の力を借りて、ゴルト・トイフェルらの猛攻を防いでいた頃――。
クロードは、レーベンヒェルム領領都レーフォンで、女執事ソフィ、騎馬鉄砲隊隊長イヌヴェ、そしてロロン提督が連れて来た大同盟主力艦隊と合流を果たしていた。
「ロロン提督。セイが、僕の指示に従えと言ったって?」
「はい。司令は、貴方様を信じていると仰いました」
クロードは、港で白髪の偉丈夫から伝言を受け取るや、三白眼を見開いて地図を穴が空くほど見つめた。
『ヴォルノー島到着後は、棟梁殿の指示に従って欲しい』
クロードにも、セイが敢えて判断を委ねたことはわかった。
(どういうことだ? ネオジェネシスが大軍で二方向から攻めてきているんだぞ。犠牲を抑えるなら、負傷兵と新兵ばかりのセイの応援に行く方が、正しいに決まっているじゃないか)
クロードは、思考を加速させる。
ひとまずアリス達精鋭部隊に合流、ネオジェネシス北軍を早期に打ち破って、その後にセイ達の救援に向かう。
若干博打ではあるが、その方が、結果として犠牲者が少なくなるかも知れない。
(わからない。正しいのは、どちらの作戦だ?)
クロードは、ひとまずロロン提督に再出港の準備を任せ、領役所の執務室に戻った。
彼は通信用の水晶玉を取り出すも、悩みのあまり机に突っ伏した。
大同盟軍は、およそ一か月前に緋色革命軍司令官ゴルトの奇襲で多大な被害を受けている。
後方のヴォルノー島に控えていた戦力も、先の顔なし竜によって多くの犠牲を出してしまった。
領都の中心部からは外れているとはいえ、橋や道路、港といった交通網も寸断されている。
(現在の戦力は限られている)
ネオジェネシスばかりでなく、他国への備えだって必要だろう。
また鉄道網と十竜港を備え、補給の要である領都レーフォンの復旧は急務だ。
もしも滞れば、内戦の続行すら覚束ない。
(守戦に長けたコンラード・リングバリ隊長は防衛に回ってもらう。それにエリックやハサネさん、ヴォルノー島の軍勢は動かせない)
今、クロードが差配できる戦力は――。
セイが援軍に派遣してくれた大同盟艦隊と、イヌヴェ達騎馬鉄砲隊を主力に、負傷から回復した兵士達をかき集めて、一万人に満たないだろう。
(前線から入った情報じゃあ、ネオジェネシスは、北軍も南軍も三万ずつ。こちらも二つに分ければジリ貧だ。助けられるのはアリスか、セイのどちらかだけ……)
クロードは水晶玉を握り、離し、握っては離す。
彼はこの究極の選択に、答えるすべを持たなかった。
「クロードくん、お茶を持ってきたよ」
その時、まるで運命が音を立てるかのように、執務室のドアが叩かれた。
ソフィが、いつもの改造した執事服を身につけて、紅茶の入ったお盆を手に顔を出したのだ。
彼女の肩には、手のひらサイズとなった青髪のメイドがちょこんと腰掛けていた。レアである。
「御主人さま。お顔の色が優れませんが、いかがされましたか?」
「何かあったのなら、教えてよ。どーんと力になっちゃうよ」
「レア、ソフィ。実は……」
クロードは、心の内を正直に打ち明けた。
ずっと一緒にいてくれた二人だからこそ、共に答えを出したかった。
「僕は怖い。顔なし竜との戦いには勝てたけど、レアを喪うところだった。ソフィも、アリスも、セイも、誰一人だって失いたくないんだ……」
クロードは呻くように呟いた。
レアは気まずそうに沈黙を守っている。
ソフィは、そっと紅茶を入れたカップを差し出した。
「ありがとう。いただくよ」
クロードが口に含むと、爽やかな香りが胸を満たした。熱気と共に、濁っていた心が洗い流されるような、そんな晴れやかな気持ちになった。
「美味しい」
「ふふ、今日のは自信作なんだよ」
「御安心ください。ちゃんと私がついて監督しましたから」
「ああっ、言っちゃった」
レアは、小さくなってしまったものの、積極的に手伝ってくれていた。
ひょっとしたら、これまでは影で支えてくれていたのが、ソフィとコンビを組むことで、より目立つようになったのかも知れない。
レアは本体である貝殻の半分を奪われたことで、第三位級契約神器としての力は振るえなくなっていた。
しかしそんなことより、無事を喜ぶ者の方が遥かに多かった。
「御主人さま……」
レアはソフィの肩から降りて、クロードの親指に抱きついた。
青髪の侍女は、何かを言おうとして、口ごもってしまう。
だからだろうか、赤髪の女執事が引き継ぐように口を開いた。
「クロードくん。たぶん、アリスちゃんもセイちゃんも、どちらを選んでも恨みっこないと思うよ」
それに、と、誰よりも家族を見続けてきた少女は続ける。
「わたしが紅茶を上達したみたいに、たぶん、アリスちゃんもセイちゃんも、クロードくんにイイところ見せたいはずだから」
クロードは、ソフィの言葉に目を丸くした。
背を震わせるように、大きく息を吸って吐いた。
「そうだった。僕は何を思いあがっていたんだ……」
クロードは、英雄ではない。
彼は大勢の仲間に、領民たちに支えられているからこそ、これまでも危機を乗り越えることが出来たのだ。ならば考えるべき答えとは何なのか?
「セイが僕に託したのは、どっちを選ぶのが正解か、じゃない。アリスと二人で稼いでくれる時間で、何をするかを委ねられたんだ」
クロードは、作戦と編成案をメモに書き殴り始めた。
「レア、ソフィ。皆を集めてくれ。僕達が目指すのは、港町ビズヒルだ。手薄になったネオジェネシスの本拠地、エングホルム領エンガと、ユーツ領ユテスを落とし、内戦を終わらせる!」





